Pink Floyd「The Great Gig In The Sky5」(世界音楽遺産に!)

今日で3月も終わりです。



3月は父親の命日(16日)、愛犬マンボの命日(11日)、私の誕生日(26日)といろいろな節目がありました。



それでは3月末のおすすめ本の紹介から。



この小説は、メルヘン?それともギャグ?・・・



実態は現代版、太宰治!?かも。



森見登美彦「夜は短し 歩けよ乙女」



『夜は短し歩けよ乙女』(よるはみじかしあるけよおとめ)は、2006年11月に角川書店より出版された森見登美彦による小説。

第20回山本周五郎賞受賞、第137回直木賞候補、2007年本屋大賞第2位。



京都大学と思われる大学や周辺地域を舞台にして、さえない男子学生と無邪気な後輩女性の恋物語を2人の視点から交互に描いている。

諧謔にあふれる作品で、ときに現実を逸脱した不可思議なエピソードを交えている。

古い文章からの引用が多い。

タイトルは吉井勇作詞の『ゴンドラの唄』冒頭からとられている。



あらすじ



後輩である少女に恋をしている「私」は、彼女という城の外堀を埋めるべく日々彼女を追い掛け、なるべくその目に留まろうとしている。

しかしその彼女はなかなか「私」の想いに気づいてくれない。

2人は奇妙な人物に出会い、奇抜な事件に巻き込まれてしまう。恋愛ファンタジー。



登場人物(私の妄想キャスティング)



先輩:(堺雅人)

この作品の語り手。本名不明の腐れ大学生。

黒髪の乙女に恋をしていて、彼女を追い求めるうちに不思議な出来事に巻き込まれていく。

友人関係は広くなく親友(漫画版では北大路という名前)が一人いる。



黒髪の乙女:(深田恭子)

この作品のもう1人の語り手。

本名不明。「先輩」が恋をしている女子大生。

奔放な性格。うわばみである。

好奇心の塊で、学園祭では「万国秘宝館」なる非常に怪しげな展示に入り込もうとしたほど。



李白:(池上彰、ジャーナリスト)

高利の金貸しや偽電気ブランの卸元などをやっている富豪の老人。

「電車」と称する三階建ての巨大な自家用車を所有する。

「黒髪の乙女」と同じく酒豪。

著者の作品である『有頂天家族』に登場する寿老人と同一人物だと思われる。



樋口 清太郎:(綾野剛)

常に浴衣を着込んだ奇妙な男。

天狗を自称し、空を飛ぶ、鯉のぼりを口から吐き出し空へ飛ばす、耳から悪趣味な金色の招き猫を出すなどのそれこそ天狗のような術を使う。

著者の作品である『四畳半神話大系』にも登場している。



羽貫 涼子:(黒木メイサ)

樋口の友人で、他人の宴会に潜り込んでタダ酒を飲む特技を持つ大酒飲みの美女。

歯科衛生士をしている。

酔うと他人の顔を舐めようとする。樋口と同じく、著者の作品である『四畳半神話大系』にも登場している。



東堂さん:(北村一輝)

「東堂錦鯉センター」の経営者。

厄介事がたび重なったうえ、最愛の鯉たちを竜巻にさらわれて落ち込んでいるところに「乙女」と出会う。

春画の蒐集を趣味としていて、かなりの助平。



千歳屋:(市川海老蔵)

京料理「千歳屋」の若旦那。

文化遺産の保護を口実に、春画の蒐集を趣味としている好事家で、「閨房調査団」の一員。

著者の作品である『有頂天家族』に登場する大黒と同一人物だと思われる。



古本市の神様:(堺雅人;一人二役)

眉目秀麗な少年の姿。

あらゆる本についての知識を持っていて、神をないがしろにした蒐集家の書庫から本をさらうといわれている。

かわいい外見に似合わず、少々口と性格が悪い。



学園祭事務局長:(滝沢秀明)

本名不明。男にしておくにはもったいないほどの美貌の持ち主で、趣味はバンドや落語や女装など多岐に渡る。

女装については男たちを不毛な恋路に引きずり込むほど。

学園祭で起こる様々なトラブルへの対応に忙しいが、本人は実の所引っ掻き回すほうが好きらしい。

「先輩」の数少ない友人の1人で、彼が秘めた想いにも気づいており、ときにはからかい、ときには励ます。



偏屈王:(未定)

学園祭でゲリラ演劇「偏屈王」を首謀している人物。

大学構内のどこかで脚本を書いているらしいが、その正体は不明。



パンツ総番長:(未定)

本名不明。ある女性への一目惚れをきっかけに、願いごと(もう一度彼女に会う事)が叶うまでパンツを穿き替えないと願を懸けた大学生。

歴代の記録を塗り替えて「パンツ総番長」という称号を手にした。

パンツを穿き変えない為か、下半身に病気を患っている。

『四畳半神話大系』のOVAでは名前こそはでないものの、李白氏にズボンとパンツを盗まれ、そのせいか彼女に会うことに成功してるとされている。

彼のパンツのせいで李白氏は病気を患ってしまう。



須田 紀子:(衛藤美彩、乃木坂46)

学園祭で本物そっくりの「象の尻」を出し物にしている女子学生。

学園祭期間中に黒髪の乙女と出会う。好きなものは、小さくて丸いもの。

「象の尻」を出し物にしたのはかつてある男性に一目惚れした際彼が象の尻について話してくれたため。

(ウイッキペディア)



言葉の選び方がとてもユニークで思わず、「なむなむ」と言ってしまいそうです。



女性目線の描き方は、太宰治「女生徒」を彷彿とさせます。



そして舞台設定となっている京都に住んでいる人は必読書、かもね。



文庫本の解説は、「3月のライオン」の作者羽海野チカさんでした。



では、もう1本の記事です。



「相棒」はなぜ国民的ドラマになったのか? 本当にスゴイ陰の理由

マイナビニュース 3月29日(土)



まさに21世紀を代表する日本の国民的ドラマだ。

先日まで放送された『相棒season12』は平均視聴率17.4%を獲得し、冬ドラマ第2位の『S-最後の警官-』同14.2%や、散々世間の話題をさらった『明日、ママがいない』同12.8%を大きく引き離す圧勝劇。



さらに4月26日公開の『相棒-劇場版III』を控え、それに先駆けた『序章』の動画配信サービスにトライするなど、ますます深く新しく進化を遂げようとしている。

ここまで支持を集める良作であり、さまざまな場で称賛されているだけに、今さらストーリーや各キャラクターの魅力を語るまでもないだろう。

今回はドラマ評論家の目線からそれ以外の魅力を挙げていく。



○脚本家の大量起用と静かなバトル



『相棒』ファンが最も支持しているのは、脚本の面白さで間違いない。

通常の刑事ドラマフォーマットとは一線を画す、"濃密な1話1時間"の姿勢が評価されている。



その秘密は、2時間ドラマ時代から執筆している輿水泰弘をはじめ、毎シリーズ大量の脚本家を起用していること。『season1』は3人でスタートしたが、『season4』では10人に、最新シリーズ『season12』でも9人を起用するなど述べ30人を超え、1本のクオリティを上げるべく「一部の脚本家に頼らない」「渾身のエピソードだけを厳選する」方針を貫いている。



当然、仲間である以上にライバル関係となる脚本家たちは、お互いを意識し合い切磋琢磨するしかない。

それが時勢に合う題材を扱い、タブーギリギリのラインまで攻めることにつながっている。

だからこそ、各話の導入部分も、事件解決への道筋も、警察内外の人間関係も、犯人像も、さまざまな視点や価値観から描かれているのだ。



ちなみに、「今最もオファーの多い脚本家」と言われる古沢良太も2005年から執筆し、多忙になった今でも毎シリーズ1話ずつ書き下ろしている。

また、メイン級の櫻井武晴と戸田山雅司は、同じテレビ朝日の人気シリーズ『科捜研の女』も担当。

こちらでもライバル関係にあるなど、良質な刑事ドラマを書く土壌は盤石だ。

ゆえに、視聴習慣がある人だけでなく、「初めて見ても面白い」「久々に見ても面白い」作品になるのだろう。



○軽い演技はご法度。邪魔が入らない



"相棒"の2人はさておき、それ以外のレギュラー俳優は、失礼ながら総じて地味。

いわゆる人気俳優やアイドル、芸人、あるいはバラエティーに出まくるような俳優はいない。

水谷豊の技量やストイックな姿勢についてこられる人しか使わないのだ。



その象徴が"トリオ・ザ・捜一"の川原和久、大谷亮介、山中崇史。

さらに、角田六郎役の山西惇、米沢守役の六角精児など、小劇場の役者がズラリ並ぶ。

いずれも連ドラへのレギュラー出演が少なく、売れっ子俳優とは言えなかったが、『相棒』出演でメジャーになった。



小劇場の役者で知名度が低いからこそ、視聴者は各キャラクターのイメージづけがしやすく、感情移入もしやすい。さらに、距離感の近い観客に鍛えられているため、長回しにも耐えられる技量を持ち合わせている。

『半沢直樹』のヒットで舞台出身俳優が脚光を浴びているが、その『相棒』は先駆けなのだ。



そのスタンスは、2000年のスタートから右肩上がりで視聴率が上がっても不変。

浮ついたところはなく、人気者に頼る という発想がない。

杉下右京の相棒も決して"視聴率を持っている俳優"ではなく、その世界観を邪魔せず、水谷豊との化学反応を考慮して選ばれている。



○日本一の放送時間と視聴習慣



最も分かりやすい魅力は、放送時間と回数の多さ。

「テレビをつければ毎日見られる」という安心感や親近感は、「接触するほど愛着が生まれる」という人間心理にかなっている。

もちろんそれを実現しているのは、制作サイドの努力。

特筆すべきは、目下11年連続2クールぶち抜き放送していること。

つまり「一年の半分は新作が放送されている のだ。



また、その放送は毎年10~3月に固定され、元旦には9年連続でスペシャルドラマを放送、さらに夕方の『相棒セレクション』(再放送)など、放送月や時間の固定で安定した視聴習慣につなげている。

かつては『水戸黄門』や『サザエさん』が1日2回地上波放送されていたが、現在では『相棒』が唯一。

「日本で最もたくさん見られるドラマ」として視聴者と相思相愛の関係を築いている。



同様に視聴習慣を意識して毎日放送されているNHKの朝ドラは、「1話見逃しても問題ない」というコンセプトで作られているが、それは『相棒』も同じ。

もし何話か見逃したとしても視聴習慣は揺るがず、信頼も失わず。

だからちょっとのことでは視聴率が落ちない。



ただ、どんな名作でもこれほどの長期シリーズになると、視聴者の評価が分かれる放送回がある。

過去シリーズとの比較から、少し満足できないと「『相棒』がおかしい」「どうした『相棒』!」という声があがるのだ。

しかし、そんな声こそ視聴者の思い入れと期待の証。

良い意味で「面白くない放送回があったとしても、それでも次回を見る」と受け入れられた境地に達している。



○スマホ画面から巨大スクリーンへ



大盛り上がりの中、3月19日に『season12』の放送は終わった。

毎年この時期になると『相棒』ファンは、心にぽっかり穴があいたような心境になるのだが、今年はそんなことがない。

『相棒 -劇場版III-』が4月26日から公開されるほか、そのプロローグとなる『相棒 -劇場版III-序章』が動画配信されるからだ。



約3年半ぶりとなる『相棒 -劇場版III-』のキャッチコピーは、「相棒史上、最高密度のミステリー。舞台は東京ではなく「絶海の孤島、さらに「謎の隠蔽組織」「通信手段断絶」「パンデミック」「国家権力の暴走」などの刺激的なキーワードが並ぶ。

予告編を見てもらえれば分かるが、ファンはジャングルを駆ける杉下右京の姿を見ただけで心が躍るだろう。

また、2代目相棒の神戸尊(及川光博)が再登場し、甲斐享(成宮寛貴)との新旧相棒が共演するのも興味深い。



一方、『相棒 -劇場版III-序章』は、劇場版につながる事件を描いたオリジナルストーリー。

貨物船内で起きた「あまりに切ない」密室殺人事件の解決が描かれている。

杉下右京をはじめとするレギュラーキャストはもちろん、制作スタッフも全員集合。

中でもドラマ版や劇場版では見られない"トリオ・ザ・捜一"の勇姿が見られるのがうれしい。

配信は「dビデオ powered by BeeTV で3月29日から毎週土曜に全4話。



いち早く両作品を見させてもらって感じたのは、魅せ方のうまさ。

動画は小さなスマホ画面で楽しみやすい人間ドラマを描き、劇場版は巨大スクリーンを生かすべく自然を生かした大スケールの映像で見せている。

その両作品が1つの点でつながるのも興味深いし、「ドラマ→動画→映画」と間髪入れずにつなげる意欲的な試みにも拍手を送りたい。



『相棒』は、常にファンの予想や期待を上回り、飽きさせない工夫を重ねてきたが、今回もそれは変わらない。

両作品とも映像を見るだけで、撮影現場の緊張感や熱気が伝わってくるようだった。

また、「初めて見る人も違和感なく楽しめる」という配慮も健在だけに、誰を連れて行っても、誰と一緒に見ても問題なし。

気軽に動画を、意気込んで映画を楽しんでほしいと思う。



■木村隆志

コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ評論家、タレントインタビュアー。

1日のテレビ視聴は20時間(同時視聴含む)を超え、ドラマも毎クール全作品を視聴する重度のウォッチャー。

雑誌やウェブにコラムを提供するほか、取材歴1000人超のタレント専門インタビュアーでもある。

著書は『トップ・インタビュアーの聴き技84』など。



脚本のよさと、警察組織のステレオタイプなマンネリ振りは水戸黄門並みに安心して見られます。



それにしても、これだけ難事件を解決してさらにその手柄までちゃっかりいただいている捜査一課は、もう少し特命係に協力的であってもばちが当たらないと思いますが、ねえ。



「細かいことが気になるのが、私の悪い癖」、なんちゃって。



続いて音楽の時間です。

ラストはライブではなく私が涙したアルバムバージョンのオリジナルをお聞きください。

やはり、かっこよすぎます!

The Great Gig In The Sky - Pink Floyd

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Pink Floyd 「Great Gig In the Sky4」 (世界音楽遺産に!)

今日は2つのガチンコ勝負がありました。



まずは、真央ちゃんおめでとう!



<世界フィギュア>浅田真央が3度目の女王 自己最高を更新

毎日新聞 3月29日(土)



 フィギュアスケートの世界選手権第4日は29日、さいたま市のさいたまスーパーアリーナで行われた。

女子は、ソチ冬季五輪6位で、27日のショートプログラム(SP)は世界歴代最高得点で首位に立った浅田真央(中京大)が、この日もトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)をほぼ完璧に決めるなど伸び伸びとした演技で、フリー138.03点、合計では自己最高を大きく更新する216.69点で金メダルに輝いた。

浅田の世界選手権制覇は2010年の伊トリノ大会以来3度目で、日本選手では最多となった。



 同五輪5位でSP3位のユリア・リプニツカヤ(ロシア)がフリー132.96点、合計207.50点で銀メダル。

同五輪銅メダリストでSP2位のカロリナ・コストナー(イタリア)がフリー126.59点、合計203.83点で銅メダルとなった。



 今大会で現役引退を表明している、SP4位の鈴木明子(邦和スポーツランド)は、フリー122.70点、合計193.72点で6位。

SP10位の村上佳菜子(中京大)はフリー111.58点、合計172.44点で10位だった。



 アイスダンスはアンナ・カッペリーニ、ルカ・ラノッテ組(イタリア)が優勝し、キャシー・リード、クリス・リード組(木下ク)は18位に終わった。



 ◇フィギュア世界選手権での日本選手優勝者(女子)



  年  開催地     選手



1989 パリ     伊藤みどり



  94 千葉     佐藤有香



2004 ドルトムント 荒川静香



  07 東京     安藤美姫



  08 イエーテボリ 浅田真央



  10 トリノ    浅田真央



  11 モスクワ   安藤美姫



  14 埼玉     浅田真央



今回で引退となる鈴木選手も、ビートたけし氏から漫才師今いくよくるよの片割れに似ていると言われてましたが、いろいろな意味でお疲れ様でした。



そして、真央ちゃんには次は女子初の4回転ジャンプにチャレンジして欲しいものです、なんてね。



それから大阪ではもう一つ静かな戦いが。



<電王戦>第3局は豊島七段の勝ち 棋士側が1勝2敗に

毎日新聞 3月29日(土)



 将棋のプロ棋士とコンピューター将棋ソフトの5対5の対抗戦「第3回電王戦」の第3局が29日、大阪市阿倍野区のあべのハルカスであり、豊島将之七段(23)がYSS(開発者・山下宏さん)を83手で降した。

今回、棋士側が初勝利を挙げて対戦成績を1勝2敗とし、勝ち越しに望みをつないだ。



 電王戦の関西での開催は初めて。

対局場は、全面開業したばかりのあべのハルカスの55階、高さ約260メートルのホテルのスイートルームに設けられた。

豊島七段は日本将棋連盟関西本部所属で、名人戦順位戦ではB級1組に在籍し、近い将来、A級昇級やタイトル獲得が期待される若手。

実力を遺憾なく発揮し、前回の電王戦から続いていた棋士側の連敗(引き分け挟む)を5で止めた。



 先手は豊島七段。戦型は横歩取りで、序盤から定跡を外れる激しい展開に。

攻め急ぎ気味のYSSに対し、終始冷静な手順でリードを奪い、ソフト特有の悪手まで引き出し、相手の力を封じた。



 豊島七段は「重圧がかかっていたので、勝ててほっとしている。今月はほぼ研究に費やした。直前に本番と同じ持ち時間(5時間)でYSSと3回対局し、全て勝てたのが支えになった」と話した。

山下さんは「元々厳しい勝負だと思っていたが、定跡を外れた時点で勝てないかなと思った。一度もソフトが優勢と判断する局面がなかった」と振り返った。



 第4局は4月5日、神奈川県小田原市の小田原城であり、森下卓九段(47)とツツカナが対戦する。【最上聡】



トッププロ棋士ならまだまだソフト以上に強いことが証明された勝負でした。



次の戦いは全盛期の森下将棋を復活さえできれば勝負になります。



おそらく20年前の全盛期の森下将棋なら勝てるでしょう。



こちらも注目の1戦です。



さて次の話題も、再審請求は彼の人生を掛けた勝負でした。



そして彼が無罪だったら・・・



刑務所の中での48年間の彼の人生は誰が償うのでしょうか?



袴田事件、再審開始決定=「証拠捏造の疑い」―逮捕から48年・静岡地裁

時事通信 3月27日(木)



 1966年に静岡県で一家4人が殺害、放火された「袴田事件」で強盗殺人などの罪に問われ、死刑が確定した袴田巌死刑囚(78)の第2次再審請求審で、静岡地裁(村山浩昭裁判長)は27日、「重要な証拠が捜査機関に捏造(ねつぞう)された疑いがある」として、再審開始を認める決定をした。

刑と拘置の執行停止も決定した。



 逮捕から48年、判決確定から34年を経て、裁判のやり直しが認められた。確定死刑囚の再審開始決定は2005年の名張毒ぶどう酒事件以来、戦後6例目。

地裁の決定に対して検察側は即時抗告が可能で、その場合、東京高裁で改めて再審開始の可否が審理されることになる。



 決定で村山裁判長は、現場近くのみそ工場タンクから発見され、確定判決が犯行着衣と認定した5点の衣類のDNA型鑑定結果などを、「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」と認定した。

 鑑定では、5点のうち半袖シャツに付着した犯人のものとされる血痕について、弁護側と検察側が推薦した鑑定人2人が、同死刑囚のDNA型と完全に一致するものはなかったとした。

ただ、検察側鑑定人は「検出したDNAは血痕に由来するか不明」と信用性を否定していた。



 決定は「弁護側鑑定の方が、より信頼性の高い検査方法を用いている」と評価し、「5点の衣類の血痕は、袴田死刑囚のものでも被害者4人のものでもなく、犯行着衣でもない可能性が認められる」と判断した。

 また、弁護側が行った類似衣類をみそに漬ける再現実験などから、5点の衣類の色は長期間みそに漬かっていたにしては薄く、不自然だとした。 



もし証拠品の捏造があったとすれば、許しがたい行為です。



そして捏造にかかわった関係者は終身刑とされるべきです。



しかし、死刑判決から33年間、よくぞ死刑執行されずにいたものです。



無実を信じて地道に応援してきた支援者の方たちにも頭が下がりますね。



最後の話題は、逆に支援者からそっぽを向かれたお話です。



相変わらず金に汚い政治家の話題ですが、よくもまあ次から次へと、学習能力のない連中ですね。



みんなの党代表渡辺氏、これで終わりました!



8億円は選挙資金=証拠メール存在、渡辺氏に辞職促す―DHC会長

時事通信 3月28日(金)



 化粧品会社ディーエイチシー(DHC)の吉田嘉明会長は28日、時事通信のインタビューに応じ、みんなの党の渡辺喜美代表への計8億円の貸し付けについて、「選挙に必要ということで依頼された」として、あくまで選挙資金として提供したと語った。

その証拠として、2012年の衆院選の資金として「5億円が必要」と記載した渡辺氏からの携帯メールが残っていることを明らかにした。

 吉田氏は、渡辺氏が12年衆院選に際し、当初は日本維新の会との選挙協力を前提に20億円の融資を依頼してきたと説明。

しかし、渡辺氏は選挙直前の11月19日に吉田氏に送った携帯メールで、選挙協力の不調を理由に「(候補者の)数が少なくなった。5億円が必要。融資をお願いします」と要請してきたという。

 吉田氏は、渡辺氏が選挙資金としての借用を否定していることについては「彼が言っていることは虚偽だ。潔く非を認めるべきだ」と反論。

その上で、渡辺氏の進退について、「党首なり国会議員を辞めて、出直してほしい」と求めた。



 資金の使途について吉田氏は「どこにどれだけ使ったという報告はない」としながらも、候補者数が減って融資依頼額も減少したことから、「大半は供託金に充てられたのではないか」との見方を示した。

また、渡辺氏が「供託金だけでもかなりかかる」と話していたとも指摘した。
 



政治家を終わらせる方法って、結構簡単なんですね。



大金を目の前にぶら下げればいいわけで、餌と見るや食いつくダボハゼたちと大して変わりません。



では、音楽の時間です。

こちらもオーストラリアでのライブですが、ボーカルが違っています。

私も一時期、この曲のいろいろなDVDバージョンを集めるようと頑張っていました。

Great Gig In the Sky - Australian Pink Floyd

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Pink Floyd「The Great Gig in the Sky3」(世界音楽遺産に!)

やはり、肝っ玉の小さな国民ですね。



真央ちゃんのSP世界歴代最高点、韓国メディアは皮肉のオンパレード

サンケイスポーツ 3月28日(金)



 27日にさいたまスーパーアリーナで行われたフィギュアスケート世界選手権の 女子ショートプログラム(SP)で、浅田真央選手(23)が、世界歴代最高得点をマークしたのを受けて、前記録保持者、キム・ヨナ選手(23)の母国・韓国のメディアもこぞってこのニュースを報道。

だが、その中身は、浅田選手を皮肉る記事のオンパレードだ。



 オンライン中央日報では「やはり虎のいないところではキツネが?」という見出しの記事を掲載。

「浅田は自身の得意技であるトリプルアクセルをはじめ、すべてのジャンプ、スピン、ステップ技術を完ぺきに遂行した」と評価はしつつも、ホームアドバンテージによる高得点であると指摘。

「浅田はこれまで自国で開かれた国際大会で比較的甘い点数を受けている」などとしている。



 今大会に韓国にとって”絶対女王”のキム・ヨナ選手が出場していないこともあり、「浅田真央、井の中の蛙」と題する挑発的な3コマ漫画を掲載するメディアも。



 CBSノーカットニュースは、競技を中継したSBSのパン・サンア解説委員の「今回の大会は、日本が浅田の最後を励ますお祭りの雰囲気」というコメントを引用。

地元ファンの熱烈な声援が高得点につながったかのような見解を載せている。

このほかにも、「ISU(国際スケート連盟)のスポンサー中10社以上が日本企業だから」「ソチ五輪以降、高得点乱発傾向がある」など、さまざまな理由をつけながら“真央ちゃんびいき”が行われている―と邪推した記事が多数見られる。



人の悪口ばかりいって優越感に浸る自分たちの悲しい姿にいい加減気づけよ!



では早速、お口直しに美容と健康の話題です。



シミの原因は日焼けだけじゃない!原因別「シミ対処法」

2014/3/26



シミの原因は何ですか?と聞かれると、『日焼け』と答える方が多いと思います。

確かに紫外線による外因性のシミは多いですね。

しかし、シミの原因はそれだけではありません。

実は、シミには内因性のものもあるので、それぞれの原因にあったケア方法が必要なのです。

今回は、シミの原因別に、適切な対処法をお伝えいたします。..

遺伝子検査で知る、自分の体質と病気発症リスク自分にあったライフスタイル改善のために、まずはここから..



1.紫外線によるシミ



これはみなさんもご存じのとおりの、日焼け(紫外線)が原因で起こるシミです。

紫外線に当たると私たちの肌は、メラニン色素を作って紫外線を防御しようとします。

このメラニン色素がシミの正体。

通常、肌が入れ替わるターンオーバー(28日間)が行われれば肌の色はもとに戻るのですが、それが乱れてうまくいかないとメラニン色素が色素沈着を起こし、これがシミになります。

ケア方法は簡単です。

日焼けしない事。

日焼けしなければメラニンは作られませんから。

美白化粧品は色々でておりますが、即効性のあるものなどありません。

一番シミのない綺麗な肌になるには、日焼けしない事なのです。

つまり、日焼け止め、特にUVA(紫外線A)を防止する事。

日焼け止めを購入するときはUVA防御指数を表す、PA値の高いもの(最高値 PA++++)を選んでください。

そして一度塗ったから大丈夫と安心せずに、外出している間はコマメに塗り直す(PA++++でも2時間置き)ことがポイントです。



2.ストレスによるシミ



ストレスで肌荒れすることをご存知の方は多いと思いますが、ストレスでシミが出来ることをご存知の人はまだ少ないのではないでしょうか?

実はストレスで肝機能が弱まったり、ホルモンの分泌が少なくなると、頬骨から頬の中心あたり、額全般にシミが出来やすくなります。

そんなときはまずはストレスを解消することが重要。

抗ストレス作用のあるビタミンCを含む食材(ブロッコリー・キウイ・トマト等)を積極的に摂るようにしましょう。



3.内臓トラブルによるシミ



眉間のあたりや頬の外側にできるシミは肝機能が弱っているときに出やすい場所です。

そのような場合は肝臓を強くすることが大切。

肝臓を強化する成分タウリンを含む食材(ホタテ・イカ・タコ等)がおすすめです。

内臓のトラブルは体調にも影響を及ぼすので一時的な不調でない場合は病院へ。



4.女性ホルモンの乱れによるシミ



女性ホルモンの働きが衰えると、眉の上や目の下にシミが目立ち始めます。

目の周りが黒ずむ場合は、子宮系の機能が弱くなっていることも。

女性ホルモンに似た働きを持つ成分のイソフラボン(納豆・豆腐・豆乳等)を日ごろから摂るようにしましょう。



5.自律神経の乱れによるシミ



口の周りのシミは、自律神経が乱れて出来ることが多いです。

また、腰には自律神経が沢山存在するため、腰痛のかたはストレッチやマッサージをして腰のコリをほぐすことも効果的です。

心身をリラックスさせると共に、ビタミンB12を含むあさりやシジミ、サンマなどは乱れたバイオリズムを回復させる働きがあるためおすすめです。



おわりに



あなたのシミの原因はわかりましたか?

それぞれの原因にあった予防、ケアをしてくださいね。(下山一/ハウコレ)



紫外線以外にもいろいろなシミがあるんですね。



まあ、ざっくりいえば、日焼以外に気をつけるのは、健康体であれ、ということのようです。



さて次は、皆さんの苦手な朝の話題です。



つらい朝テンションをアゲる裏ワザ7個

掲載日:2014/3/11



朝起きたくない、朝がつらい、今日仕事に行きたくない!……と感じる日ってありませんか? 

少なからず誰もが一度はあるのではないでしょうか。

あるいは「ほぼ毎日感じているよ!」という方も少なくないことでしょう。



とくに、雨が降っていたり、寒かったりする日に、朝からテンションを上げることは、かなりハードルが高いですよね。



しかし、朝は一日を決める大切な時間。

『WooRis』でご紹介した「朝の過ごし方で人生が劇的に変わる?成功者が必ずやる5つのこと」でも、成功者が朝に必ず行う事をお伝えしましたが、では実際にテンションの低い朝に、どのようにしたらテンションを上げられるのでしょうか?



実は、簡単に実践できる方法があるのです!

 今回は、アメリカの健康サイト『WebMD』を参考に、つらい朝にテンションをあげるための7個のワザをご紹介します。



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1:朝食に”複合糖質”を取り入れる



朝食には、栄養価の高い物を食べたほうが良いのですが、とくにお勧めは、”複合糖質”の食材です。

複合糖質とは、糖質が主になりタンパク質や脂質等、他の成分も含まれる食材の事です。

例えば、ピーナツバターやオートミール、トースト等です。



研究によると、エネルギーにすぐ変換され、朝の気分を上げ、覚醒させるという結果がでています。



2:外気を吸う



2、3分でも良いので、窓を開けて外に出て、新鮮な空気を吸いながらストレッチ等をしてみて下さい。

それだけで、実は十分に効果があるのです。



複数の研究によると、人は緑の中でウォーキングやガーデニング等の身体を動かす事をたったの5分間するだけで、気分が良くなり、自尊心が高くなるという事がわかっています。



3:自然の音を聞く



自然の音が聞きたくても、森林に住んでいない限り、難しいですよね。

しかし、CDや専門の録音されている音源を聞くだけで、十分な効果があるのです。

最近の研究では、水と鳥のさえずりの音を聞いた人は、ストレスからすぐに立ち直る事がわかりました。



海の音、川の音など、自分の好きな音を朝の目覚まし時計にすると良いかもしれませんね。



4:5回の深呼吸



心理学者のロビン・マッケイ博士によると、起床後にすぐに、5回深い呼吸をするのが良いのだそうです。

その時、今日一日をイメージし、どんな挫折や予期せぬ出来事が起こっても、この呼吸を思い出し、不注意に行動せずに、集中して注意深く対応していこうと心に言い聞かせましょう。

それが気分を上げるコツだと博士は言っています。



5:ホットチョコレートを飲む



最近の研究で、数学問題に挑戦した参加者達が、”ココアフラバノール”を含んだ飲料を飲んだ時に、気分が上がり、頭が覚醒した事が明らかになりました。

このフラバノールは、チョコレートにも多く含まれているんです。



また、ホットチョコレートに含まれるミルクの成分である、タンパク質や炭水化物は、血糖値を上げてくれます。



6:ペパーミントを嗅ぐ



実はペパーミントの香りを嗅ぐ事で、疲れきっている状態でも、気分を上げて、注意力が増す事が明らかになっています。

起床して、すぐに香りを嗅げるように、エッセンシャルオイルをベッドから、手の届く所に置いておきましょう。



また、朝食後に、ペパーミントガムを噛む事で気分や注意力が上がる事も他の研究で判明されました。



7:笑う



笑う事は、どこでも、すぐにできますよね。

前出のマッケイ博士が言うには、笑う事は、自分だけでなく、周りの人々のムードも上げ、そして簡単にできる方法です。



朝に笑うことで、そのエネルギーが一日自分の中に広がるようにしましょう。



以上、つらい朝にテンションを上げる裏ワザ7個をお伝えしましたが、いかがでしたか?

 どれか一つでも良いので実践して、朝から上機嫌で一日をスタートさせてみませんか。



筆者がいくつか実践してみたところ、外に数分でも出るのは、かなり効果的でした。

眠っていた世界から、現実世界に戻ったように、頭が不思議とスッキリしました。



また、ペパーミントも、頭がスッキリし、疲労感やストレスが和らぐのでお勧めですよ。



朝一番の窓を開けた日光浴はかなり効果があります。



曇りや雨の日には、あったかいココアを飲みましょう。



大体はそれで戦闘モードに入れるのではないでしょうか。



では、いってらっしゃい~!いや、おやすみ~、か!?



続けて音楽の時間です。

3夜目はこのライブバージョンで。

Pink Floyd - The Great Gig in the Sky

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Pink Floyd 「The Great Gig in the Sky2」(世界音楽遺産に!)

人の振り見て我が振り直そう、他山の石とせよ、という教訓記事でもあります。



「韓国を普通の先進国だと思うと痛い目に」の認識を各国共有

NEWS ポストセブン 3月21日(金)



 韓国内の日本批判はとどまるところを知らず、それに呼応して日本国内の嫌韓感情もかつてない高まりを見せている。

だが、日本でこれほどまでに「嫌韓」の火が燃え盛るのは、韓国が日本を批判する根拠や材料がことごとく「嘘」「捏造」に満ちているからではないか。

このほど月刊誌「SAPIO」編集部がまとめた『日本人が知っておくべき嘘つき韓国の正体』(小学館)では、世界が呆れる「韓国の嘘」を細かく検証・整理している。

その一部を紹介しよう。



 韓国の国際常識をわきまえない「嘘つき」に業を煮やし、呆れているのは日本だけではない。

その証拠に欧米をはじめ先進国の間では「OINK」という言葉が存在する。

「オンリー・イン・コリア(Only in Korea)」を略したもので、欧米金融関係者の間で生まれた、「韓国でしか起こらない、普通ならあり得ないこと」という意味の略語。

ちなみに「OINK」は、英語圏では「豚の鳴き声」の表現でもある。



 OINKという言葉が生まれたのは、2003年に米投資ファンド・ローンスター社が破綻寸前だった韓国外換銀行の株式を取得して経営再建に乗り出した時の騒動がきっかけ。

3年で黒字化を達成したファンドが利益確定のために株を売却しようとしたところ、いきなり買収時の株価操作などの容疑で韓国当局の強制捜査を受けたのだ。



「ファンドは同様のビジネスを各国で展開していたのに、韓国でだけトラブルが起きた。国民感情として『外資を叩きたい』という気持ちはわからなくもない。

しかし、韓国が特異なのは捜査機関や司法までもが感情優先の判断をすること。



 欧米メディアは一斉に『明らかに政治的意図を持った捜査だ』と批判したものの、結局は起訴されてファンド側が一部容疑について敗訴。

騒動の最中には在韓米商工会議所の所長が『韓国は政策・規制が予測できない国』とコメントするなど、韓国関連のビジネスに携わる人間には衝撃的な事件として記憶されています」(在韓国ジャーナリスト)



 韓国を「普通の先進国」だと思っていると痛い目を見る──そうした認識が諸外国で共有され、「OINK」というフレーズが生まれたわけだ。

以来、光州市が国際水泳連盟に提出した書類で首相のサインを偽造していたり、大邱市が10年以上にわたって「ミラノと姉妹都市」という虚偽情報を市民に公表していたりといった、先進国では(いや、発展途上国でも)まず考えられない事態が明るみに出るたびに「またOINKか」と世界中から呆れられてきた。



 韓国相手に「法治国家の原則」が通用しないことは日本も経験済みだ。

たとえば2005年に制定された「親日反民族行為者財産の国家帰属に関する特別法」は、過去に遡って親日的だった人物の財産を取り上げるという内容。

「法の不遡及(実行時に合法だった行為を、事後に定めた法で遡って処罰できない)」は近代法の大原則だ。

だが、そんな先進国の常識よりも「親日は有罪、反日は無罪」という感情が優先されるのが韓国の実態である。

※週刊ポスト2014年3月28日号



過去には、日本も貿易絡みで欧米からいろいろといわれてきました。



護送船団方式(《護送船団は最も速度の遅い船舶に合わせて航行するところから》特定の産業において最も体力のない企業が落伍しないよう、監督官庁がその産業全体を管理・指導しながら収益・競争力を確保すること)、非関税障壁(関税以外の方法で国産品と外国品を差別し、貿易制限的効果をもつ選別的手段や制度で輸入数量制限・輸入課徴金・差別的貿易金融制度など。NTB(non-tariff barrier))や各業界にまとわりつく雑多な規制の数々など自国産業を保護すると称してやりたい放題でした。



そしてこうした自国にとって有利な政策方針は、利害関係者の声が大きいほど支持されていました。



国も国民と一枚岩で立ち向かうことができたからです。



ただ、国際世論が「自由競争」という(一見)平等で公正な物差しで議論されるようになって、日本の輸出産業は集中豪雨的なやりたい放題の一方で輸入となると半鎖国状態ではあまりに不公正だという厳しいバシングから、日本人の意識も徐々に変わってきました。



つまり、民意がある程度グローバル化(自国の利害だけではなく世界全体を見るバランス感覚)しなければ、「保護貿易もどき」という自国にとってのみ都合のいい大甘な枠組みからはなかなか抜け出せません。



記事の最後に、「法の不遡及は近代法の大原則」とありますが、8年前頃から日本で行われたグレー金利ゾーンの過払い訴訟などは、過去にさかのぼって契約を不当とみなすという近代法の大原則を破ったものであったことは忘れてはなりません。



その過払い訴訟とは、



貸金業の上限金利は利息制限法上(1)元本10万円未満で年20%、(2)10万円以上100万円未満で18%、(3)100万円以上で15%と定まっている。

しかし、「みなし弁済」例外規定により一定の書面を交付するなど条件を満たせば、債務者が(1)〜(3)を超える利息を支払っても有効な弁済とみなされる。

この場合の上限金利が出資法の29.2%。

この2つの間の金利をグレーゾーンという。

みなし弁済の条件は厳密なもので、本来は消費者金融などではほとんどが条件を満たさない違法なものである。

しかし、現実には多くの業者がグレーゾーン金利で貸し付けている。

最高裁は2006年1月、事実上「灰色金利」を認めない判決を下した。

それを受けて過払い利息返還を求める訴訟が急増。

返還費用は大手4社だけで1400億円を超える。

政府与党は06年秋の臨時国会で法整備を図り、貸金業の上限金利は利息制限法に一本化される。

少額・短期に限った特例金利は2年間設けられ、利率は25.5%。(kotobank)





つまり、サラ金業者がグレーゾーン金利の正当性をみなし弁済規定により主張するには、かなり細かな要件を満たしていることを立証する必要があります。



その要件を業者が満たしていない場合はみなし弁済の適用はなく、業者が主張するグレーゾーン金利は利息制限法に引き直しされるべきだ、ということです。



これにより利息制限法を超過した部分の支払いは元金に組み入れられることになり、元金が大幅に減少し、場合によっては過払いになっていることもありえるわけです。



しかしこうした利息制限法と出資法での上限利率の不備をそのままにしていたのは、法整備の問題であり国の責任です。



目ざといサラ金業者につけ入る隙を与えたのは法律自体の不備であり、2006年に最高裁で灰色金利を認めない判決が出るまでは、不備な法律だったとはいえ、契約当事者同士による契約行為自体は有効だったとみるのが妥当なのではないでしょうか。



借り手自身も数ある貸金業者の中からそこを選んだという自己責任もあるはずだという意味においてです。



とすれば、最高裁の判決が出た以降の灰色金利での契約を無効にすれば十分であって、いくらみなし弁済規定を満たしていなかったとはいえ過去にさかのぼっての過払い金利の支払いを命じるのは、やはり違和感があります。



弱者を助けるという大義名分のために、強引に超法規的解釈がなされたように思えてなりません。



この辺の法解釈は当時もいろいろな意見があったと思いますが、サラ金業者の苛酷な取立てや脅しなどの反社会的な行為に対する懲罰的な意味もこめて実行されたのでしょう。



こうした先例もあるので、日本も他国に対してあまり威張れたものではないと思うのですが・・・。





しかし、この記事まだ続きがありました。



日本の番組丸パクリ横行の韓国TV局「似たアイデアです」と反論

NEWS ポストセブン 3月20日(木)



 韓国の国際常識をわきまえぬ嘘つきぶりに呆れた欧米各国では「OINK(Only in Korea)」という言葉が存在する(「OINK」は英語圏では“豚の鳴き声”の表現でもある)。

韓国が言い張る嘘の1つが、様々な物の発祥を「韓国発祥」と言い張る“ウリジナル”。



 韓国が自国起源を主張しているのは「相撲」から「歌舞伎」「寿司」「秋田犬」まで幅広い。

そうした主張の多くに嘘が隠れている。たとえば「空手」。

韓国では日本統治時代に空手を学んだ崔泓熙(チェ・ホンヒ)によってテコンドーが創出された。

しかし、世界テコンドー連盟はその歴史から崔の名前を抹消することで、「空手はテコンドーが起源」という事実と正反対の主張をしているのだ。



 何でも「ウリ(「我々の」の意)のもの」としてしまう傾向は、テレビのパクリ番組の多さからも見て取れる。

1980年にスタートした「KBS全国のど自慢」は明らかに「NHKのど自慢」の模倣。

2003年には韓国の番組「スポンジ」がフジテレビの「トリビアの泉」を盗作したと問題になった。



 トリビアを紹介してVTRで実証するというスタイルや、ゆっくりした低い声のナレーションまでそっくりだった。

フジテレビの質問書に対し、韓国側は「総合娯楽番組の場合、似たアイデアが出ることもある」と反論したが、これも詭弁というほかない。



「韓国のテレビ界にはかつて『釜山に出張する』という隠語があった。

昔は釜山に行くと福岡の電波が受信できたので、『日本の番組を真似る』という意味の隠語です。

パクリが半ば公然と行なわれていたことがよくわかる」(前出の在韓国ジャーナリスト)



 アニメや漫画でもそうした例は枚挙に暇がない。

「鉄腕アトム」が「稲妻アトム」、「ドラえもん」が「トンチャモン」、「らんま2分の1」が「ラムバ3分の1」といった具合。

いずれも原作者の許可などない。

1998年まで韓国では日本の大衆文化流入を禁止していたため、韓国人は本気で「韓国オリジナルの作品だ」と信じていた。

日本で活動していた女優ユンソナが「ドラえもんは韓国のものだと思っていた」と語ったのは有名な話だ。



 先進国であれば当然のルールやモラルがなく、ルール破りを正当化するための嘘が罷り通る。

そしていつしか国民が嘘を本当だと信じてしまう。

そこにこの国の病理があるといえよう。

※週刊ポスト2014年3月28日号



私も10年近く前に韓国ソウルに住んでいたころ、鉄腕アトムが韓国のアニメだと主張されたのにはびっくりしました。



もちろん戦後は日本も欧米の物まねで追いつけ追い越せとがむしゃらな時代もありました。



しかし、まねをするにはその国や文化なりに多少の敬意を払っていました。



現在の韓国は、物まねもオリジナリティだと居直っている節があります。



いいものを積極的に自国に取り入れるのはいいことだと思います。



ただ、勝手に盗んだり捏造してはいけません。



自称、儒教国であるはずの国民意識が最近あまりにもミーイズムに傾きすぎているのはなぜでしょうか?



儒教とは、



中国古代の儒家思想を基本にした学問。

孔子の唱えた倫理政治規範を体系化し、四書五経の経典を備え、長く中国の学問の中心となった。

自己の倫理的修養による人格育成から最高道徳「仁」への到達を目ざし、また、礼楽刑政を講じて経国済民の道を説く。

のち、朱子学・陽明学として展開。

日本には4、5世紀ごろに「論語」が伝来したと伝えられ、日本文化に多大の影響を与えた。




他国の権利を侵害しても恥じることがない倫理観は儒教とは対極的なものです。



一国の指導者とは、一時的な国民的感情や偏向教育で他国に対する憎悪を増幅することで起こりえる一触即発の事態を防ぐのが本来の使命のはずです。



しかし韓国の指導者は、自国民の人気取りだけのために、過去にさかのぼって日本との紛争の種を見つけ出して拡大するという非生産的な緊張感をつくることに邁進しています。



この行為の先には一体何があるのでしょうか?



既に国民感情はお互いの嫌悪感を増幅していますし、経済交流や文化交流は停滞したままです。



日韓が不毛な停滞期のその隙に北朝鮮はミサイル威嚇発射という軍事的示威行為に出ています。



そして日本憎しという共通の旗印に、少し前まで憎みあっていた中韓は表面的には異常な接近をみせています。



まあ、このことは多元外交という意味では問題ありませんが、中韓のお互いの指導者が日本を名指しで貶めようとする発言の数々は品格や礼儀もあったものではありません。



しかし東アジアの平和のためには、日本との過去にこだわるよりも未来に向けた友好関係を築いたほうがメリットが大きいでしょう。



戦後補償でケリのついた従軍慰安婦の賠償請求問題などは、自国民の手前一度振り上げたこぶしを下ろしたくても下ろせない変なプライドが邪魔しているようにしか思えません。



是々非々を説き、自国民の反日意識に歯止めを掛けられるような新たな指導者が韓国に現れない限り東アジアにとっては不幸な状況が続きそうです。





では、音楽の時間です。

ピンクフロイド、1989年ベニスでのライブです。

The great gig in the sky - Pink Floyd

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Pink Floyd「The Great Gig in the Sky」(世界音楽遺産に!)

このマンガは将棋界を舞台にしていますが、心優しい人間模様を描いた秀作です。



第18回手塚治虫文化賞、大賞に羽海野チカ氏の『3月のライオン』

ITmedia eBook USER 3月25日(火)



 第18回手塚治虫文化賞の受賞作品が決定した。

年間を通じ最も優れた作品に贈られるマンガ大賞には、羽海野チカ氏の『3月のライオン』(白泉社)が選ばれた。



 『3月のライオン』は様々な哀しみを背負った若きプロ棋士の少年・桐山零と3姉妹との交流を中心に、人々が関わり合いの中で他者を思い、成長していく作品。

同作品2007年から白泉社「ヤングアニマル」で連載をスタートし、2011年には第35回講談社漫画賞一般部門を受賞している。



 そのほか、清新な才能の作者に贈られる新生賞には『みつあみの神様』(集英社)などの今日マチ子氏、短編賞には『オンノジ』(秋田書店)などの施川ユウキ氏、特別賞には藤子不二雄(A)氏の『まんが道』と、昨年13年に完結を迎えた続編『愛…しりそめし頃に…』がそれぞれ受賞した。



 また今回特別企画として設けられた読者賞には、朝日新聞デジタル会員の投票によって、小山宙哉氏の『宇宙兄弟』が選ばれた。



 マンガ大賞にはブロンズ像と副賞200万円、新生賞、短編賞、特別賞にはそれぞれブロンズ像と副賞100万円、読者賞には記念の盾と副賞10万円が贈られる。

贈呈式は5月30日、東京の浜離宮朝日ホールで行われる。



将棋人気を盛り上げる上でも、とてもうれしい受賞でした。



では、次の話題です。



NHK一部のバラエティーに苦言

日刊スポーツ 3月25日(火)



 NHKの2014年度予算案審議が始まった25日の衆院総務委員会で、同局が製作する一部バラエティー番組の内容に対し、「NHKがわざわざ放送する意味があるのか」と、苦言が寄せられる場面があった。



 質問した日本維新の会の中田宏衆院議員は、

「NHKの番組が、ひとことで言うと低俗になっていないか。何だこりゃという娯楽番組が、いくつも並んでいる」

と指摘した上で、「ケータイ大喜利」「コントの劇場」「七人のコント侍」の3番組をやり玉に挙げた。



 「何人かに聞いても、『NHKがやる番組じゃない』という答えをもらった。

NHKは何のために公共放送という意味を持ち、国民から受信料を徴収しているのかという自覚が疑われる。

あまりにも民放のまねをしすぎていないか」

と主張。

「私が低俗と勝手に決めつけられるものではないが、娯楽番組ひとつとっても、地域性や日本の文化をひもとき、それに若い人が関心を持てる番組にしてほしい」

などと、注文した。



 籾井勝人会長は「大変参考にさせていただき、今後のNHKの娯楽番組のあり方を、いろいろ研究させていただきたい」と応じた。

新藤義孝総務相は「さまざまな公衆の要望がある。NHKはよく聞いて、番組を編成してほしい」と答弁した。



 中田氏はまた、ソチパラリンピックに関し、競技の放送時間が少なく、1998年の長野大会以降、各大会とも30時間前後で、ほとんど変わらないと指摘。

籾井会長は「日本選手も活躍している。もっと見直していかないといけない」と、再考する考えを示した。




NHKの娯楽番組が槍玉に上がっているようですが、若い人も見るのだから問題ないと思いますよ。



それよりも、現在、国会が開かれているのにその議論が中継されていないことのほうが問題でしょう。



国民が選んだ議員が、国民の生活や未来に直結する議論を聞く機会さえ提供しないのは、国民の知る権利を蔑ろにしているのではないでしょうか?



ただし、たまに放送される国会中継をみて思うのは、議員個人のパフォーマンスありきのくだらない質問や各党でダブっている質問内容や自身の選挙区の利益誘導的な発言など、改善すべき点は多々ありそうです。



しかし、テレビ中継が入ることがわかって全国放送される質問がこの程度ということは、中継が入っていない時の国会の論戦は一体どんな内容なのでしょうか?



かなり心配です。



そして発言者は必ず「限られた貴重な時間ですので、早速・・・」との枕詞を言いますが、貴重な時間にみあった質問内容になっていない点が残念です。



少なくとも震災後の被災地の復興の問題などは各党が歩み寄れる課題の一つだと思われますが、こうしたイッシューには党派を超えて質問がダブらないようにすれば、時間内で議論をより深めることも可能だと思われます。



何かと反目しあっている各党が、挙国一致で議論できる議題くらいは、党派のわだかまりを超えて協力すべきだと思うし、国民からすれば党利党略ではない真摯な姿勢をたまには見せて欲しい気がします。



議論のクオリティをチェックするためにも、「国民の知る権利」に直結する国会中継は「皆様のNHK」が完全放映すべきです。



では、音楽の時間です。



今週はピンクフロイドの登場です。



ピンク・フロイド (Pink Floyd) は、イギリス出身のロック・バンド。

サイケやブルース、フォークなどを織り交ぜたオーソドックスなロックにけだるい叙情と幻想的なサウンドを醸し出させた音楽性、大掛かりな仕掛けとスペクタクルに富んだライブ、現代社会における人間疎外や政治問題をテーマにした文学的、哲学的な歌詞で世界的に人気を博した。

プログレッシヴ・ロックとしての芸術的な側面で評価を得る一方で、『狂気』は5,000万枚、『ザ・ウォール』は3,000万枚そして、『炎〜あなたがここにいてほしい』は2,300万枚のメガ・セールスを記録し、レコード・CD総売り上げは2億3,000万枚(2012年時点)におよぶ商業的にも大成功を収めたグループである。



日本ではいわゆるプログレッシヴ・ロックの代表格として扱われることが多いが、クラシック音楽やジャズをバックグラウンドに卓抜したテクニックを披露する技巧派の類とは異なり、ブルースやサイケデリック・ロック、フォークなどをバックボーンに持つ。

彼らの演奏は一般的なプログレッシブ・ロックに見られるテクニック志向とは無縁であるが、その音楽のもつ代替の利かない浮遊感・倦怠感のない交ぜになった幻想的なサウンドは、ロックのアグレッションから離れつつ独自の緊張感と高揚に結びついている革新的なものであった。

彼らの音楽性はジ・オーブやKLFなどのいわゆるエレクトロニカ関連のアーティストにも大きな影響を与えている。



「ローリング・ストーンの選ぶ歴史上最も偉大な100組のアーティスト」において第51位。



1973年3月、コンセプト・アルバム『狂気』を発表。

本作はウォーターズが歌詞を全面的に担当した初めて作品となった。

また、フロイドのアルバムに歌詞が掲載されたのはこの『狂気』が初めてだった。

発売と同時に、シングル・ヒットした「マネー」とともに初の全米1位を記録するなど全世界で大ヒットを記録、音楽的にも商業的にも大成功を収める。

こうして、ピンク・フロイドは一躍スターダムにのし上がった。



これ以後、フロイドを取り巻く環境は一変する。

コンサートの観客数は大幅に増え、客層も変わっていった。

このことはバンドのメンバー、特にウォーターズを大いに苛立たせることになり、後のウォーターズの創作活動にも影響を与えることになる。

1973年にコンサートツアーを終えると、バンドは長期休暇に入った。



1974年に入り、バンドは『狂気』に続くアルバムのレコーディングを開始する。

当初は、楽器を一切使わずにワイングラスや輪ゴムなどの日用品を使って演奏する組曲「Household Objects」の制作を試みたが結局は断念した。



その後、6月にフランス、11月にイギリスでコンサートツアーを行った。

新曲「Shine on you crazy diamond」「You've gotta be crazy」「Raving and drooling」などが披露され、次のアルバムではこの3曲を収録することが決まりかけていたが、これらの新曲を披露したコンサートを収録した海賊盤『British Winter tour』なるアルバムが大いに売れてしまったため「You've gotta be crazy」と「Raving and drooling」の収録は見送られた。



新たなアルバム作りは困難を極めた。

『狂気』の成功で注目を集めたことによる重圧、『狂気』でやりたいことをやりつくしたという満足感、メンバーの個人的問題(ウォーターズ、メイスンがそれぞれ離婚の危機を抱えていた)などが原因であった。



1975年、難産の末2年ぶりの新作となる『炎〜あなたがここにいてほしい』を発表。

大ヒットアルバム『狂気』に続く作品ということで注目されたが、内容が地味との評価を受け、セールス面では伸び悩んだ。

しかし、最終的には全米・全英ともに1位を記録。

これ以後、フロイドが発表するスタジオ・アルバムはいずれも大がかりなコンセプト・アルバムの体裁をとるようになる。



ロジャー・ウォーターズ時代



バンドは次第にロジャー・ウォーターズのイニシアチブが強くなっていく。

1977年発表の『アニマルズ』はコンセプトアルバムであるが、全5曲中4曲がウォーターズ単独の書き下ろしであり、ウォーターズがリード・ボーカルを担当した。

サウンド面でも、それまでの幻想的な音創りは影を潜め、よりストレートなロック・サウンドとなっていった。

歌詞はウォーターズ独特の社会風刺が全面的に扱われている。



『アニマルズ』発表後のツアー「Pink Floyd : In The Flesh」はヨーロッパと北米を跨り、当時のフロイドでは最大級のコンサート・ツアーとなった。

このツアーの最終日である7月6日のカナダ・モントリオール公演で、ウォーターズは前列で大騒ぎしていた観客に激怒し、演奏途中でツバを吐き掛けるという行為に及んだ。

この自らの行為が発想の引き金となって、コンサート終了後ウォーターズは次のアルバム制作に没頭する。

一方、他のメンバーはそれぞれのソロ活動を開始し、デヴィッド・ギルモアは1978年に『デヴィッド・ギルモア』を発表してヒットを記録する。



1979年11月、2枚組アルバム『ザ・ウォール』を発表。

シングル「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール(パート2)」とともに大ヒットを記録した。

2枚組全26曲のうち、数曲を除きウォーターズが単独で作詞・作曲を行っている。

共同プロデューサーとしてアリス・クーパーのプロデュースなどで知られるボブ・エズリンが招かれ、アルバムのレコーディングには多数のセッション・ミュージシャンが招かれている。



バンド内ではウォーターズの独裁化が進み、『ザ・ウォール』のセッション途中でウォーターズがリチャード・ライトを解雇するなど、メンバー間の亀裂は深くなる一方であった。

ライトは1980年から翌年にかけて行われたツアーにサポート・メンバーとして参加したが、すでに正式なメンバーでなくなっていたため同ツアーで発生した莫大な赤字に対する支払いを被らずにすんだ。



『ザ・ウォール』ツアーでは、演奏途中から観客席と舞台の間に実際に壁を構築し、それがクロジーング・ナンバー「Outside The Wall」の直前で完全に崩れ去るという大規模な演出で話題を呼んだ。

また、アルバムのコンセプトを具現化した映画『ピンク・フロイド ザ・ウォール』がアラン・パーカー監督の下で制作され、1981年に公開された。



1983年発表の『ファイナル・カット』は、"A Requiem For The Post War Dream by Roger Waters"(ロジャー・ウォーターズによる戦後の夢へのレクイエム)というサブタイトルから伺えるように、ピンク・フロイド名義ではあるが実質的にはウォーターズのソロ作品である。

ウォーターズ以外のメンバーであるデヴィッド・ギルモアとニック・メイスンはレコーディング・セッションではウォーターズに乞われたときにしか動かないという状態だった。



当初『ファイナル・カット』に伴うコンサート・ツアーも行う予定だったが、ウォーターズがこれを中止させた。

このためピンク・フロイドは活動停止状態となり、メンバーはそれぞれのソロ活動を行うことになる。

すでに脱退していたライトもソロ・プロジェクトを立ち上げた。



1984年、ギルモアは『狂気のプロフィール』を、ウォーターズは『ヒッチハイクの賛否両論』を発表し、アルバムに伴うコンサートツアーも行った。

しかし、両者のアルバムの売り上げ並びにコンサートの観客動員は芳しいものではなく、空席の目立つ観客席を前に演奏することが多かった。

ギルモアのコンサートはわずかに黒字を確保したが、ウォーターズは(エリック・クラプトンという大物が居たにも関わらず)チケットを売り切ることが全く出来ず、大幅な損失を被ってしまった。



1985年6月、ウォーターズはマネージャーであるスティーブ・オラークとの契約を破棄しようとした。

しかし、オラークはウォーターズの意に反し、引き続きピンク・フロイドの仕事を続けたため、ウォーターズはギルモアとメイスンの同意を取り付けようとするが両者は拒否、結局ウォーターズは同年12月に「ピンク・フロイドは創造性を使い切った」との理由でバンドを脱退した。

ウォーターズにとっては、ピンク・フロイドはもはやその存在価値を無くしていた。

ウォーターズは、リーダーである自分が脱退することでバンドの解散を意図していたが、ギルモアはフロイドの活動継続を決めた。



デヴィッド・ギルモア時代



ウォーターズは脱退後、映画『風が吹くとき』のサウンド・トラックを担当した。

これはウォーターズ自身のアルバム制作のためのヒントとなり、1984年の『ヒッチハイクの賛否両論』に続くソロ・アルバムの制作につながった。

ウォーターズはプロデュースをボブ・エズリンに依頼したが、エズリンはギルモア主導のピンク・フロイドの新作プロデュースのためにこのオファーを断り、ウォーターズの怒りを買った。



ギルモアはメイスンと共にピンク・フロイドの「解散」に強く反対してグループの存続を主張しており、ウォーターズの脱退を受け、自ら指揮を執って新生ピンク・フロイドを立ち上げた。

ギルモアは多数の外部ミュージシャンを招聘してアルバム制作に取り掛かった。

ウォーターズはこのピンク・フロイドの活動継続に激怒して訴訟を起こす。

ギルモアは訴訟への対応を余儀なくされたが、『ザ・ウォール』に関する権利をウォーターズに譲ること、ステージでの「豚」のオブジェクトの使用禁止、楽曲使用に伴う収入の20パーセント強をウォーターズに支払うことなどを条件に両者は和解した。

この両者の対立はマスコミやファンの注目の的となり、「ローリング・ストーン」誌のピンク・フロイド特集号はその年の同誌の売り上げナンバー・ワンとなった。



新生ピンク・フロイドは1987年に『鬱』を発表、大掛かりなツアーを敢行してピンク・フロイドの復活を印象付けた。ウォーターズも同年にソロアルバム『RADIO K.A.O.S.』を発表した。

ウォーターズは『鬱』並びに新生フロイドを「フロイドの真似事をしただけのニセモノ」と手厳しく非難した。

両者は同時期にアルバムを発売し、アメリカ・ツアーではいくつかの都市で両者がバッティングすることもあったが、観客動員や注目度ではフロイドの圧勝に終わっている。



フロイドのコンサートは各地でソールド・アウトを記録して多数の追加公演が組まれ、1989年まで続く長丁場となった。

1988年には3度目の来日公演も果たしている。



ウォーターズは、1990年にベルリンの壁が崩壊したのを受けて『ザ・ウォール』の再現コンサートをベルリンで行うことになった。

こちらにも多数のミュージシャンが集まっての一大イベントとなった。

これは評判を呼び、『ザ・ウォール〜ライブ・イン・ベルリン』としてライブ盤とビデオが発売されている。



1992年、ウォーターズはソロアルバム『死滅遊戯』を発表する。

これはウォーターズ得意のコンセプト・アルバムであり、批評家からも高い評価を受けたもののセールス面ではゴールド・ディスクにとどまる。

当時「200万枚売れたらツアーをやる」と公言していたが、結局このときは実現しなかった。



ピンク・フロイドは1993年秋頃に再始動し、1994年に『対(TSUI)』を発表。

収録曲「孤立」はグラミー賞ベスト・ロック・インストゥルメンタル部門を受賞。

そして再び大規模なコンサート・ツアーに出る。

全112公演で、ツアーの総費用は2億ドルに及ぶものだった。

このツアーでは『狂気』組曲を1975年以来19年ぶりに演奏し、このライブの模様を収めた『P.U.L.S.E』もリリースしたが再び沈黙に入る。



ピンク・フロイド側とロジャー・ウォーターズ側は決定的に対立し、インタビューでウォーターズとギルモアがお互いを非難しあうことが多かった。

しかし1990年末より、両者の間の距離は少しずつではあるが縮まり始めていった。



2000年になって、1979年発表の『ザ・ウォール』に伴うツアーの模様を収録したライブ・アルバム『ザ・ウォール・ライヴ:アールズ・コート1980-1981』を発売。



2001年にはベスト・アルバム『エコーズ〜啓示』をリリース。

ウォーターズを含めた4人で選曲が行われ、ピンク・フロイドにとって初と言ってもいいベスト盤となった。

全英・全米ともに2位を記録し、相変わらずの人気を示した。

メンバーの和解による再結成の期待が高まったが、再びバンドとしての活動が無い時期が続く。



2003年、長年ピンク・フロイドのマネージャーを務めたスティーヴ・オラークが死亡。

ウエスト・サセックスのチチェスター大聖堂で行われた葬儀の際、ギルモア、メイスン、ライトが「デブでよろよろの太陽」と「虚空のスキャット」の2曲を演奏する。



「LIVE 8」での再結成から現在



2005年7月2日に行われたアフリカ貧困撲滅チャリティー・イベント「LIVE 8」において、ウォーターズを含めた4人によるラインナップで再結成を果たし、復活ライブを披露。

同イベントでも屈指の反響を得た。

この一時的な再結成の後には、1億ポンド(約200億円)で全米ツアーを行わないかというオファーもあったが、ギルモアがこれを断ったことにより実現しなかった。



同年、イギリスの「ロックの殿堂」入りを果たす。

授賞式にはギルモアとメイスンが参加。

ウォーターズは滞在先のローマから衛星中継で参加。

ライトは目の手術のため不参加。



2006年7月7日、かつてのリーダーであったシド・バレットが死去。

メンバーから追悼のコメントが寄せられた。

バレット死去に際して再結成の噂も聞かれたが、こちらも実現しなかった。



同年、ギルモアの新作発売に伴うソロ・ツアーにライトが参加。

また、ウォーターズのツアーにメイスンが数回参加した。

5月31日には、ギルモアのロンドン公演にメイスンがゲスト出演。

ギルモアからウォーターズにもゲスト参加の要請があったが、ウォーターズは自身のツアー・リハーサルに専念するとの理由で参加しなかった。



同じく2006年、『P.U.L.S.E』のDVD化(『驚異』という邦題が付けられた)に伴い、ギルモア、ライト、メイスンの3人が揃って発売記念イベントに参加。



2007年5月4日、ロンドンのアビー・ロード・スタジオで行われたストーム・ソーガソンの本の出版記念パーティーにギルモア、ライト、メイソンの3人が駆けつける。



同年5月10日、「アーノルド・レーン」のプロデューサーを務めたジョー・ボイド主催のシド・バレット追悼コンサート“Madcaps Last Laugh”がロンドンで行われる。

クリッシー・ハインド、ロビン・ヒッチコック、ジョン・ポール・ジョーンズらと共にウォーターズ、ギルモア、ライト、メイスンが出演する。

ウォーターズはショー前半のトリでジョン・カーリンを伴い「フリッカーリング・フレイム」を演奏。

後半のトリにギルモア、ライト、メイスンの3人がカーリン、オアシスのベーシストのアンディ・ベルを伴い「アーノルド・レーン」を演奏する。

最後に出演者全員で「バイク」を演奏したがウォーターズは現れず、4人の共演は実現しなかった。



2008年8月26日、「音楽界のノーベル賞」と言われるポーラー音楽賞を受賞する。

スウェーデンのストックホルムで行われた授賞式にウォーターズ、メイソンの2人が参加。

2人はカール16世グスタフ国王から盾と花束を渡され、賞金100万クローナが贈られた。

メイソンは、賞金について「メンバー間で分けて、それぞれ寄付する」とコメント。



同年9月15日、リチャード・ライトが65歳で死去。

9月19日付タイムズによるとライトは2007年12月に癌と診断されていた。



2010年7月、チャリティー・イベントでウォーターズとギルモアが共演。

さらに、チャリティー・イベントでの再結成も予定されていたが、会場の問題でキャンセルされたと報じられた。



2011年5月12日、ロンドンのO2アリーナでのウォーターズのツアー「The Wall Live」のステージにギルモアとメイソンが出演し、久々に3人揃っての演奏が実現した。



同年5月20日、ピンク・フロイドと契約を更新したEMIが「Why Pink Floyd…?」と題された世界的なリリース・キャンペーンを行うと発表。

9月28日のリリースを皮切りに、3回に分けた大々的なリリースを展開する。

各アルバムのリマスター盤、ボックスセット、ベスト・アルバム、コレクターズボックスなどの様々な形態で発売される。



エピソード



ピンク・フロイドほか数多くのアーティストのアルバム・ジャケットを手掛けているデザイン・チーム「ヒプノシス」のリーダーであるストーム・ソーガソンは、ウォーターズとバレットの高校時代からの仲間である。



シド・バレットの後釜のギタリストとしてジェフ・ベックを加入させるという話があった。

実際にジェフ・ベックにコンタクトが取られたが、折り合いが付かず、デヴィッド・ギルモアが加入することになった。

選ばれた理由は「ウマが合ったから」とのこと。



1971年の初来日の際には、箱根で開催された野外フェスティバル「箱根アフロディーテ」のトリとして登場し、日が暮れて霧が立ち込める中で幻想的なライヴを披露した。

このライブは、現在でも伝説のひとつとして語り草になっている。

また、楽器をチューニングする音をオリジナルの「前衛音楽」と勘違いした観客が歓声を送ったというエピソードがある。



ロジャー・ウォーターズ曰く、バンド内では常に「建築家のロジャーとニック」vs「音楽家のデイヴとリック」という構図になっていたらしい。



ウォーターズの母親、メイスンの両親は共産党員だった。

2人は大学時代に学生運動や反核運動に精を出したが、メイスン自身はそれほど左翼思想に傾倒することはなかった。



初期の頃はシド・バレットのルックスなどもあり、ややアイドル的な扱いを受けていた。

メンバー全員で肩を組んで歩く姿や、笑顔で踊っている模様を収めた映像や写真が残されている。

ニック・メイスンは当時を振り返り「最悪だったよ」と述べている。

(ウイッキペディア)



ピンクフロイドの大ベストセラーアルバム「狂気」の中の1曲です。

人生で初めて涙した曲でした。

別バージョンで5夜連続でこの曲をお届けします。

今回はオーストラリアでのライブです。

The Great Gig in the Sky

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松任谷由実「誕生日おめでとう」(世界音楽遺産に!)

今日は私の誕生日です。



自分の誕生日に必ずすること。



部屋の掃除です。



気分もすっきりしますので、皆様もお試しあれ!



では、3月23日のブログ記事の続編をお届けします。



資格のお話です。



広がる"資格貧乏"!税理士、社労士の悲哀

弁護士、公認会計士だけじゃない

佐藤 留美 :ジャーナリスト 2014年03月24日



『資格を取ると貧乏になります』(新潮新書)



強烈なタイトルの本が、話題となっている。

発売直後から増刷に次ぐ増刷。

資格というキーワードは、先行き不透明な時代に生きる人の心をとらえるのか。



「手に職」「資格を武器に未経験からあこがれの仕事に就く」「スキルアップして『好き』を仕事にする」。

新聞の折り込みチラシや、テレビCMなどでは、連日、そんな美辞麗句が躍る。だが、この本が扱う「資格」は、アイドルがテレビで宣伝しているようなそれではない。

弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士など、いわゆる「高級で一流でエリートな国家資格」だ。



狭き門をくぐり難関国家資格を取得し、センセイとあがめ奉られる存在に今、何が起きているのか?

前回記事(3月23日ブログ掲載)に続き、著者に聞く。



高齢者が幅をきかせる?税理士界の過当競争



あるとき、知人の税理士が「税理士資格は、足の裏にくっついたご飯つぶと同じ」という、税理士内の内輪ネタを披露してくれました。



そのココロは?



「取らないと食べられないけど、取っても食べられません」――。



これを聞いたときは思わず吹いてしまいましたが、税理士も今やそんな謎かけがはやるほど、仕事に困っているというのです。

その原因は、弁護士、会計士同様に、マーケットが縮小しているにもかかわらず、資格取得者数だけが増加したことで、過当競争に陥っているから。



さらに税理士の場合、「高齢の税理士が既得権益を手放さない」という特殊事情もあります。



ご存じでしょうか。

日本では、国税局および税務署に23年勤めた人は、無試験で税理士になれる「OB税理士=別称・天下り税理士」という“分厚い層”が存在します。

そして、「太い客=高い顧問料を支払ってくれる上客」は、彼らが独占しているというのです。



「高齢税理士問題」を語るうえでは、こんな面白いエピソードもあります。



この本を作るとき、担当編集者が最新データを確認するために日本税理士会連合会に「税理士の年齢構成」について確認の電話を入れたところ、「80代11.4パーセント、90代0.78パーセント、100歳以上0.01パーセント……」とまったく平然と読み上げられて(ちなみに税理士は2013年1月1日時点で60代以上が52.99%)、思わず笑いだしそうになったそうです。



100歳以上をちゃんと統計で出しているところが、さすが税理士と思わずにはいられません。



おじいさん税理士が、現役でいられるワケ



さて、なぜ国税上がりのおじいさん税理士が、いまだ現役でいられるのか?

 それというのも、国税上がりはいまだ顧客が税務調査に入られたときに、古巣が手心を加えてくれるという“神話”が健在だからです。



なおかつ、税理士をチェンジ(交代)すると税務調査が入るという都市伝説もあり、多くの中小企業経営者はよっぽどの不満がないかぎりは税理士を変えません。

だからこそ若手税理士は「じいちゃん税理士の茶坊主と化して、そのおこぼれにあずかるチャンスを狙うしかない」と言います。



加えて、税理士はIT化により大打撃を食らいました。

まず、ネットの普及により顧問料などの報酬が透明化され、それと同時に「格安」をうたう若手税理士が続々登場したこと。



また、あのグーグル出身者が開発した安価な“全自動会計”クラウドサービスが登場し、これまで税理士に高い手数料を払っていた記帳代行業務が、簡単なマウス操作だけで事足りるようになりました。

これにより、「税務以外の業務、記帳代行と会計の部分は、あと5年はもたない」と嘆く税理士もいるほどです。



さらに、2016年には国民背番号制といわれる「マイナンバー制」が導入される予定です。

すると、国民の給与や年金の源泉徴収票、支払い調書、はたまた健康保険や年金の納付記録まで、マイナンバーを打ち込むだけで管理できるようになる。

そうなると、確定申告の負担は激減し、個人のお客さんは壊滅状態になると、多くの税理士は先行きを案じています。



もはやシャレにもならない、社労士の悲惨



独立・開業のしやすさ、労働者の味方という視点から、女性や若者に人気の資格、社会保険労務士(2010年の受験者は7万人を突破して過去最高を記録、累計取得者は約3万8000人だが、この10年で約1万人も増えている)は、弁護士、会計士、税理士とは比較にならないほど、状況はよくありません。



名刺を刷り、自宅で開業したところで仕事は皆無――という人が毎年大量発生し、同じく「食いあげた先輩社労士」が彼ら彼女ら「ヒヨコ社労士」を食い物にする「ヒヨコ食い」なる現象が起きるほどです。



ヒヨコ食いとは、平たく言えば、ヒヨコ社労士向けの開業セミナーを開催し、受講料を取ることです。

その何が問題なのかといえば、6日間の講習で30万円以上徴収するセミナーもあるほど高額なのに、その中身はお粗末そのもの……ということがザラにあるからです。



名刺の交換の仕方や自己紹介の練習、営業のロープレなどを教える程度の開業セミナーに、はたして30万円を出す価値があるでしょうか?

 中には、資格者の夢である本の出版をちらつかせ、「出版企画会議に出席できる」などとうたうケースもあるそうですが、もちろん、そのような出版予定は、最初からありません。



それでも、資格を取りたてのヒヨコ社労士たちは、喜々としてその“出版企画会議”の様子をSNSにこぞってアップする……その様は、哀れとしかいいようがありません。



うつ病患者がターゲットに



貧すれば鈍する――とはよく言ったもの。



最近、利にさとい社労士たちが、急増するうつ病患者をターゲットとし、「障害厚生年金2級」資格を得て年間200万円近くの年金を得るよう手続きし、手数料としてその10~15%を要求する新ビジネスも盛んになってきました。

あるいは障害年金を受け取る方法をディスクに焼いた情報商材を売る社労士もいます。



もちろん中には障害厚生年金を受け取るべき深刻な病気の人を、手助けする社労士もいます。

しかし、ある精神科医は「最近、明らかに社労士が糸を引いた障害年金受給目当てのニセうつ病患者が増えた」と言います。

実際、ある社労士は「たいしたうつ症状でもない人に、『障害年金2級』受給資格を得ることができるよう手続きし、相談者はサッカー観戦、自分は金儲けという社労士がいる」と証言してくれました。



そしてついに、最近、親しい社労士によると、「サムラゴウチ社労士」が現れたと言うのです。



「なんと、およそうつ病とは思えないほど精力的なある社労士が、障害者手帳や障害年金をもらっちゃっているのです。なにせ、彼らは日頃からどんな薬を処方されると障害年金をもらえるかなど、日夜研究しています。表向きは健全なNPOと見せて、実は社労士がそんな指南をしている団体も結構あるのです」(都内開業社労士)。



ここまで来ると明らかにモラルハザードといっていいでしょう。



趣味系資格の、怪しい実態



私は、以前から主婦やOLさんに人気の「趣味系民間資格」の取材もしてきました。

フード系資格、フラワー系資格、マッサージ系資格、セラピストなど心理・癒し系資格……etc.



たとえば「〇〇マッサージ取得者」や、「〇〇式リフレクソロジスト資格」といった資格は平たく言えば、“ブラック・マッサージ屋”による金儲けと働き手集めの手段にすぎません。

悪徳マッサージ屋は、「癒し」や「健康」「お客様の笑顔」、そして「資格」というキーワードに弱い女性が寄ってくるように、見せかけの資格を作ります。

そして、その資格取得のためのスクールを開講し、生徒から10万円以上のカネを取る。



いきおい、実習だの研修だのいって、店でタダ働きさせた後、低賃金の非正規雇用者として雇い入れるのです。

この仕組みなら人材募集のための採用コストもかからないうえ、資格ビジネスとして十分儲けることができます。



民間趣味系の資格は、結局、その大半の団体や学校が、資格を取った人が講師になる就職先としてしか機能しておらず、資格取得希望者の受講料、試験料、資格合格者が資格を維持するための年会費などで儲ける、危険なねずみ講のようなものが多い印象です。

ギャンブル同様、得をするのは胴元だけなのです。



だまされるほうが悪いのか?



しかし、このような話は、知っている人は知っている話。

引っかかるほうにも注意が足りなかったという面はあるでしょう。



しかし、社労士のヒヨコ食いのケースなど、今や「高級な国家資格」まで民間資格と同じロジックが横行している様を見ると、複雑な心境になります。



ロースクールやアカウンティングスクールの惨状を見ても、ここまでくると、国家ぐるみの資格商法の失敗だったと言われても、仕方がない状況なのではないでしょうか。

弁護士、会計士を目指した人は、素朴に、その職業の明るい未来を夢見ただけです。



ところで中国の科挙制度は「千年の失敗」とも言われ、見るも無残に崩壊しました。

その一因は試験に通ることが何より重要となり、試験の通った後の人材の育成を怠ったからだと言われています。



私には、この話が弁護士や会計士、社会保険労務士など人気の国家資格の惨状と重なって見えます。

若手が資格を取得した後、就職できないかぎり、実務的トレーニングを受ける場がないというのは問題です。



もっとも最近では、こうした状況を問題視する心ある弁護士や税理士が、有志で若手向け実務トレーニングセミナーを開講したり、メンターとしてメンティを指導する動きが盛んになってきました。

こうしたチャレンジが、もっと増えることを願ってやみません。



さらに、企業はもっと経験のない弁護士、会計士、税理士、社会保険労務士らを雇い入れ、経験を積むキッカケを与えてくれたらと願っています。



また、資格のグローバル化も課題です。

各国で法律が違う弁護士はまだしも、会計士のグローバル対応が遅れているのも、問題なのではないでしょうか。

会計士は、言語に関係なく、数字を扱う仕事ですし、会計基準もIFRSなど国際標準化が進んでいます。



ところが肝心の公認会計士資格がグローバル化していません。

それは、国内の会計士の仕事を守ろうとするロジックが働いているのかもしれませんが、それがかえって世界での孤立を招いている印象です。



イギリス系の会計資格である「ACCA」は、オーストラリア、シンガポール、マレーシアなどに資格取得者を拡大、インドネシアやインドなどアジアでもたいへんな人気になっています。

アメリカ系のUS.CPAもバーレーン、レバノン、クエートなどで試験が受けられます。

ところが日本の公認会計士はACCAともUS.CPAとも互換性を持たせようとせず、どちらにも歩み寄らない。



このままでは、ガラパゴス資格になってしまいます。



拙著『資格を取ると貧乏になります』では、このような資格の課題や、士業の世界で成功している方々から聞いた「資格を上手に生かすための戦略」についても触れています。



資格をテコに飛躍したいと考えていらっしゃる方、あるいは資格を取ったものの路頭に迷っていらっしゃる方には、ぜひ、お読みいただけたら嬉しいです。



資格も持っている人が少なければそれだけ希少価値が上がりますが、過当競争状態では新しい仕事を探すだけでも大変です。



現状では、資格市場が飽和状態となっており、折角とった資格が活かせなくなっているようです。



その結果、資格者が資格者を食い物にしたり、倫理的にもやってはいけないことに手を染めてしまったりと、弱肉強食、なんでもありの世界になりつつあります。



実際、足の裏にくっついたご飯つぶといわれてしまう現状に、まだ明るい光は見えないようです。



こうした現状を踏まえた上で、資格をとるかどうかの判断をしないと、時間とお金をかけても意味がなくなってしまいます。



ただ、もし就職や結婚ということになれば、難しい資格を持っているほうがより優位にアピールできますので、まったく意味がないわけではありませんね。



ただ、費用対効果の問題は残りますが・・・。



では、音楽の時間です。

バースデイソングの名曲ですね。

誕生日おめでとう/松任谷由実

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Shakira「Whenever, Wherever」(世界音楽遺産に!)

人事異動と引越し、そして新しい生活の始まり、春の風物詩ですね。



そこで今日はこんな記事から。



春の大イベント、人事異動を賢く読み解く

東洋経済オンライン 2014/3/24



  春先になると新聞などの人事欄がにぎやかになります。特にアベノミクスの効果もあってか、成長戦略を描くためのグローバル化、新規事業の推進、既存事業の統廃合……等々と、活発な人の動きがあるようです。

当方も「このたび、米国東海岸に転勤することを内示されました」と取引先の担当者から報告があったりします。

さて、みなさんは新聞やニュースサイトの人事欄を見ていますか?

  たとえば、



 ●●社 人事発令

 ▼機構改革=経営企画本部を新設

 ▽経営企画本部長 佐藤和夫▽CSR推進長、清水隆▽マーケティング本部長、斎藤健二

 (名前や肩書きはすべて仮名)



 と大手企業なら部長クラス以上の人事異動や、新たな組織の発足について、誰でも知ることができるのです。

仕事でかかわる会社の人事欄に目を通していれば、



 「大阪支社長のGさんが執行役員に抜擢されているよ。それに首都圏本部のPさんは九州に異動したようだな」



 などと把握。迅速に、必要なアクションを起こすことができます。

たとえば、仕事上でかかわる会社の担当者が変わるのであれば、あいさつに伺うべく、段取りを組めるでしょう。

あるいは、お世話になった担当者が遠方に異動になるのであれば、慰労会を準備できます。

いずれにしても人事欄(人事発令)に対しては、社外でも関心は高いものがあります。



■ うわさ話に終始するのでは損



 では、社内の人事発令に関してはどうか?

  会社によって多少の違いがありますが、経営会議で組織が固まり、人員が決まると、そこで部署を異動する社員には「内示」と言われる打診があります。

「現在の部署を離れて、新しい部署に移ることになった。具体的には……」等々と、直属の上司から説明があるわけです。

その後、すべての内示が終了した後に、社内で人事発令がオープンになります。



 当然ながら、社内の人事発令の情報への関心度は、すさまじく大きいものがあります。

特に「自分も次は大阪に転勤かも」と、自分の人事に関してはビビッドに気になります。

人事発令が近い時期に、上司や担当役員から声がかかれば、「これは内示かもしれない」とビクビクしている人も少なくないでしょう。



あるいは同じ職場の同僚が別の部署に異動することになれば、「一緒に仕事ができなくなって寂しい」と、身内が離れていくような感情を抱いたりもするもの。

ゆえに、春先には人事発令で悲喜こもごもな集い(送別会など)で、本業の仕事に十分に手が回らなくなる職場すらあるようです。



 ただ、社内の人事発令でも自分の同じ職場(部署やフロアーが同じ)でなく、上層部、たとえば経営幹部に関する人事発令となると、



 「専務が営業から外れるとは思わなかった。社長ともめ事でもあったのだろうか? 」



 などと、自分事でなく、他人事のうわさ話のネタ程度の“遠い出来事”としての感覚しかない人がたくさんいます。

当方が前職で勤務していた職場でも、経営幹部クラスの人事発令は



 「D部長が本部長になれたのは、取締役クラスにお友達が多いからに違いない」



 といった憶測で盛り上がったものの、それで話は終了、という社員が大半であった気がします。

経営幹部の人事発令なんて自分の仕事には関係ない……そう思えるくらい、仕事への自負があったからかもしれません。



 ただ、考えてみれば人事発令は、会社の戦略にひもづいて決まるもの。

当然ながら、役員の抜擢や担当の変更を決めるにあたっては、それなりの理由や背景があります。

その後の会社の方向性やマネジメントに大きな変化があってもおかしくありません。

ちなみに、当方も担当役員が変わった1年後には



 ・業績評価の仕組みが一変

 ・担当部長がすべて交代



 なんて大改革で、自分の仕事ぶりも大きく変えざるをえなくなった経験が何回もあります。

これまで、日本企業では役員が変わっても体制には大きな変更はない……というケースが多かったように思いますが、これだけ環境変化の大きな時代ですから、



 《担当役員が変われば、社員たちが求められる仕事は変わるもの》



 くらいに思っておいたほうがいいかもしれません。

ちなみに外資系企業の社員であれば、そんな変化は当たり前と回答してくることでしょう。

あなたも、会社の人事発令(特に役員人事)をしっかり読み込んで、今後のキャリアにおいて参考にしませんか? 



■ 人事異動で見るべきポイント



 まず、当たり前のことですが、人事は上から決まるもの。

担当役員が決まって、部長、一般管理職の所属先が確定していきます。



 まずは役員の人事発令に注目しましょう。

人事発令された旧役職と新役職から各役員に対する期待値を探ってください。

たとえば、



 4月1日付人事発令(6月下旬株主総会付)

(※)本欄に記載の取締役の異動については、本年6月下旬開催予定の定時株主総会および同総会終了後の取締役会において正式決定される予定。



 山下次郎(仮名) 現職 九州営業本部長 ⇒ 新職 営業企画本部長 兼 執行役員



 「すごい、山下さんが本社で役員に大出世だよね。思わず、ついていきたくなった」



 と褒めたたえたり、



 「もともと社長のお気に入りで、頻繁に2人で飲んでいるらしいよ」



 とうわさ話にいってしまいがちですが、ここは自分の働き方の参考にするため、見方を変えましょう。

山下さんが「どうして出世した」でなく「どのような仕事を期待されているのか」を考えてみましょう。

たとえば、



 ・九州で改革に成功した営業スタイルの全国展開を期待されている



 のかもしれません。

あるいは、本社営業本部で生かせる過去の経験があるのかもしれません。

続いて、役員の人事発令は部下に対して期待すること(仕事ぶり)も変わります。

たとえば、



 ・経営方針を実直にこなす献身性の高い人物

 ・問題点を果敢に指摘できる勇気ある人物



 過去に誰が重用されてきたか? を確認していけば、明らかになることでしょう。

たとえば、取材した製造業の営業部門で、



 前任役員)気になることは直接言ってほしいタイプ

 新任役員)まずは直属の上司を経由してほしいタイプ



 と、人事発令で違うタイプの役員に代わったときのこと。

前任のときのように直属の上司に対する不満を役員にぶつけた若手社員がいました。

すると、新任役員は



 《君の部下から君に対する不満のメールが届いた。文句があれば直接、上司に言いなさいと返しておいたので、あとはよろしく》



 と若手社員の上司に不満を突き返しました。

その後に、若手社員と上司の関係が気まずくなったのは明らか。

若手社員にしてみれば「これまでなら、上司の不満を聞いてくれて、役員が巧みにたしなめてくれた」という体験があったので、言ったのでしょう。



■ 新方針に「ついていけない」人の残念な末路



 ただ、ここまで書いてきたように



 《担当役員が変われば、社員たちが求められる仕事ぶりは変わるもの》



 なのです。

ほかにも評価項目で重要視する点、残業に対する考え方など、求められる仕事ぶりには大きな変化があったようで、それに合わせて淡々と対応ができている社員と



 「新しい役員の求める仕事ぶりにはついていけない」



 と不満を口にする社員に分かれていきました。

当然ながら「ついていけない」と不満を口にしている社員は重要なポジションから外されたり、低い評価で厳しい状況に陥っている人が多い状況になっています。



 さて、厳しい状況になった人たちは、どうすべきだったのでしょうか?

  新たな役員が着任する際に、求められる仕事ぶりを十分に理解していたのでしょうか? 



 (1)求められる仕事ぶりを十分に理解して、変化に対応した

 (2)求められる仕事ぶりを十分に理解したが、変化に対応しなかった

 (3)求められる仕事ぶりを十分に理解していなかった



 おそらく(1)こそ、変化の激しいこれからの時代に求められるタイプ。

もし仕事で活躍したいのであれば、自分の会社の役員人事に注目するだけでなく、その理由と背景を理解して、さらに、変化する点があれば対応するべきでしょう。



当たり前と言えば当たり前な内容ですが、特に大企業の日本の経営者の問題点は、露骨な仲良し人事が批判さえされていないという点ではないでしょうか?



経営者からすれば、自分の意志の通りやすいイエスマンを配下に置くことで業務の執行をやりやすくするというメリットはあります。



その流れで社内でも驚きの抜擢が往々にしてあります。



日頃の業務内容をみていても、なぜあの人が役職に?という素朴な疑問がわきあがる情実人事は、会社のためというより自己保身のためといわれても仕方がないのでしょうか?



また、やり手の役員を抜擢したら自分の首が危うくなる、なんて考えている小心者の経営者もいることでしょう。



こうした慣行はもっと積極的に批判されるべきです。



少なくともなぜ、その人がそのポジションになったのかという理由を書面で残しておくべきです。



その人事判断が後日正しかったのか間違っていたのかをきちんと評価するためにです。



その評価次第で社長の退職金の加減を決めてしまえば、勝手な情実人事は減るのではないのでしょうか。



百歩譲って、役職が人を作る、という側面も否定できませんが、人事の8割は実績評価で判断されるべきでしょう。



もちろん、実績以外にも重視されるべき人柄や気配りといった組織の潤滑油としての機能も無視できませんが。



温厚な前任者からやり手の人事部長に代わってから、組織がぎすぎすし始めたなどの弊害もよくあるパターンです。



しかし、厳密に仕事が出来る人というのは、頭の回転や柔軟性の高い人で、総合的に高い次元でバランスのとれている人のことをいうべきで、単純に実務能力が高いというだけでは務まりません。



そうなると、その会社の各部門部門で輝いているエース級の人材が昇進していくのが当然で、本来情実人事の入り込む余地はないはずなんですが。



しかし大企業はまだ経営に余裕があるのか、上昇志向の強い若手のやる気を萎えさせるトンデモ人事を連発しているところがまだまだ多いようですが、こういう有能な社員を発奮させるためにも、情実人事は社内でも公然と批判されるべきだと思いますよ。



では、音楽の時間です。



シャキーラ・イサベル・メバラク・リッポール(Shakira Isabel Mebarak Ripoll、1977年2月2日生まれ)は、コロンビアのラテンポップシンガーソングライター。

一般的にはシャキーラという呼び名で親しまれている。



"Whenever, Wherever"、"Underneath Your Clothes"、"La tortura"、"Hips Don't Lie"などのヒット曲や、刺激的な踊り方で知られている。

スペイン語、英語、ポルトガル語を流暢に話し、イタリア語とフランス語を日常会話程度に操る(父親談)。

身長157cm。



2001年-2004年: 英語圏でのクロスオーバー



2001年、"¿Dónde están los ladrones?"の成功に続き、英語でのクロスオーバーアルバムに取りかかった。

グロリア・エステファンと共同で"¿Dónde están los ladrones?"のトラックの英語版を書き、レコーディングした。

また、アルバム「ランドリー・サービス (Laundry Service)」のために、新しい曲が作られた。

英語圏市場での販売を意図して作られたが、ロックとスペインのダンスの影響を受けたこのアルバムは、"Que me quedes tú"("あなたが残る")を含んだスペイン語の歌も呼び物にされた。

シャキーラの英語力では英語で作詞するのが厳しいと批評する評論家もいたが"Laundry Service"は成功を収め、世界中で1300万枚以上を売り上げ、「ホウェネヴァー・ホウェアエヴァー (Whenever, Wherever)」の世界的ヒット、「アンダーニース・ユア・クローズ (Underneath Your Clothes)」(カナダで1位)、"Te dejo Madrid"("マドリードを後にして")、「オブジェクション (タンゴ)」および「ザ・ワン」などのシングルをもたらした。

このアルバムとシングルのおかげで、北米市場の主流にシャキーラの音楽的影響が確立したのである。



2002年にベストアルバムである"Grandes éxitos"をリリースした。

また"Live & Off the Record"と呼ばれるDVDと10のトラックが収録されたアルバムも2004年に世界中で300万枚の売り上げに達した。

これは、2002年から2003年にかけて行った世界ツアー、"Tour of the Mongoose"を記念して発売されたものである。



2002年9月に"Whenever, Wherever"のスペイン語版である"Suerte"でMTV Video Music Awardsの"International Viewer's Choice Award"(現在は廃止)を受賞した。

そして、その年の10月には"MTV Video Music Awards Latin America"の5つの賞、すなわち最優秀女性アーティスト、最優秀ポップアーティスト、最優秀アーティスト(北部)、ビデオ・フォー・イヤー(「Suerte」によって)、アーティスト・オブ・ザ・イヤーを受賞した。

また、同年のエアロスミスのMTV Iconにて「Dude (Looks Like A Lady)」を歌った。

更にセリーヌ・ディオン、アナスタシア、シェール、ディクシー・チックスなどとも共演した。



2005年から現在



Fijación Oral Vol. 1は2005年6月6日にヨーロッパで、2005年6月7日に北米とオーストラリアでリリースされた。

母国コロンビアやスペインで1位を獲得したほか非スペイン語圏でも好評を受け、イタリアとドイツでも1位、オーストラリアで3位、アメリカで4位、カナダとハンガリーで7位を記録。

ワールドセールスは500万枚。



リードシングルとしてカットされた"La tortura" (英語名: The Torture, featuring Alejandro Sanz) はスペインで1位を獲得。

アメリカではBillboard Hot 100で23位、Latin Hot Tracksでは25週に渡って首位を独走した。

この曲のように全編非英語詞の曲が、アメリカのポップチャートでヒットすることは珍しい(近年で他にTop40に入るほどの大ヒットとしてはやはり全編スペイン語によるダディー・ヤンキーが知られる程度である)。

カナダでも"La Tortura"はヒットチャート内のスペイン語曲では初登場で1位にランクインし、最終的に全チャートで21位まで上昇。

世界のその他地域におけるランキングはまちまちだが、最高で10位に入るか入らないか、といったところである。



シャキーラの英語版アルバムとしては2枚目となる Oral Fixation Vol. 2は、カナダ、アメリカ、オーストラリア、ヨーロッパ大陸で2005年11月29日に発売された。

1番目のシングルカット曲「ドント・バザー (Don't Bother)」のウケは悪くはなかったが、全米ではTop40入りを逃した。

全編英語詞であり、英語圏での大ヒットを事前に期待されたポップ・ロック調の"Don't Bother"の不調を受けて翌2006年に発表されたラテン・ダンス調の新曲(2006年に再リリースされた"Oral Fixation Vol.2"の新装盤用追加収録曲である)「ヒップス・ドント・ライ" (フィーチャリングワイクリフ・ジョン」は、アメリカではラテン、ポップに留まらずリズミックやアダルトコンテンポラリーなど幅広いジャンルのラジオ局でエアプレイを獲得した結果Billboard Hot 100で1位まで登りつめた。

これは彼女にとって初の全米No.1ヒットである。

後にUK Singles Chartでも1位を獲得しており(こちらも初)、この年のワールドカップ閉幕式典でもパフォーマンスされるなど2006年を代表する世界的ヒットのひとつとなった。



2006年4月3日にはPies descalzos Foundation(コロンビアにおける、暴力からの子供保護のチャリティ基金)を設立したということで国際連合式典において、国際連合から表彰された。

表彰式でシャキーラは、「私達が今日帰宅する頃には、今生きている960人の子供が死んでいる、ということを忘れないで欲しい。」と呼びかけた。



2006年4月27日には、6つのラテン・ビルボード賞を受賞している。

(内訳:Female Latin Pop Album of the Year for Fijacion Oral Vol. 1 and Hot Latin Song of the Year for La Tortura. )



2007年には同じSony/ColumbiaレーベルのスターであるR&Bシンガー、ビヨンセと"Beautiful Liar"で共演。

アメリカで4位、イギリスで1位を獲得。

この曲はビヨンセの2ndアルバム"B' Day"の新装盤リリース時に目玉の新曲として追加収録されたものであり、名義上は"Beyonce & Shakira"と対等な共演となっているが実質はシャキーラがゲストとして客演した形となっている。



2009年、アルバム「シー・ウルフ (She Wolf)」からの1st Single「シー・ウルフ」をリリース。

発売数週でビルボード11位まで上昇。



2010年、FIFAワールドカップ・南アフリカ大会のテーマソング「Waka Waka (This Time for Africa)」を歌って、大会の開通公式イベント、Kick-Off Concertで雄大なパフォーマンスを披露した。

また、閉会式でも披露された。

この曲に関してはYouTubeで最も多く視聴されているミュージック・ビデオ3位、再生回数1億7,387万回という記録を達成した。(2010年9月時点)



2011年5月4日に発売した東日本大震災チャリティアルバム"SONGS FOR JAPAN"には彼女のヒット曲"Whenever Wherever"が収録されている。



映画



シャキーラは2007年に公開される映画"Dare to Love Me,"に出演している。

この映画はタンゴ歌手カルロス・ガルデルに関するもので、他にロドリゴ・サントロ、パス・ベガ、ジョルディ・モリャが出演している。



雑記



英語・スペイン語・ポルトガル語を流暢に操る彼女のIQは140と言われている。



「尻はあるが、胸はない」。

これはシャキーラ自身がイギリスのインタビューにおいて、自分自身の踊り方やセックスシンボルとしての役割について語った言葉である。



2011年現在、FCバルセロナ所属のサッカー選手ジェラール・ピケと交際している。

2010年FIFAワールドカップ以降、交際説が囁かれていたが、2011年2月2日にピケが自身の誕生パーティー(二人の誕生日は同じ)の写真をTwitterで公開したことから一挙にヒートアップ。

シャキーラもTwitterでピケを「私の太陽」として紹介した。

2011年5月29日のバルセロナでのコンサートにおいては、チャンピオンズリーグ祝賀会を終えたばかりのピケをステージに上げて抱擁を交わした。

2012年9月19日には第1子妊娠中であることをオフィシャルサイトで発表した。



2013年1月22日、スペイン、バルセロナで第1子を出産。

(ウイッキペディア)



尻はあるが胸はない、迷言です。

そして、踊りは確かにタヒチやハワイのダンスを彷彿させるユニークさです。

今回で「Song For Japan」は一息です。

Shakira - Whenever, Wherever

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Leona Lewis「Better in Time」(世界音楽遺産に!)

前日にアップし忘れた記事からです。



電王戦第2局の結果です。



「第3回将棋電王戦」ソフト2連勝、佐藤六段「相手が強いというより私が弱い」

マイナビニュース 3月22日(土)



5人のプロ将棋棋士がコンピュータ将棋ソフトと団体戦で戦う「第3回将棋電王戦」の第2局・佐藤紳哉六段 対 やねうら王の対局が22日、東京・両国国技館で行われた。



第2局は、22日20時26分、「将棋電王トーナメント」4位の将棋ソフト・やねうら王が佐藤六段に勝利し、全5局のうちソフト側が2勝目をあげた。

手数は95手で、消費時間は佐藤六段が5時間0分、やねうら王が3時間27分。



第2局については、将棋ソフト・やねうら王が「ある局面でフリーズしてしまう」など動作が不安定だったため、対局前に主催のドワンゴが特例としてソフトを入れ替えを認め、新バージョンで第2局を行うことを発表。

しかし、入れ替えによって将棋ソフトの棋力が向上した可能性が高いことが判明し、問題視する声が多く上がった。これを受けドワンゴは、19日にこの決定を修正・撤回し、修正前のバージョンで対局を行うことを発表していた。



終局後の会見で佐藤六段は

「相手が強いからではなく、自分が弱いから負けてしまった。

そこが残念です。

▲6四歩(55手目)と歩を垂らされる手をうっかりしてしまった。

初歩的な筋を見逃してしまいました」

と肩を落とし、やねうら王の開発者・磯崎元洋氏は

「勝算は五分五分だと考えていました。

やねうら王は△6三香(70手目)に▲3一角成と成れると考えていたようですが、その局面に来て急に評価値が互角になり別の手を指したので、何か見落としがあったようです。

以降は80手ぐらいまでほぼ互角の局面が続きました」

と振り返った。



4月12日まで開催される「第3回将棋電王戦」は、「将棋電王トーナメント」上位5つのソフトと、現役のプロ棋士5人による団体戦。

持ち時間は人間側、コンピュータ側ともに5時間となる。

第2回とのルールの大きな変更点は、「持ち時間が各5時間(チェスクロック方式)」「ソフト側の統一ハード(コンピュータ)の使用」「ソフトの事前提供」の3つ。

また、対局におけるソフト側の指し手は、デンソーの子会社であるデンソーウェーブのロボットアーム「電王手くん」が導入され、ロボットアームが担当している。



第3局・豊島将之七段 対 YSSは、3月29日大阪・あべのハルカスで行われる。



いやはや、2連敗とはがっかりな結果です。



実はこの対局前にちょっとした盤外戦がありました。



今回の電王戦には

「コンピューター開発者は、本番と同じソフトを事前に棋士側に提供しなくてはならない。

提供後はプログラムを変更してはならない」

というルールがあり、佐藤は提供されたソフトで昨年12月から練習対局に励んできた。

ところが、3月に入って開発者の磯崎元洋さんが「ソフトにバグ(不具合)が見つかり修正した」として、新バージョンを提供。

すると佐藤が「棋風が変わり、強くなっている」と抗議する騒動に発展した。



 主催者の協議の結果、旧バージョンの使用が決定したのは直前の19日。

棋士対棋士の対局では有り得ない後味の悪さが残った。



結局棋士側がクレームをつけたものの、練習ソフトと同じバージョンで負けたわけなので、やはり実力不足ということでしょうか。



佐藤伸哉6段は言動がちゃらけてはいますが、通算勝率が6割を切るくらいのまずまずの成績で、ただ今年度は勝率5割と若手にしては物足りない成績ではありました。



進化したソフトに勝つためには勝率6割以上の棋士がでるしかないのかも・・・。



因みに第3局の豊島7段の通算成績は350戦して253勝97敗の驚異の0.7229という結果を残している若手のホープです。



棋士側も彼では負けられません。



みんなで応援しましょう!



では次の話題ですが、結局、携帯電話は、待ったほうが得!?



割安スマホ、携帯大手に料金引き下げ圧力も

 加入急増で価格競争激化

SankeiBiz 3月22日(土)



 スマートフォン(高機能携帯電話)向けの割安な高速データ通信サービスで、価格競争が激しさを増している。

NTTコミュニケーションズは4月から月額料金を値下げするほか、インターネットイニシアティブ(IIJ)も料金据え置きで利用できるデータ通信量を2倍にする。

IIJではこのところ毎月の新規契約が1万件程度と増加ペースが加速。

サービスの低廉化で各社の利用者が大幅に拡大することは確実で、NTTドコモなど携帯電話大手の料金引き下げ圧力になる可能性もある。



 NTTコムやIIJなどは、携帯電話事業者からネットワークを借りてサービスを提供するMVNO(仮想移動体通信事業者)として、割安なデータ通信サービスを展開する。

通信量に制限を設けて効率的にネットワークを使い、料金の低廉化を実現。

利用者は、顧客情報を登録した携帯電話用ICカード「SIMカード」を購入し、携帯電話事業者の制約がないSIMフリーのスマホやタブレット端末に差し込んで使う。



 ビックカメラなど大手家電量販店がSIMフリー端末の売り場を設けたことなどで人気に火が付いた。

2012年2月に個人向けサービスを始めたIIJは、契約数が13年3月に5万件程度だったが、12月に約12万件に達した。

今年に入っても毎月1万件前後のペースで増え、今月中に前年同月比3倍超の15万件を突破する見通し。

スマホ利用者の料金への不満の声に応える形で利用者を増やしている。



 NTTコムが4月に値下げするサービス「OCNモバイルONE」は、最も安い月額プランで934円(税別、以下同)から900円にする。

利用できるデータ通信量の上限を、1日当たり30メガバイトから50メガバイトに引き上げる。

ほかの4コースも30~100円下げる。

データ通信と、電話番号が「050」から始まるIP電話とのセット割引も始める。

両サービスに加入した契約者とその家族を対象に、IP電話1回線の月額料金300円を半額にする。



 一方、IIJは、月額900円の最も安いプランで、料金を変えず、データ通信量を2倍の1ギガバイトに上げる。

音声通話を加えたサービスも月額1900円で始めた。

通話には30秒につき20円の料金が別途必要になるが、通話時間によっては、端末購入費用を除いた一般的なスマホの月額料金(約7000円)より大幅に安くなる。

4月中旬にも番号持ち運び制度(MNP)に対応する。

IIJは「これまでスマホ2台目とタブレット端末の利用が主なターゲットだったが、スマホ1台目も狙う」(サービス戦略部)と携帯電話大手に対抗していく。



 2社以外にも楽天の通信子会社、フュージョン・コミュニケーションズが提供5プランのうち利用者が多い2プランの月間通信量の上限を今月18日に引き上げるなど、MVNOの工夫を凝らしたサービスが相次ぎ登場している。

NECビッグローブも値下げの検討に入った。



 総務省の調べではMVNOは延べ350社程度で、提供契約数は13年3月で1091万件。

ただ、格安料金の個人向けスマホサービスは、そのうちまだ一部で、ドコモなど大手のシェアを奪うにはほど遠い。



 だが、通信料金の低下を促したい同省は、MVNOが携帯電話事業者に支払うネットワークの貸出料金の算定方法を13年度分から改め、12年度の約半分に引き下げた。

半額のインパクトは大きく、民間調査会社MM総研の石塚昭久研究員は「料金値下げが相次ぐはず。現時点で1500万件近いMVNOの契約数は15年度に2倍超の3000万件程度に増える可能性もある」と予測する。



 総務省によると、02年から12年までの10年間、勤労者世帯(2人以上)の消費支出総額が景気低迷の影響で5.2%減少したのに対し、通信費は40.1%上昇した。

消費支出に占める通信費の割合は3.6%から5.4%に高まり、家計を圧迫する。

低価格サービスを提供するMVNOが受け入れられる余地は十分にある。



 一方、サービスの普及には課題もある。

「低料金でサービスが受けられるにもかかわらず、なかなか利用者の理解が進んでいない」(上川陽子総務副大臣)点だ。

実際、MM総研が昨年6月に実施したアンケート(有効回答数6万件)では73.8%がMVNOのサービスを知らないと答えた。

サービスを知っているのは4人のうち1人という結果で、普及促進には認知度向上も不可欠だ。(佐藤克史)



例えば、記事中に出てくるOCNモバイルONEは、最も安い月額プランで900円、利用できるデータ通信量の上限を1日当たり50メガバイトに・・・ということは、30日計算でも月1500MBですね。



50MBならユーチューブの動画10分くらいで終わりそうですが。



また、IIJは、月額900円の最も安いプランで、料金を変えず、データ通信量を2倍の1ギガバイトに上げています。



私の携帯電話は5GBで2,515円(3,880円から2年間使用の月割りが引かれています)ということを考えれば、1GB当たりの料金は安くはありませんが、ライトユーザーであれば十分かもしれません。



また今更ですが、こうした細かな料金に対応できるサービスがなかったことも問題でしたね。



では、音楽の時間です。

才能を感じさせます。

Leona Lewis-Better in Time

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John Mayer「Waiting On The World To Change」(世界音楽遺産に!)

難関を突破した資格エリートがこんな状況に!?



資格を取ると貧乏になる? 

驚愕の資格地獄

東洋経済オンライン 3月20日(木)



『資格を取ると貧乏になります』

強烈なタイトルの本が、話題となっている。

2月下旬に初版1万2000部でスタートし、発売後1週間で早くも3000部、2週間後にはさらに2000部の増刷が決定した。

資格というキーワードは、先行き不透明な時代に生きる人の心をとらえるのか。



「手に職」「資格を武器に未経験からあこがれの仕事に就く」「スキルアップして『好き』を仕事にする」。

新聞の折り込みチラシや、テレビCMなどでは、連日、そんな美辞麗句が躍る。だが、この本が扱う「資格」は、アイドルがテレビで宣伝しているようなそれではない。

弁護士、公認会計士、税理士、社会保険労務士など、いわゆる「高級で一流でエリートな国家資格」だ。

狭き門をくぐり難関国家資格を取得し、センセイとあがめ奉られる存在に今、何が起きているのか?

 著者に聞いた。



■ 食うに困るほど仕事がない、難関資格合格者たち



 私は、今から10年前、あるキャリアアップ情報誌の編集をしていました。

弁護士、公認会計士、税理士など高級な資格取得者、いわゆる士族の方たちには「キャリアアップ成功例」として、かなり取材させていただきました。



 資格を生かして自分の腕一本で生きている方は、組織で遊泳してゆるりと生きてやれといった発想とは無縁の誇りと潔さが感じられ、サラリーマン根性丸出しだった私はあこがれたものです。



 ところが、あれから10年が経ち、「弁護士や会計士は昔ほど仕事がないらしい」というウワサを耳にするようになりました。

それどころか食うに困る人が続出しているらしい、とも。



 資格の世界にいったい何が起きているのか?

  このテーマに関心を抱いた私は、3年ほど前から、弁護士、会計士、税理士、社会保険労務士などの国家資格、あるいはTOEICなどの英語能力試験、はたまた、主婦やOLが飛びつきがちな趣味系資格の実態を探る取材を始めました。



 その結果、明らかに違和感を抱かずにはいられない事実が、続々と浮かび上がってきました。



 一言でいうと、資格は今や「高級な国家資格」でさえも、ときに人の不安に乗じて稼ごうとする「コンプレックス商法」の商品になりつつあったのです。



■ 弁護士の5人に1人が生活保護受給レベル



 たとえば、司法試験。

政府は法科大学院(ロースクール)を立ち上げる際、「法科大学院を修了すれば、7~8割は弁護士になれます」とアナウンスしたにもかかわらず、その約束はただの1回も守られることはありませんでした。



 法科大学院修了生の司法試験合格率は下がり続けています。

2007年は40.2%でしたが、年々減り続け、2012年は25%でしかありません。



 「合格率がローすぎるロースクール」なんて自虐ギャグが、ロースクール生の間ではやるほどです。



 しかも、法科大学院修了者が司法試験を受けられるのは、「大学院を修了して5年以内、3回まで」と決まっていたので、「三振」すると司法試験受験資格を失います(2015年の司法試験から5回までに緩和される予定)。

よって、「受け控え」をしている数多くの“浪人”が存在。

一方で、三振してしまった「三振博士」たちの行く末は、「よくて塾講師、普通でフリーター、悪くてニート」と言われるありさまです。



 しかもロースクール生は、奨学金という借金を重ねて勉強している人が多いため、金銭的にも苦労を強いられます。

かつては給付制だった司法修習を自腹で乗り切らなくてはいけません。



 ようやっと資格を取っても、今度は就職問題が待ち受けます。

取材した弁護士は、「たとえ司法試験に合格しても、大手事務所に入れるようなエリートは、『上位7校で成績10番以内、英語が達者な20代の男性』ばかり」だと言っていました。



 大手事務所に入れなくとも、せめて中小事務所の軒先を借りる「ノキ弁」になれないかと就職活動をしても、すげなく断られる若手が多く、そのため、何のスキルも実務経験もないのに、自宅でケータイひとつで即、開業せざるをえない通称「ソクドク(即、独立)のケー弁(ケータイ弁護士)」が続出しています。



 仕事もないのに奨学金の返済はしなくてはいけませんから、彼らの最初の仕事は「自分の自己破産処理」なんてブラックユーモアがささやかれるほど。

実際、5人に1人の弁護士の年収は、年間所得が100万円以下と、生活保護受給レベルにまで落ち込んでいます。



 それでも、「3~4年前までは、状況はまだマシだった」と多くの弁護士は口をそろえます。

なぜか?  経験のない若手弁護士にも「消費者金融への過払い金返還請求や債務整理」の仕事があったからです。



この仕事は、消費者金融に通知を送り、返済記録を取り寄せ、利息制限法に従って手直し計算して、過払い分を請求する簡単な「事務仕事」です。

しかも、請求しさえすれば必ず勝てたといいます。

だから、若手は先輩弁護士からこうした仕事を請け負うことで、糊口をしのぐことができました。



 ところが、2010年に消費者金融大手の武富士が事実上倒産。

この時期から、過払い金返還の請求が困難になったうえ、規制緩和の波に乗り、司法書士が過払い金返還請求の仕事に“進出”。



 弁護士よりより安い報酬で、140万円以下の過払い金返還請求を代行することにより、弁護士の仕事を次々に奪っていきました。



 こうして、過払い金返還請求の仕事をメインにやっていた若手弁護士の多くは、仕事を失ったといいます。



 では、その後、「過払い弁護士」たちはどこにいったのでしょうか。



 私が取材した限りでは、福島に渡った人も多い印象です。



 東京電力を相手取った集団訴訟案件のために福島の仮設住宅を回る弁護士や、新領域「ADR(裁判外紛争解決手続きおよび裁判外紛争解決機関のこと)」に注目する弁護士といった“進路”が見受けられました。



 特に、原子力損害賠償紛争解決センターの調査官には、100人単位の若手弁護士が流入していると聞きます。それでも、過払い金返還業務の人材吸収力には、比べるまでもありません。



 また一時期、不動産の大家さんに店子が「過払い敷金」を返還請求するよう促す弁護士もチラホラいましたが、このテーマは今いちブレークしませんでした。



 したがって、今もなお過払い金返還請求業務にしがみつき、貧困に悩む人が多い沖縄に渡って、過払い金返還請求の講習会をやって仕事を取る弁護士も見受けられます。



■ 公認会計士も仕事がない! 



 公認会計士も、弁護士と似たような状況下にあります。



 公認会計士も「規制緩和」や「事前規制社会からチェック社会へ」といった新自由主義的な掛け声に乗って、資格取得者はこの10年で約2倍に増えました。

ところが、肝心の仕事は政府の思惑どおりには増えなかった。



そのため、短答式試験と論文式試験に合格したのに、監査法人に就職できず、実務経験が積めないために資格を取得できない「待機合格者」があふれ、その数は2010年で53.2%、2011年は46.1%にも達しています。



 監査法人は、新卒の採用を抑える一方、2010~12年にかけては内部のリストラも敢行しました。

特に、J-SOX法(日本版企業改革法)の施行による内部統制監査がらみの仕事の大量発注を見込んで採用した「2006年~08年入社組」の若手は「会計バブルの申し子」と言われ、リストラ対象に狙い撃ち。多くの若手が給料の半年分程度を退職金代わりに握らされ、監査法人を去る羽目になっています。



 それで、彼らは、どこに行ったのか?

  追跡したところ、一般企業の経理・財務部門に転職、中小監査法人に転職、税理士法人に転職・開業――などが多いようです。



 でも、その道もなかなかに厳しく、一般企業の経理・財務に転職した会計士の中には、会計士資格を抹消してしまう人が増えているそうです。



 というのも、会計士の場合、独占業務が監査だけのため、企業に入ると、弁護士と違って「資格保持者」として重用されることが少ない。



 「内部監査」を専業に行う部署を持つ大企業に転職できる可能性は低いし、入れたとしても異動はつきもの。

営業や生産管理など会計とまったく関係ない部署に配属される場合も多いのだとか。



 また、公認会計士資格を保持するための登録料(東京の場合、日本公認会計士協会本部会費として年間6万円、東京会会費として年間4万2000円、合計10万2000円を毎年支払う必要がある)を支払ってくれる会社はなかなかありません。

そして自腹を切るには、この金額負担は重すぎる。

だから、せっかくの資格を放棄してしまうのです。



 公認会計士は税理士法の規定により、無試験で税理士登録できることから、最近では税理士に転職というパターンが急増しています。



 その動きには、日本税理士会連合会が猛反発。

資格付与制度自体を撤廃しようと画策しています。

というのも、その税理士とて、今では決して「安定収入」を見込める仕事ではないのです。



 ※この記事の後編は、3月24日(月)に公開します。(佐藤 留美)



弁護士については、人数が多くなりすぎたことから厳しい状況にあるという噂は聞いた事がありましたが、公認会計士もですか!



資格を取れば安心できる状況ではなくなったということなんでしょうが、取得するまでの苦労と時間を考えると厳しすぎますね。



資格に対するイメージを変える必要があります。



この記事の後半も楽しみですね、いや、怖いですね。



では、音楽の時間です。

まだまだ、「Song For Japan」は続いています。

Waiting On The World To Change by John Mayer



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Adele「Make You Feel My Love」(世界音楽遺産に!)

この記事、もう少し早く読みたかった、です。



沖縄が凄いことになっています!



家族4人で52万円! 

沖縄スマホ販促の壮絶

東洋経済オンライン 3月20日(木)



卒業、新生活シーズンを迎える3月は、携帯電話会社にとって最大の書き入れ時。

全国の携帯ショップは他社からの乗り換えを促すポスターを店頭に掲げ、ユーザー獲得に向け追い込みをかける。今年は、NTTドコモ <9437> がアップルのアイフォーンを導入して初めての商戦期ということもあり、例年に増して激しい消耗戦となっている。

その中でも、激戦区として知られるのが沖縄だ。

沖縄では現在、札束が飛び交う「キャッシュバック競争」が繰り広げられている。



 「沖縄のユーザー獲得競争は本土よりも激しい。現在、家族4人で最大52万円のキャシュバックが確認できている」



こう話すのは、沖縄でauのサービスを提供するKDDI <9433> の連結子会社、沖縄セルラー電話 <9436> の北川洋社長だ。

同社も、「家族4人最大41万円」などと、ショップ周辺の状況に合わせてキャシュバックを設定しているという。

北川社長が指摘する52万円のキャッシュバックはソフトバンク <9984> ショップの一例だが、ドコモショップも「家族4人で36万円」とチラシで宣伝するなど、1契約当たり10万円近い高額キャッシュバックが横行しているのだ。



■ 観光ついでに沖縄で契約するとお得に



 他の都道府県でも、一部のショップが破格のキャッシュバックを一時的に行うケースはあるが、全県規模で多くの店が大規模なキャッシュバックを行っているのは、沖縄だけだ。



携帯電話の契約は、住んでいる場所と関係なく、どの都道府県でも行うことができる。

家族が多ければ、「沖縄観光のついでに契約をしたほうが、往復の航空運賃を差し引いても得する」というケースが考えられる。



 なぜ沖縄で激しいキャッシュバック戦争が起きているのか。



 沖縄のキャッシュバック競争に火がついたのは2012年7~9月期のこと。夏商戦に合わせ、ドコモが高額キャッシュバックに打って出たのがはじまりだった。

スマホとタブレットを同時契約するユーザーに対して、沖縄限定の「うちなー割」と合わせて総額10万円のキャッシュバックを投下したのだ。

このインパクトは絶大だった。ドコモは全体の純増数のうち、7割超を獲得して首位に立った。

それまでは、沖縄セルラーが7割超を安定して獲得してきたが、一気にひっくり返すことに成功したのだ。



 もともと、沖縄はauのシェアが約5割と高く、ドコモが3割半ば、ソフトバンクが十数%という市場環境にある。

ドコモが首位のauを切り崩すための戦略で「地域を限定してテスト的にやっていたものだった」(ドコモ幹部)。



ただし、沖縄セルラーも黙っていなかった。

2012年10月以降にキャッシュバックキャンペーンで追随。

すると、純増シェアで逆転し、すぐさまトップに返り咲いた。

また、スマホと光回線のセット割引「auスマートバリュー」の対応エリアを拡大してアピールを強化。

ドコモはこの間も高額キャッシュバックを継続していたが、順調にユーザーを獲得することができた。



 一方のドコモは苦しい。

13年4~6月期から3四半期連続で純減傾向が続く(沖縄セルラー推計)。アイフォーンを導入したものの、沖縄では防水機能を持つアンドロイド携帯が人気という事情もあり、浮上のきっかけをつかめていない。

そこで、3月商戦では何とか巻き返したい、というのが本音だろう。

3社とも「他社が高額なキャッシュバックをやる以上、対抗しなくてはならない」と、引くに引けない状況になってしまっている。



■ 3月16日を最後に"停戦"の方向へ



 はたして、今後の販売戦線はどうなるのか。

足元では変化も現れはじめている。

沖縄に限った施策ではないが、ソフトバンクショップは3月17日以降、他社から番号を持ち運んで乗り換えるMNP転入ユーザーに対し、端末1台当たりのキャシュバックを最大5万円から3万円程度に引き下げている。

ドコモも「長期ユーザーを重視する方針は変わっていない。

今後は縮小する方向で考えている」(広報部)。

「金額などの詳細は決まっていないが、auも縮小する方向だと聞いている」(販売店)などと各社とも縮小を検討しているようだ。



 それでも、懸念は残る。

何しろ、キャッシュバックの効果は絶大だ。

先週半ばには「総務省の指導によって、各社のキャッシュバックが減額される」といった情報がツイッター上を駆けめぐり、これを聞きつけたユーザーは15日(土)、16日(日)とショップに殺到。

「他社へ乗り換えるユーザーが来店し、かなりの販売実績となった」(大手販売店)。



 また、表面的な金額を減らしても、「○カ月使用料無料」など、別の割引サービスを加え、実質的な割引額を維持するケースも目立つという。

激戦区である沖縄セルラーの北川社長も「17日以降も競争環境はまったく変わっていない。割引策も見極めながら、他社に合わせていく」と警戒を緩めていない。

一度始まった消耗戦からは、各社ともなかなか逃れられないようだ。

田邉 佳介



沖縄に行けない私は、本日泣きながら契約してきました!



auからソフトバンクへのMNP乗り換えで、機種はネクサス5(32GB)です。



そしてわが家のパソコンのネット環境もwifi接続に変えることで、トータルコストを下げる作戦です。



具体的には、



・4GSプランのデータ定額基本料 +3,880円

・EMベーシックパックS +315円

・2年契約の割引適応 -1,680円

・Wifi月額料金 +2,180円

・Wifiセット割 -980円

・電話(オプション)誰でも定額 +1,400円

・故障安心パック +525円



で、合計すると5,630円となります。(ネクサス5の32GBの本体は無料です!)



従来の携帯電話代が6,000円以上で、光通信(固定電話代込み)で5,500円以上の最低でも11,500円以上かかっていたものが、これで約半額になる計算です。



ただ、家のPCがWifi接続になったことで、速度と安定性は今後のチェックポイントです。



さらに、通信量も制限がかかりますが、携帯で5GB、ポケットWifiで7GBのトータル12GBは使用できるので大丈夫だとは思いますが・・・。



また、固定電話は解約して、携帯電話のみとなりますが10分以内なら固定電話や他の携帯キャリアにかけても1ヶ月300回まで1,400円というオプションをつけました。



毎月5千円が浮くということはなかなか大きいですよね。



皆さんも、バカ高い携帯電話の料金見直しをしてみましょう~!



では、音楽の時間です。

やはり説得力のある声質ですね。

Adele - Make You Feel My Love

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Michael Buble「Hold On」(世界音楽遺産に!)

相棒シーズン12の最終回はなかなかの出来でしたが・・・。(以下少しネタバレです)



ヤクザである実の親の犯罪を裁判の証言で暴いた息子(三男)に復讐するために、一足早く出所した長男が人質をたてに三男の居場所をつきとめることを条件に警察を動かす、というのが物語の骨子です。



次男は組織暴力関係の弁護士で、親から兄弟への愛情の注ぎ方の違いも甲斐親子関係の対比として扱われ、この話にサイドストーリーとしての深みを与えています。



元警察官房長官が超法規的に証人となる三男の証言後の安全を確保するために動いたという事実を元に特命が調査しますが、結局戸籍を改ざんして他人になりすました三男は裁判の1年後に病死してこの世にいないことが判明。



人質をたてに立てこもっている長男が、その事実を受け入れられないだろうと判断した杉下は身代わりに甲斐巡査を三男が整形したと偽って探し出したと、犯人に報告。



長男は、「甲斐を殺せば人質を解放する、その首実検に服役中の親を行かせろ」と要求。



長男のそれ以上の暴走を食い止めるために、親に三男の墓をみせ「もう死んでいるから」と電話で投降するように説得させるが、長男は信じない。



そして犯人は現場に甲斐を連れて来させるように要求・・・。



この話の弱点は、警察が三男が病死しているにもかかわらず便宜上とはいえ生きていると捏造したために話がよりややこしくなってしまった点でしょう。



実際に、交渉事で果たしてこうした嘘は許されるのでしょうか?



また、犯人は人質に事あるごとに頭に拳銃をつきつけていたにもかかわらず、最後に三男だと考えた甲斐を殺すため心臓(防弾チョッキ着用)に発砲しましたが、頭に打ち込まれていたら、さらなる悲劇が発生していたわけです。



まあ、この話は最後にもう一ヒネリあるのですが・・・。



和泉聖二監督ならではの演出ではありました。





さて、もう1本の話題はやはり健康関連です。



前立腺肥大症…ED治療薬排尿にも効果

読売新聞(ヨミドクター) 3月20日(木)



 尿がなかなか出ない、残尿感がある、などの症状が表れる前立腺肥大症。

その治療薬に近く、現在は勃起障害(ED)の治療に使われている薬が新たに加わる。

外科治療も近年、電気メスやレーザーにより体に負担が少ない方法が広まり、治療の選択肢が広がってきている。



 前立腺はクルミ大の臓器で、男性の膀胱(ぼうこう)の下に、尿道を包むように位置する。

精液の一部を分泌し、射精にも関わる。

排尿時は、自律神経のうち副交感神経が優位になり、膀胱が収縮して前立腺が緩む。

逆に、尿を蓄えている時は交感神経が優位になり、膀胱が広がって前立腺が締まる。



 前立腺が肥大すると尿道が圧迫されて尿が出にくくなり、勢いも弱くなる。

尿が残ることで膀胱の働きが過剰になり、何度もトイレに行く頻尿になる患者も多い。



 山梨大教授の武田正之さん(泌尿器科)によると、原因は不明だが、40歳代後半から始まるホルモンバランスの変化のほか、最近は何らかの炎症が原因との説も有力だという。

肥大は60歳代で半数、80歳代で約9割にみられるが、症状が出るのはその半分程度だ。



 薬物療法で最もよく使われるのがα1遮断薬。

交感神経の働きを邪魔して前立腺の筋肉を緩める。

その結果、尿道に対する圧迫が弱まり、尿が出やすくなる。



 α1遮断薬と併用することが多いのが、抗男性ホルモン薬。

前立腺の機能を維持する男性ホルモンの作用を邪魔して、前立腺を小さくする。

根治も期待できる反面、効果が出るには数か月かかる。



 新たな薬として保険適用されるのは「タダラフィル」(商品名・ザルティア)。

筋細胞は、一酸化窒素を取り込んで筋肉を緩める物質を作る仕組みがある。

タダラフィルは、その物質を分解する酵素の働きを抑えることで、尿道や前立腺、膀胱出口付近の筋肉を緩めて排尿しやすくする。

α1遮断薬や抗男性ホルモン薬との併用もできる。



 ED治療では、タダラフィルは商品名「シアリス」として、保険がきかない自費診療で使われている。

ザルティアと同じ仕組みで陰茎周辺の血管の筋肉に作用し、血流を増やす。

米国では2011年から、EDと前立腺肥大症の両方に使えるようになった。



 ザルティアは、4月下旬か5月上旬から使える見通しだ。

同じ薬が自費診療と保険診療に分かれることになるが、武田さんは「それぞれの適応を守って使う必要がある」と注意を促す。



 頻尿には、交感神経の働きを強めて膀胱を緩めるβ3受容体活性薬が11年に発売された。

副交感神経の働きを邪魔する抗コリン薬もよく使われるが、副作用で尿がほとんど出なくなる恐れもある。



 薬物療法で満足な効果が得られない時に検討されるのが、外科治療だ。



 肥大が大きい場合は開腹手術が必要だが、主流は、尿道から内視鏡を入れて肥大部位を内側から削り取る経尿道的前立腺切除術。

電気メスを使うことが多いが、出血が少ないレーザー治療も普及してきている。



 武田さんは

「前立腺肥大症の症状は、季節や飲酒などの影響で一時的に出ることがあり、生活指導も大切。

症状があるのに治療せずに放置していると、膀胱の収縮力が衰えてしまい、肥大症の手術をしても排尿状態が良くならない場合もある」

と話している。(藤田勝)



父の死に直面すると、やはり自分の周りの健康も気になります。



再生医療が主流になるまでは、効果的な薬がどんどん出てきて欲しいものです。



特に、前立腺肥大は多くの男性が直面する症状ですので、なおさらです。



50歳前後のお父さんや知り合いの男性がいる人は、こうした情報を教えてあげてくださいね。



では、音楽の時間です。

感動的な曲ですね。

Hold On Michael Buble

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Cee Lo Green「It's Ok」(世界音楽遺産に!)

父の死は満年齢90歳の大往生でした。



最期は、眠るように安らかな顔で旅立ったようで何よりでした。





そして、



思いつくままに父親との思い出。



・私が小さい頃よく近所の映画館へ怪獣映画を見につれて行ってもらい、帰りには父の肩車で帰りました。



・釣りが大好きな父だったので、休みの日には何度も朝の3時半くらいに起きて沖釣りに連れて行かれました。



・姉の東京行きに反対して、夜中まで姉と膝詰め談判するほど頑固一徹でした。(結局、兄弟では一番勉強の出来た姉でしたが大学へではなく手に職をつける専門学校へ女友達と一緒に暮らすという条件で許可されました)



・海外の山の写真が大好きで、本人はいつか登りたいと思っていたようですが、夢はかないませんでした。(私が東京に出てきたときに、神田の古本屋街でみつけた写真集を何度か送りました)



・私の結婚式の最後の親族スピーチで、完全に頭の中が真っ白になって折角覚えた気の利いたセリフを忘れ、10秒の空白の後に一言「忘れました!」と言う様なアドリブの利かない性格でした。



・海老のてんぷらとうどんが大好物でした。



・昔の田舎者にしては映画はかなり見ていて、音楽は田端八郎やギター演歌がお気に入りで本人もギターを弾いたりしていたしゃれ者でもありました。



・頑固で男らしく、短気で融通が利かないのはハンフリー・ボガードの悪い影響かもしれません。



・昭和45年ごろ軍隊でお世話になった恩師を探す旅に出かけました。



・いつも帽子をかぶるしゃれっ気もありました。



・宮本武蔵のように彫刻が得意(?)で、私の夏休みの宿題に、薪を割ってからタンカー(船)を彫りだし、ペインティングを施しどう見ても小学生の作品には見えない作品が出来上がりましたが、私はそのまま提出しました。(ばれていましたが、いけませんねえ)



・寝る前には必ず週刊誌を布団にうつぶせになって読んでいました。(結構な物知りでした)



・将棋も趣味でしたが、子供に負けるようになった頃からいくら誘っても指さなくなったプライドの強い人でした。



・10年以上前の話ですが、父を讃岐うどんのはしご旅行に連れて行ったのはいいが、2軒目で突然便意をもよおすも肝心のものが出てこず、本人が異常に痛がるので急遽病院を訪ねるも下剤を渡されそれ以上の処置をしてもらえず、仕方がないので医者からゴム手袋を借りて私がおしりに指を突っ込んでかき出すという作業を実行しました。(鋼鉄のような重くて硬い黒い便が出てきました:汚い話で失礼!)



どうも父が子供のころは、父の弟とともに近所を仕切るガキ大将だったようです。



そして以下のエピソードは、今回帰郷の際に仕入れた最新ネタです。



夫を早くに亡くしたトラさん(父の母で私の祖母)は、かけがえのない二人の息子を戦争に取られまいとして、父親を知り合いのツテで軍需工場の働き口を世話するも、学友達のみが戦争にとられるのに耐えられなくなった父は卑怯者にはなりたくないために工場を無断欠勤し、当然首になり、その後突然赤紙が届いてびっくりしたトラさんは父親に問いただし、事の真相が発覚するや、トラさんは悔しさと怒りから、父親の頬を何度も往復ビンタしたそうですが、父親は「へへへ・・」とずっと笑っていたそうです。



かっこいいのやら悪いのやら、しかし何となく父親のダンディズムを感じさせるお話です。



結局私の頑固さも、間違いなく父の息子という証明のようです。



そして、



一足先に天国にいる母と再会して今度はより仲良く暮らせるように祈っています。



合掌。



P.S.

私の父親の形見分けは、写真のお魚ネクタイピンです。





では、早速音楽の時間です。

今日は元気が出る曲です。

Cee Lo Green - It's Ok

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Bruno Mars「Talking To The Moon」(世界音楽遺産に!)

では、本題です。



今日は、面白かった本と期待はずれだった本の紹介です。



まずは、



「最後の刑事」 (ハヤカワ・ミステリ文庫)は、1991年発表の秀作です。



よくこなれたプロットもさることながら、山本やよい氏のこなれた翻訳がまた素晴らしい。



翻訳小説を読んでいると、とても違和感のある日本語がでてくることがありますが、この本はそんな恐れはありません。



日本語を気持ちよく最後まで読めます。



作者と訳者のコンビでの力作といえるかもしれません。



では、ネタバレにはならないあらすじをどうぞ!



湖に浮かんだ女の全裸死体―手がかりのない難事件にバースきっての頑固刑事、ダイヤモンドは俄然張り切った。やがて大学教授ジャックマンが妻の失踪を届け出たため、死体の身元は判明。

だが犯人像はつかめず、焦るダイヤモンドは強引な捜査が原因で辞職に追い込まれてしまう…

英国ミステリ界の巨匠が、昔ながらの捜査方法を頑なにまもる、誇り高き無骨な刑事の活躍を情趣豊かに描く新シリーズ。

アンソニー賞最優秀長篇賞受賞作。



では、作者の紹介です。



ピーター・ラヴゼイ(Peter Harmer Lovesey,1936年9月10日 - )はイギリスのミステリ作家。



息子のフィル・ラヴゼイもミステリ作家。



イギリスのミドルセックス州ウィットン生まれ。

英国空軍や講師などの職に就き、1970年『死の競歩』でデビュー。

ピーター・リアー名義を使っている場合もある。

エドワード皇太子が活躍する「殿下」シリーズの他、『偽のデュー警部』『キーストン警官』等、いわゆる歴史ミステリー物の作品が知られる。

現代を舞台にした作品では、偏屈な頑固オヤジ、ピーター・ダイヤモンド警視が活躍する人気シリーズを生み出している。



受賞歴



『死の競歩』 CWA賞(英国推理作家協会) 最優秀新人賞受賞

『マダム・タッソーがお待ちかね』『バースへの帰還』『猟犬クラブ』 CWA賞 シルバー・ダガー賞受賞

『偽のデュー警部』 CWA賞 ゴールド・ダガー賞受賞

『最後の刑事』 アンソニー賞 最優秀長編賞受賞

(ウイッキペディア)





個人的には、ミステリマニアでは評価の高い「偽のデュー警部」よりも面白かったです。



未読の方は、是非トライしてみてください。



それから、もう1冊は東西ミステリーベスト100(文芸春秋編)の75位にランクされている「少年時代」。



前回、途中で放り出して今回が2度目のチャレンジでしたが、やはりダメでした。



なぜ、この本がこれほどの評価を受けるのがさっぱりわかりません。



「どこまでいけるか」さんのブログに何となく、共感できましたので転載させていただきます。(ネタバレにはなっていません)



ロバート・マキャモン「少年時代」を読みました。



著者はアメリカの作家で、スティーブン・キングに続くホラー作家の旗手と言われながら、ホラーを書くをやめてしまいます。

その後彼が書き上げた小説の一つが本作で、確かにホラーではなく ミステリー、もしくはファンタジーの要素色濃い

青春小説といった趣です。



1960年代のアメリカ南部の田舎町で暮らす少年、コーリーが主人公です。

彼がある日の早朝、父親と一緒に無残で不可解な男の死体を見つけたことから物語が始まります。

いつまでも身元が明らかにならない死体の男は誰なのか彼をなぶり殺しにした犯人はこの平和で温和なはずの町の人間なのか主人公がその日確かに見た、コートの人影は何者なのか、事件は大きく渦巻いて街を巻き込む壮大な事態に発展、はしません。



死体も上がらない、目撃者は親子二人だけ、どこからも誰からも捜索願は出ていない。

そんなこの事件はどうにも取り扱いが軽いままで、見知らぬ男が湖に沈むことを助けられなかった父親が一人でずっと思い悩んでいるのみ。



代わりに、そのあとは主人公の少年の日常が描かれていきます。

著者自身が過ごしたのであろう当時のノスタルジーにどっぷりつかった描写、出来事、小道具のオンパレードで

胸焼けしてしまいそうです。



数十ページの章ごとに同じ登場人物を題材にした懐古風味の短編小説がひたすら繰り出されてくる感じです。

そこに加わってくる試みとして、少年時代の全能感というか現実と幻想の間を生きている世界観を表すために、

マジックリアリズム的な手法が取られています。



友達や愛犬と一緒に空を飛んだり、自転車が意思を持っていたり悪党の弾丸が無数の蛇に変わったり、生きているトリケラトプスまで出てきちゃいます。



試みは面白いと思うのですが、結果として成功しているとは言い難いと私は感じました。

その一番大きな原因は私と著者の感覚、良いと思うバランス、程度や組み合わせ、それらがことごとく合わないということだったと思います。



60年代のアメリカを愛しているのはわかりますが、誰もがそうに決まっているというような書き方がされているような気がして、どうにも押しつけがましさを感じてしまいました。

時代の変化を嘆く人物が登場するのは問題ないですが、読者にまで同調を求めないでいただきたいと思いました。



著者は自身の感性に信頼を置きすぎているのではないでしょうか?

リアリズムに徹していれば受け入れがたさを感じることは少ないですが、本作のようにリアリズムをベースにしてそこに違和感なくファンタジーの要素をすべり込ませて、双方の良さを崩さずにさらに化学反応を起こさせる、というような試みの中では、非常に繊細かつ大胆なセンスが必要だと思います。

しかし残念ながら私は本作にそれを感じることができませんでした。

結果押しつけがましさの印象残ってしまったのでしょう。



上で述べた冒頭の事件も、時々思い出したかのようにのろのろ進展していきますが、そこまで興味をひくものでもないし、ラストで明らかにされる真相も、正直あまり感心するものではありませんでした。



結局、自身の少年時代の日常をファンタジックに描きたかったけどそれだけじゃなんか不安だからミステリーを無理やりねじ込みましたっていうようなことにしか受け取れませんでした、残念ながら。

だから冗長に感じるし、大体登場人物をどうしてあそこまで増やさなくてはならないんでしょうか、とっつきずらくなるだけだと思うのですが。



主人公が作家をこころざして、書き上げた小説の文章と本作のそれが同じなこととか、男性と女性の描き方や、人種差別の描き方、そのほかにもとにかくやりかたにどこか古さ安さ残念さを感じてしまうことが多く、出版当時は評価を得ていたようですが、少なくともあまり普遍性が獲得できなかった作品のようだと私は感じました。



それでも、エピローグの章でののノスタルジーは共感できる部分も多く、これまで読んだ出来事が懐かしく感じる効果的なパートだったと思います。

著者が愛している感覚にここでようやくシンクロできた気がしました。

思い切り空に向かって放り投げたボールがいつまでも落ちてこなかったというエピソードがとても好きです。



あんなに雑に、膨れ上がった膨大な登場人物たちの後日談を入れて無理やり回収する必要は別になかったと思うけど。

かえって陳腐な印象を受けてしまいます。



もし今まだこの感性に合わせられるのであればとても楽しい読書体験になるのではないかと思います、あくまで想像ですが。



この小説を評価しない人が私だけじゃないことに、ホッとしました、なんちゃって。



では、一応作者の紹介です。



ロバート・R・マキャモン (Robert R. McCammon ,1952年 - )は、アメリカ合衆国の作家。

スティーブン・キング、ディーン・R・クーンツに次ぐモダン・ホラー界の第三の男といわれた。

初期は恐怖小説が中心だったが、のちに普通小説も発表している。



アラバマ州バーミングハム生まれ。

アラバマ大学でジャーナリズム学を専攻。

卒業後、職を転々としたのち、1978年に作家デビュー。

現代の吸血鬼小説『奴らは渇いている』(1981年)で人気作家になった。

しばらくスランプになったが、1987年発表の100万部を超えるベストセラーとなった『スワン・ソング』と1990年の『マイン』で、アメリカ・ホラー作家協会がその年に出版された最も優れたホラー小説に与えるブラム・ストーカー賞最優秀長編賞を2度受賞する。(ウイッキペディア)



もし、「少年時代」を面白く読めた人は、私の書評は参考にならないと断言できそうです。



やはり、本を楽しむツボは、人それぞれ違っていて、そのツボが同じ人でないと推薦図書も読むこと自体苦痛以外の何物でもありませんよね。



最後に私事で恐縮ですが、父が亡くなりましたのでブログの更新、少し休止いたします。



では、音楽の時間ですが、音楽に対する感性も読書の嗜好と同じかもしれません。

いい曲ですね。

Bruno Mars - Talking To The Moon

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Lady Gaga「Born This Way」(世界音楽遺産に!)

「和食」の比率を上げることを目指す方向は間違っていませんが、何事も性急にやりすぎるのは問題です。



小学校給食からパン消える? 

業者困惑、和食中心へ検討で

京都新聞 3月14日(金)



 和食のユネスコ無形文化遺産登録を受け、京都市教育委員会が和食中心の小学校給食を検討する委員会の設置を決めたことに対し、給食パンをつくる市内の関連業者から困惑の声が出ている。

議論次第では主食がすべて米飯になり、給食からパンが消える可能性があるためだ。

業者らはパン給食の継続に向けて委員会での「慎重な審議」を市に要望する。



 市内約170小学校の給食(約7万食)では週5日のうち米飯が4日、パンが1日出される。

米飯の割合は全国の政令市では新潟市の週4・5日に続き、2番目に多い。

市教委は和食が同遺産に登録された昨年12月、NPO法人「日本料理アカデミー」(中京区)の提案を受け、学校給食で「和食」の比率を上げることを目指す検討委員会を4月に立ち上げる方針を決めた。

約1年かけて行う検討内容は「みそ汁と漬物を毎日提供」「おばんざいの献立化」などで、「パン食をやめる」案も盛り込まれている。

 これにパン業界は強い懸念を示す。

京都パン協同組合(南区)の山本隆英理事長(67)は

「約60年続いたパン給食の文化が消えてしまう。

幅広い料理を提供するのも学校給食の役割で、パン食をゼロにするのは極端。

米飯食の4日間で和食の充実を図るべきだ」。

給食パンの小麦粉を製造する井澤製粉(同区)の井澤雅之社長(51)も

「府内産の小麦を2割配合した学校給食専用の小麦粉を使っている。

こうした地産地消の観点を教えることも必要ではないか」

と指摘する。



 同組合によると、市内には給食用のパン工場が5カ所ある。

給食用米飯も炊いており、もしパン給食がなくなっても経営的な影響はないという。

ただ、大規模災害時に府内自治体にパンを提供する府との協定があるため、既存設備を常時使わないと緊急時の稼働に支障が出ると説明する。

 市教委は現在、10人程度の委員を人選中とし、

「学校給食の未来形を探るため幅広く議論する。

最初からパンをなくすと決めているわけではない」

とする。

これに対し山本理事長らは、パン業界の声が反映できる人選を求め、児童の声を把握するためのアンケートなどを要望する方針だ。



現在でも学校給食の5日の内4日まで和食だそうですので、当分このままの比率で全国規模に広げていくことを徹底していくべきでしょう。



国のエネルギー政策も同様で、クリーンだからとか安いからとかその特性のみを過度に偏重しすぎて代替エネルギーの確保を疎かにしていると、いざというときに対応できなくなります。



食料政策も同じように、ある程度の多様性を残しておくべきです。



もう1つの話題は、「いつの間にか消える」というキーワードで括れるこの問題です。



小保方氏、早稲田応用化学会HPから顔写真が消えた! 

「絶賛」「擁護」のブログやツイート、削除する有名人も

J-CASTニュース 3月15日(土)



 英科学誌「ネイチャー」に掲載された新型万能細胞「STAP細胞」の論文に複数の不適切な点が見つかったことを受け、筆頭著者の小保方晴子研究ユニットリーダーらは2014年3月14日、論文取り下げの意向を書面で発表した。



 論文中の画像データの流用や、他論文の無断引用が指摘され始めた2月中旬以降、インターネット上では戸惑いの声が相次いでいたが、特にここ1週間は事態が深刻化しただけに、以前の賞賛や擁護の書き込みをこっそり取り下げる著名人もいる。



■「夢のようです」と絶賛も…



 その一人が、自民党衆議院議員の上川陽子総務副大臣(61)だ。

2月3日、「小保方晴子さん、おめでとう!」と題した記事を公開し、小保方氏の快挙を祝した。

上川氏はこれまで、日本人女性初となるノーベル賞受賞者の輩出に向けて力を注いできたそうで「有力な候補者が彗星のごとく登場したのですから、夢のようです。『日本人女性初のノーベル賞受賞』の夢が一日も早く実現するよう、私も引き続き応援していきたいと思います」と小保方氏にエールを贈っていた。



 ところが論文の取り下げについての話が出始めた頃、突然記事は見られなくなってしまった。

キャッシュを確認すると3月9日から12日までの間に削除されたことが分かる。

削除理由についての説明もなく、ネット上では「いきなり削除とか酷過ぎじゃね」、「自分の主張のために小保方を利用したけどどうも嘘つきっぽいことが判明したから記事削除して切り捨てたわけね」などと批判的な声も寄せられている。



 「理系女子現代アーティスト」として活躍する米マサチューセッツ工科大メディアラボ助教授のスプツニ子!さん(28)も、小保方さんらを応援するツイートを消している。

3月13日、



  「わたしはSTAP細胞のことは落ち着いて見守ろうと思っている。

もしなにか間違いがあっても、小保方さんたちが来年再来年、再実験できるよう皆で応援したら良いじゃない。

日本や世界にとってかけがえのないバイオの若い才能なのは確かなんだから」



とつぶやき、1000件近くリツイートされたのだが、14日には削除。

その後、STAP細胞関連の発言はない(15日17時時点)。



奨学生紹介ページはメッセージのみの掲載に



 小保方氏の顔写真とメッセージを掲載していた「早稲田応用化学会」のホームページからも、いつのまにか顔写真が消えている。



 小保方氏は早稲田大学理工学部応用化学科の出身で、2007年度に同会から奨学金を受けていた。

成績優秀者にだけ給付される返済不要の奨学金だ。

サイトでは2007年度受給者の1人として紹介し、小保方氏が感謝の意などを綴ったメッセージを顔写真とともに公開していたのだが、現在はメッセージのみで、顔写真部分はグレーのイメージに変更してある。

他の3人は通常どおり顔写真が載っているだけに違和感があるのだが、サイト上に説明はなく詳しい事情は分からない。



 顔写真の変更は、3月14日ごろからネット上で騒ぎになった。

早稲田大学は博士論文の「コピペ疑惑」を調査している最中であり、ネット上ではそれと関連付けた見方が多数のようだ。

「博士号を取らせた早稲田さんサイドにも問題はあるからね、しょうがないね」「消すだけじゃなくてちゃんとした対応期待」といった声があがっている。



この問題、まだSTAP細胞の再現性の可否について結論が出ていません。



理研は、まずこの事実の確認を急ぐべきです。



もしSTAP細胞の再現性が可能なら、論文盗用や写真のコペピは倫理上の問題はあっても、発見自体の偉大さは揺るぎません。



この事実確認が終わっていないにもかかわらず、小保方人気にあやかったマスコミやブロガー達が早くも店じまいしてしまう現象は、あまりにも薄情だし問題の本質を見誤っているとしか思えません。



iPS細胞の発見に続き、日本人による世紀の大発見かと騒がれているこの問題、日本人なら少なくとも事実関係がはっきりするまで彼女を静かに見守るやさしさや配慮があってしかるべきでしょう。



現在、彼女の援護射撃をしている唯一の人は、チャールズ・バカンティ米ハーバード大教授のみ。



同教授は14日の声明で「(論文の)データが間違いであるという有力な証拠がない以上、撤回されるべきだとは考えない」として、当面は理研調査委の最終報告を待つ考えを示している。



日本人が、窮地に陥っている同胞に対してこんなにも薄情で攻撃的だという現実に一抹の寂しさを感じさせる出来事でした。



では、音楽の時間です。

このPVは驚異の1億3千万回近くの再生回数です。

Lady Gaga - Born This Way





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U2「Walk On」(世界音楽遺産に!)

将棋のプロ棋士vsコンピューターソフトのガチンコ勝負が始まりました。



3回目のイベント1局目のレポートです。



朝9時前に、東京六本木のニコファーレ本社前には既に200名以上の列ができていました。



抽選に当たった人のみの列ですので人気と注目度の高さがわかります。



今回は、対局場と観戦場所が分かれており、対局は有明コロシアムから生中継ということでした。



そして今回から、コンピューターの差し手をロボットアームが指すという近未来的な光景が見られました。



対局場の解説には、鈴木8段、中村6段、本田女流棋士という布陣でした。(写真)





では、早速結果です。



「第3回将棋電王戦」第1局はソフト先勝、菅井五段「あまりいいところがなかった」

マイナビニュース 3月15日(土)



5人のプロ将棋棋士がコンピュータ将棋ソフトと団体戦で戦う「第3回将棋電王戦」の第1局・菅井竜也五段 対 習甦の対局が15日、東京・有明コロシアムで行われた。



第1局は、15日20時20分、「将棋電王トーナメント」5位の将棋ソフト・習甦が菅井五段に勝利し、全5局のうち、まずソフト側が先勝をあげた形となった。

手数は98手で、消費時間は菅井五段が4時間38分(残り22分)、習甦が4時間1分(残り59分)。



終局後の会見で菅井五段は

「あまりいいところがなかったように思う。

中終盤うまく指された。

(第2局以降の棋士へ)自分の力を精いっぱい発揮してもらいたいと思う」

と肩を落とし、習甦の開発者・竹内章氏は「素直にうれしい」と胸を張った。



4月12日まで開催される「第3回将棋電王戦」は、「将棋電王トーナメント」上位5つのソフトと、現役のプロ棋士5人による団体戦。

持ち時間は人間側、コンピュータ側ともに5時間となる。



「第2回将棋電王戦」とのルールの変更点は、「持ち時間が各5時間(チェスクロック方式)」「ソフト側の統一ハード(コンピュータ)の使用」「ソフトの事前提供」の3つ。

また、対局におけるソフト側の指し手には、デンソーの子会社であるデンソーウェーブのロボットアーム「電王手くん」が導入され、ロボットアームと棋士が向かい合う形での対局となった。



第2局・佐藤紳哉六段 対 やねうら王は、3月22日に東京・両国国技館で行われる。




今回の見所は、ロボットアームが駒並べから駒成り、礼(おじぎ)、などをアーム1本で処理するという技術力の高さを証明しながらも、コンパクトなサイズとユーモラスなアームの動きに「かわいい」という掛け声もかけられていた点でしょうか。



そして対局開始早々、広い有明コロシアムの会場には、蜂の乱入があり、対局者が席をはずして避難するというハプニングもありました。



肝心の将棋の内容は、菅井五段のコメントにもあるように、終始将棋ソフトに押し込まれていた一方的な勝負となってしまったのは残念でした。



菅井五段といえば、関西若手の強豪で、今年度の勝率でも上位にいるバリバリのホープで5番勝負の先鋒として1勝が確実視されていた棋士でした。



そんな彼が、いいところなく一方的に負かされたことで、将棋ソフトは昨年よりも早いペースで進化していることが証明されました。



5番勝負が始まる前には、今回の棋士の顔ぶれから、3勝2敗くらいはと思われていましたが、全敗もありえる展開にプロ棋士関係者は青ざめていることでしょう。



運命の第2局は、来週の3月22日の土曜日です。



この観戦チケットをゲットできるかは未定ですので、当たった時点で改めてレポートいたします。



さて、こちらの人間は無敵の様です。



<レスリング女子>国別対抗W杯 日本、全勝で決勝に

毎日新聞 3月15日(土)



 レスリング女子のワールドカップ(W杯)は15日、8カ国による国別対抗戦として東京・小豆沢体育館で開幕し、1次リーグA組の日本は米国、中国、ハンガリーを破り3戦全勝。

16日の決勝に進出し、B組1位のロシアと対戦する。11日に父栄勝さん(享年61)を亡くした53キロ級の吉田沙保里(ALSOK)は中国とハンガリー戦に出場し、いずれも快勝した。



 ◇吉田の気合! 負けるわけにはいかない!



 父の急逝からわずか4日。

普段は女子レスリングの第一人者として気丈に振る舞っている吉田とはいえ、心の整理はまだ十分についていないだろう。

だが、自ら出場を決めたこの日の試合では、その強さを存分に発揮した。

ベンチでは、チームメートが常に父栄勝さんの遺影を掲げた。

吉田は「遺影を見るたびにちょっとうるっときたが、一緒にマットの上にいてくれている気がして心強かった」と振り返った。



 吉田は、1次リーグ2戦目の中国戦から出場。

第1ピリオド1分20秒過ぎ、看板技のタックルが正面から豪快に決まり、4点をもぎ取った。

第2ピリオドでも連続技が決まり、テクニカルフォールで勝利。

続くハンガリー戦では、試合開始わずか26秒後にフォール勝ちを収め、いつもの強さを見せつけた。



 そんな吉田にも不安があった。

津市内での葬儀から急行した昨夜の計量後、4日ぶりとなる練習をこなしたが、最軽量級の48キロ級選手を相手に「呼吸が荒く、心配した」(栄和人監督)。だが、調整力の高さはお手のもの。本番にはきちんと合わせてきた。



 決勝では、2年ぶりの優勝を狙う。

「優勝しないとお父さんも喜ばない。優勝していい報告ができればいい」と吉田。

長年、鍛え育ててくれた父の愛に報いるためにも、負けるわけにはいかない。【芳賀竜也】



吉田選手、優勝した後は、体と心をゆっくりと休養してください。





では、音楽の時間です。

3.11の大惨事への支援のためのチャリティCDがあったのを知っていますか?

「ソング・フォー・ジャパン」は、海外アーティストのレーベルの枠を超え収益金は義捐金として日本赤十字社に寄付されました。

そのCDの中から選りすぐりの曲をしばらくお届けします。

まずは、大御所U2から。

U2-Walk On

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CASIOPEA「EYES OF THE MIND」(世界音楽遺産に!) 

今日は、テレビ番組関連2題です。



まずは、先日放映の「相棒」、久々の素敵なお話でした。



2014年3月12日(水)第18話「待ちぼうけ」



 山奥の田舎駅。

鄙びた駅舎で電車を待つ右京(水谷豊)。

同じように一人電車を待つ男(太川陽介)に出会う。

一方の享(成宮寛貴)は、何時間もカフェで粘る女性(芳本美代子)をナンパ…。

どうやら二人はそろって非番のようだ。



 そのころ、捜査一課の伊丹(川原和久)と芹沢(山中崇史)は、前夜遺体で発見された津久井(伏見哲夫)という初老の男性の殺害事件の応援捜査にきていた。

芹沢から特命係の二人がそろって休みと聞き、伊丹は邪魔されずに仕事がはかどる、とほくそ笑む。

現場を鋭い目でじっくり観察しながら、珍しく冴えた推理を展開していく伊丹だが…。



 右京を相手に身の上話を始めた男・友部は、大昔に靴職人の修業をしていたが、母親が元従業員に金をだまされ、多額の借金を背負い、その返済のため最近までトラック運転手をしていたという。

その借金もようやく完済。



 享を相手に立て続けにワインをあおる女性・雪美はメール一通で男性から別れを告げられたばかりの傷心の身だった。

雪美はすでに結婚していたが、夫は女遊びに終始。

さきほど別れを告げられた男との不倫も夫への復讐かと思いきや、雪美は人生でたった一人の本気で愛した人だったという。



 捜査は、伊丹の名推理と米沢(六角精児)が発見した血痕などから、津久井が殺害される前にいたと思われるアパートを突き止めた。そこには…。



ゲスト:太川陽介、芳本美代子

脚本:古沢良太

監督:近藤俊明



相棒も既にシーズン12ということですが、シーズン11あたりから、脚本に冴えがみられなくなりましたが、今回久々のヒットですね。



次回はシーズン12の最終回で2時間番組らしいので、期待しましょう!



さて、もう1つは本日(15日)放送のアニメ「名探偵コナン」が要注目のようです。



コナンで故・永井氏の伝説回再放送

web R25 3月13日(木)



1996年からテレビ放送されている人気アニメ『名探偵コナン』(読売テレビ系)。

その約20年におよぶ歴史のなかで名作のひとつに挙げられる「図書館殺人事件」の回が、3月15日にデジタルリマスター版で再放送されるとして、ネット上で注目を浴びている。



同回が最初に放送されたのは、1997年。

当時小学生だった視聴者は、現在20代の大人に成長しているわけだが、この回は当時放送を観ていた人たちに“トラウマ”を残すほど怖い回だったとされているのだ。



その理由は、同回に登場する米花図書館の館長・津川というキャラクターにある。

最初は、穏やかな口調と物腰の優しい年配男性という印象を持たせるこの津川。

しかし、ストーリーが進むにつれてだんだんと狂気的な一面を見せていき、アニメ版においてはホラー感漂う効果音で彼の登場シーンが演出されたため、少なからぬ幼い視聴者を恐怖のどん底に陥れたのである。



そんな同回が再放送されるとあり、ツイッターには、



「津川館長楽しみだな~」

「津川館長の話をSNSで実況できる日が来るとは…」

「来週のコナンは津川館長だよwwww

伝説の津川館長wwまじこれはホラー」

「来週、神回の津川館長キターーー」



といった放送を待ち望む声が多数書き込まれている。



そして、この津川というキャラクターの声を担当したのは、2014年1月に亡くなった『サザエさん』の波平役で知られる声優の永井一郎氏。

ファンたちにはこのことも広く知られており、



「永井さんの伝説回!!」

「犯人の津川館長役はなんと永井一郎さんですから絶対見ましょう」

「来週のコナン津川館長回というのはやはり永井さんへの追悼の意もあるのかな……」



といったツイートも多く見られる。



放送日には、テレビの前で怖がりながらも釘付けになる子供たち、そして昔を懐かしむ大人たちも多くいることだろう。(R25編集部)



怖いキャラクターが必見で、さらに声優が先ほど亡くなった波平さんということでさらに盛上がっているようです。



奇しくもドラマとアニメの差はあれど探偵モノ2本の紹介となりました。



では、音楽の時間です。

カシオペアメンバーみんな、若いぜ!

EYES OF THE MINDの初収録は『MAKE UP CITY』。

その後『EYES OF THE MIND』にも収録。

ライブでも頻繁に演奏されており、『CROSS POINT』発表まではライブのクライマックスにセットされることの多かった曲であるがその後は"SWEAR"にその座を譲り、アンコールなどで多く演奏された。

CASIOPEA EYES OF THE MIND 

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CASIOPEA 「SPACE ROAD」(世界音楽遺産に!)

さすが、すばらしい決断です。



吉田沙保里 W杯出る「お父さんのためにも優勝」

スポニチアネックス 3月13日(木)



 11日にくも膜下出血で父・栄勝さん(享年61)を亡くしたレスリング女子五輪3連覇の吉田沙保里(31=ALSOK)が13日、津市の通夜会場で取材に応じた。



 焦燥しきった表情の吉田は涙を流しながら「お父さんのためにも絶対出て、優勝するように頑張りたい」と、15、16日に東京・小豆沢体育館で行われる国別対抗戦の女子ワールドカップ(W杯)への出場を明言した。



 「お父さんはレスリング一本で、何でもレスリングを優先してきた人。

ナショナルチームのコーチになっていたので一緒に戦ってくれると思う。

(W杯に)出て日本が優勝することでお父さんは喜ぶと思う」



 14日午後5時からのメディカルチェック、同5時45分から計量があるため、遅くとも午後2時までに移動を開始しなければならないが、吉田は「告別式が終わったら計量、メディカル(チェック)に間に合うよう、すぐに東京に移動してチームに合流します」と話した。



みんなで応援しましょう~!



もう1本の記事は、結局厳しいペナルティとなりました。



厳罰処分の浦和社長が謝罪会見…損失は1億円以上に

ゲキサカ 3月13日(木)



 今月8日に埼玉スタジアムで行われた浦和レッズ対鳥栖の試合で差別的な内容の横断幕が掲出された問題で、Jリーグからけん責処分及び、23日のホーム清水戦(埼玉)を無観客試合とする制裁を受けた浦和の淵田敬三社長が13日、都内のJFAハウスで記者会見を行った。



「ファン・サポーターの皆さまをはじめ、関係方面の多くの方々にご心配とご迷惑をおかけしたことを深くお詫びします」。

会見の冒頭で深々と頭を下げた淵田社長は、Jリーグ史上初となる無観客試合の厳罰に

「社会的な影響に加え、2010年の仙台戦、昨年の清水戦での事件など、これまでに我々浦和レッズのサポーターが起こしてきたトラブルを鑑みれば、制裁金を超える重い処分が妥当であり、当然のものと受け止めております」

と語った。



 問題となった「JAPANESE ONLY」の横断幕を掲げたサポーターグループの男性3名はクラブの事情聴取に対し、「差別や政治問題化させる意図はなかった」と主張したという。



会見では「それでは、どんな意図で掲げたと話しているのか?」という問いに「ゴール裏は彼らにとって聖地みたいなところで、自分たちでやっていきたい、他の人は入って来てほしくないという意図があったようだ。最近、浦和の試合には海外の観光客の方もいらっしゃる。そういう方が来て、統制が取れなくなるのは嫌だという言い方はしていた」と説明。

それがまさに差別であるのだが、不明瞭な答弁は続いた。



 対応の甘さは、他にもあった。

G大阪との開幕戦で一部選手に対する指笛が聞かれたことから、鳥栖戦ではゴール裏付近にクラブスタッフ3人を配置。

試合後の調査では、サポーターから鳥栖戦でも差別的発言などがあったとの情報が入ったが、肝心のクラブスタッフは「座席のところには行かず、ゲートの横にいた。

中には入れないので」と、だれ一人、現場で確認できなかった。

こうした稚拙な対応には、クラブとサポーターの関係という根深い問題があることを認める。



 今回の横断幕も、問題を認識しながら即座に撤去することができず、試合終了まで掲出され続けたが、横断幕の撤去について

「クラブとサポーターの間にルールができている。

本人の了解を得ずに取ったときの混乱を考えると、ルールとしては本人の了解を取ったうえでやろうというのが慣習の積み上げとしてある。

それが変な形で制約になっている」

と弁明。

クラブとしてスタジアムを一定のコントロールにおけるか、おけないか。

そこのルール作りをしっかりやらないといけない」

として、当面、浦和のサポーター全員に対し、すべての横断幕、ゲートフラッグ、旗類、装飾幕等の掲出を禁止とすることを決めた。



 この施策をめぐっても報道陣からは

「すべての横断幕を禁止する理由は何なのか? だれも自信を持って『これは差別だ』『人を傷つける可能性がある』という判断ができないということか?」

と追及され、

「判断できないことはないと思っているが、意識のレベルがまだ十分に上がってきていないと思っている。

まずは新しいルールを作るまでは横断幕等の掲出をやめようと。

後ろ向きな方法かもしれないが、そういう事情です」

と小さく答えた。



 無観客試合となる対戦相手の清水エスパルスに対しても

「お詫びに行かないといけないと思っている。

試合が計画されている中で無観客という形になってしまい、大変申し訳ない」

と謝罪。

チケットの払い戻しを含め、クラブへの経済的な損失も大きく、「細かい計算はできていないが、かなりの金額になる」としたうえで「チケットは1試合当たり平均が2500円ぐらい。それに人数をかけたものが、まずベースになるのではないか」と述べた。

浦和の昨季の入場者数平均は3万7100人。

単純計算で9275万円となり、1億円以上の損失は避けられない。



 試合を観戦予定だった清水サポーターがすでに予約していたホテルのキャンセル料など、チケット以外の個別の補償についても「個々の事象に応じて、相談しながら進めていきたい」と言及。

一方、問題行動を起こしたサポーターに対する賠償請求に関しては「当事者への賠償請求は現時点では考えていない」と答えた。



上記のような淵田社長の発言をみると、まだまだ子離れが難しい親、という感じですかねえ。



発言に威厳が感じられませんし、埼玉スタジアムをコントロールできないって、誰に遠慮する必要があるのでしょう?



騒動を起こしたり、クラブの指示に従わないサポーターは、もはやゴロツキと一緒です。



厳罰に処するべきです。



サポーターを単に甘やかすのが愛情ではありません。



サポーターを指導育成するというクラブとしての面倒な役回りを放棄しているだけです。



「愛情を持って厳しく」運営することが求められているので、社長にはもっとしっかりとした姿を見せて欲しいものです。



ついでに、もう一言。



(ほんの一部でしょうが)サポーターって何様のつもりだ?



選手に詰め寄りプレー内容を謝らせるって、どんだけ偉いんだ!?



本来、緩慢プレイをやった選手にクラブ運営者がやるべき行為を、サポーターになぜ許す?



まあ、礼儀や立場をわきまえないこうした甘やかされた行動を野放しにしてきたツケがまわってきたのでしょう。



では、音楽の時間です。



カシオペア (Casiopea) は、日本のフュージョンバンド。



1977年に結成。1979年にデビュー。

以来、フュージョン音楽界の第一線でアルバムなどの作品制作やライブ活動を毎年ほぼ絶えることなく続けてきたが、2006年にすべての活動を一旦休止。

2012年にCASIOPEA 3rd(カシオペア・サード)として活動を再開した。

最新作は2013年11月20日発表のアルバム『TA・MA・TE・BOX』。



第1期(結成から1989年まで)



野呂一生と櫻井哲夫の出会いによる結成



1974年、当時高校三年生だった野呂一生と高校二年生だった櫻井哲夫は別々の高校に通っていたが、ともに属していた都内のロック演奏のコミュニティで出会って意気投合し、ベック・ボガート & アピスを目標として都内の練習スタジオでセッションしだすようになる。

翌1975年、野呂は明星大学に進学し、その大学の軽音楽同好会のメンバーで構成されたロックバンドのファンシーハウスや中山ラビのバックバンドに参加してセミプロとして活動開始するも、それらはいずれも短期で離脱して、自作曲を元にした櫻井とのバンド活動にシフトが置かれるようになる。

ボーカルを従える時期などもあったが、野呂と櫻井以外は常にメンバーは流動的で、次第にハードロックやファンクをベースとして、そこにジャズのエッセンスを加えたインスト音楽にバンドの方向性は持って行かれた。



バンド名の由来



野呂と櫻井で結成したものの、このふたり以外に固定メンバーが揃わずに活動していたためバンド名もライブを行う度に適当に付けられていた。

しかし、あるミニコミ誌の取材を受けた際、「正式なバンド名がなければ載せられない」という申し出があり、野呂が自宅に帰って母親に相談したところ、「星座の名前なんていいんじゃない?」とのアドバイスに星座の本を広げて選んだのがカシオペアである。

ただ、英字表記はCasiopeaとし、出典元のカシオペヤ座 (Cassiopeia) の正式な表記とは異なる。



バンド・コンテスト出場と向谷実の加入



バンドの名称をカシオペアと改めた後の1976年、野呂と櫻井、先述のロック演奏のコミュニティに属していた小池秀彦(キーボード)と鈴木徹(ドラム)を入れた4人編成でヤマハ主催のアマチュア・バンド・コンテスト「EastWest'76」に出場し、決勝大会まで進出して野呂がベストギタリスト賞を獲得したことでアマチュア・シーンに名前が知れ始める。

しかし、出場後に小池と鈴木が脱退し、再び野呂と櫻井のふたりだけになる。

翌1977年に開催される「EastWest'77」に出場するべくメンバー探しに奔走。

野呂は友人のツテを頼って、自分と同学年の年齢で、当時合歓音楽院(現・ヤマハ音楽院)エレクトーン科在籍中だった向谷実をキーボーディストに勧誘。

その際、野呂はカシオペアの指向について、向谷が信奉していたミュージシャンのひとりを引き合いに出して「チック・コリアみたいな音楽(当時活動していたエレクトリック編成のリターン・トゥ・フォーエヴァー)をやっている」と口説いた。

そして向谷を入れたカシオペアは自らのオーディションにより選んだ佐々木隆を加えて同コンテストに再出場。

カシオペアは最優秀グループ賞と野呂の二年連続のベストギタリスト賞を受賞した。

これを足がかりにプロデビュー目指して都内近郊で精力的にライブ活動が始められた。

1990年代以降はこの1977年を公式にカシオペア結成の年としている。



このデビュー前の時期、「EastWest'77」の審査員だった鳴瀬喜博に見いだされ、野呂と向谷はプロとしての仕事に度々誘われるようになる。

また、大村憲司、村上秀一といったフュージョンに傾倒していたロック系ミュージシャンとも交流を築く。

先行してデビューしていたプリズムとは同じロック演奏のコミュニティ出身だったことから、ともに結成以前からメンバー間の交流もあった一方で、フィールド違いの大学のジャズ研出身だったザ・スクエア(現・T-SQUARE)とはデビューしてから知り合うことになるのでこの当時は面識さえもなかった。

また、ともに「EastWest'77」に出場して決勝大会まで進出したサザンオールスターズとはプロ志向どうしであったから合同でライブを行ったり、一緒にイベント出演をするなど共演の機会が多かったバンドの一つだった。



デビュー



1979年5月、日本におけるフュージョン・ブームの真っ直中、アルバム『CASIOPEA』でレコードデビューする。

当時のメンバーは「EastWest'77」に出場したときからの野呂一生(ギター)、向谷実 (キーボード)、櫻井哲夫(ベース)、佐々木隆(ドラム)。

4人の演奏に加えてオーバー・ダビングながら、ブレッカー・ブラザーズ(ランディ・ブレッカー、マイケル・ブレッカー)、デイヴィッド・サンボーンらがゲスト参加した豪華な作りとなった。

そのデビューアルバム『CASIOPEA』の帯には超絶技巧でアクロバティックな演奏スタイルを示した「スリル、スピード、スーパー・テクニック」というキャッチコピーが与えられた。

このキャッチコピーは以後カシオペアの音楽性を表す代名詞となる。

1979年のデビュー時、アマチュア時代からの活動拠点であった都内近郊では一定の認知度と人気は既にあったが、全国的に名が知られ始めたのは、同年の日本航空のニューヨーク・キャンペーンのCM曲としてデビューアルバム後に発表したシングル「I LOVE NEW YORK」が使用されてから。

また、その「I LOVE NEW YORK」を収録した2枚目のアルバム『SUPER FLIGHT』がデビューアルバム以上の売り上げもみせるなどして活動は好調の兆しを見せていたのだが、ドラムの佐々木が音楽的な方向性の違いにより脱退することが決まってしまった。



神保彰の加入



1980年、ドラムを神保彰にメンバーチェンジ。

前年の秋、慶應義塾大学在学中の櫻井がゼミ仲間から同大学のジャズのビッグバンド、慶應義塾大学ライトミュージックソサエティのライブに就職活動で出演できないベーシストの代役を依頼され受諾。

そこで出会ったのがそのビッグバンドに在籍していた神保であった。

櫻井は神保に卓越した才能を見いだし、彼を佐々木の脱退が決定事項となっていたカシオペアの次期ドラマーに推薦し、カシオペアはメンバーとスタッフ総出で神保を口説き落としてメンバーに迎えた。

当時大学3年生だった神保はカシオペアに誘われるまではプロ経験はなく、また将来プロになる志向もなかった。

しかし、ビッグバンドの活動とは別に、敬愛するアメリカのドラマーのスティーブ・ガッドとハービー・メイソンが参加した洋楽フュージョンのレコードを片っ端から聴いていてコピー演奏していたり、小編成のコンボスタイルのフュージョンへの憧れや造詣は深く、それらと近似したカシオペアの音楽性にやりたいことを見いだしてプロになることに決断した。



黄金期



神保が加入してすぐにライブ・レコーディングされた3枚目のアルバム『THUNDER LIVE』は、音楽誌『ADLiB』の連載企画「ブラインド・フォールド・テスト」(来日した海外のフュージョン系の著名ミュージシャンに、日本のフュージョン系アーティストの新譜レコードをアーティスト名やプロフィールなど目隠し状態で伏せて聴かせて、音だけの判断で評論してもらう)で賞賛され続けたことで話題を呼び、人気が一気に高まっていく。

以後、アルバムを出すごとに売り上げを伸ばし続け、ライブの規模と動員もそれにともなって拡張していった。



所属レコード会社、アルファレコードが海外進出に意欲的で、神保加入後のデビュー3年目の1981年にアメリカ、翌1982年にイギリス向けのレコードをそれぞれ製作して海外進出を果たす。

レコード発売ばかりでなく、以降はヨーロッパ、南米、香港、東南アジアなどではライブも行うようになる。



メディア展開も音楽誌やFM番組出演にとどまらず、1984年には音楽を担当したのと併せてメンバー全員で出演もしたマクセルのビデオテープのCMがテレビで連日オンエア、それと前後してNHK『レッツゴーヤング』、フジテレビ『夜のヒットスタジオDX』などのテレビの人気音楽番組への出演も果たしていき、音楽ファンばかりではない一般への知名度も広く浸透していった。

また、1984年のヨーロッパツアーのイギリス公演がNHKのニュース番組『ニュースセンター9時』に取材されて、日本での活動と変わらぬ盛況ぶりが伝えられた。

このようにカシオペアは国内外で確固たる人気を築いていった。



1986年、ヨーロッパ圏や東南アジア圏の海外での成功を勢いにして、アルバム『SUN SUN』で再度の全米進出を試みる。

国内同様に市場規模が限られているジャズ・フュージョンではなく、市場規模が一番大きいポップ・ミュージックのカテゴリーに合うように、プロデューサーにカルロス・アロマーを迎えてボーカル曲の導入やその当時の最先端の流行を追った音楽性に変化させたものの、結局は適わなかった。

これで諦めず、翌1987年の次作のスタジオ・アルバム『PLATINUM』の音楽性も『SUN SUN』のそれをさらに押し進めたもので通した。

しかし、1980年代後半に入ってからのこのアメリカ市場を見据えた音楽性の変化は、国内の活動にも響いて人気が下降していってしまう。



メンバー分裂



1988年までのカシオペアは年間2枚のアルバム制作と国内外で年間100本前後に渡るライブをこなしていた。

常にカシオペアはグループとしての活動を優先させたため、メンバーのソロ活動は制限されることになり、他のバンドとの掛け持ちもなく、他アーティストのライブやレコーディングへのゲスト参加も少なかった。

1985年と1986年の当初から期間が定められていたソロ活動も各自ソロアルバムを制作するに留まっていた。



1989年、カシオペアはグループとしての活動を休止し、メンバーのソロ活動期間に入る。

そのなかで櫻井と神保はメンバーを集めてボーカル音楽のバンド、シャンバラを結成するが、野呂と向谷は「シャンバラの今後の継続的な活動は、直に迫るカシオペアの活動再開に支障を与える」としてふたりに活動停止を要請。これに対し、櫻井と神保はカシオペアの活動と両立出来ると主張。

野呂・向谷と櫻井・神保の両陣営は最後まで平行線を辿って物別れになり、櫻井と神保はこの年をもってカシオペアを脱退してしまう。

翌年、ふたりはシャンバラ以外にフュージョン・シーンで活動するジンサクというユニットを結成する。



第2期(1990年から2006年まで)



鳴瀬喜博の加入



櫻井と神保の脱退を受けて、1990年にセッション・ベーシストの御大“ナルチョ”こと鳴瀬喜博とジャズ・ドラマーの日山正明を迎える。

鳴瀬はカシオペアがアマチュア時代に参加した「EastWest'77」で審査員をして以来の、日山はカシオペアのデビュー前後に活動していたフュージョン・バンド、クロス・ウィンドの元メンバーでそれ以来の付き合いと、音楽性や技能とともに継続して活動できるように知古の者を選んだ。

メンバーチェンジをしたカシオペアは、すぐさまアルバム『THE PARTY』と同タイトルの映像作品を制作し、同時発売するとともにライブ活動も再開した。

翌1991年、アルバム『FULL COLORS』を制作して発売。

前作同様にインスト曲のみで構成される作品であり、1980年代後半に変貌させていた音楽性を軌道修正していた。



1992年に病気療養を理由に日山が脱退し、その後任に当時22歳の熊谷徳明が加入した。

熊谷は海外での音楽留学から帰国後、国内での活動を見いだすためにアマチュア時代に敬愛していたカシオペアの所属事務所にプロフィールとデモテープを送っていたのが採用のきっかけとなった。



神保彰のサポート復帰



メンバーが流動的になりながらも活動状況は安定していて、作品は毎年定期的に作り続けられた。

海外でのライブも各国で引き続き敢行されて1996年には日本人のアーティストとして韓国公演を行って話題となる。

しかし、この年かぎりで熊谷が脱退。

1997年からカシオペアは、野呂・向谷・鳴瀬の3人による名義のユニットとなり、そこに神保がサポートメンバーで復帰して支えていく。

1997年中はアルバム『LIGHT AND SHADOWS』のロス・レコーディングに帯同していなかったり、参加名義も“スペシャル・サポート”だったのが、翌1998年からは全てのスケジュールに帯同するようになり、参加名義も“スペシャル”が取れたレギュラーな“サポート”となっていく。

2004年からは、その神保と則竹裕之が結成したツインドラムのユニット、Synchronized DNAをサポートに入れた5人体制で活動を行っていたりもした。



活動減少



1990年代前半は第1期のようにグループとしての活動を優先させたが、1990年代後半に入ると、向谷が鉄道事業の手始めとなるトレインシミュレーターの制作、鳴瀬が野獣王国のメンバーとして活動開始、野呂も七年ぶりのソロアルバム『TOP SECRET』の制作や青木智仁、斉藤ノブらの誘いを受けてのセッション活動に参加しだすようになって各々のソロ活動が活発化する。

その分、カシオペアのライブの本数は年々減少していった。



2000年代に入ると、向谷の鉄道事業は以前よりも拡大、鳴瀬は野獣王国に加え、リーダープロジェクトのURUGOME(1980年代後半に鳴瀬がリーダーとなって活動していた「うるさくてゴメンねBAND」のリユニオン)も活動開始、野呂がリーダープロジェクトでのアルバム制作と定期的なライブ活動をするなど、さらにソロ活動の比重が高まっていった。

この頃の年間のライブ数は多くて10本程度だった。



2006年8月1日、野呂の「カシオペアとしての一切の活動を休止したい」との意向により、レコーディングおよびライブなどの活動をすべて休止すると発表した。



活動休止期(2006年から2012年まで)



活動休止期間中のメンバーの音楽活動はそれぞれリーダープロジェクトを立ち上げてのソロ活動が中心となっていた。

この期間中は一度たりともリユニオンによるライブやレコーディングはなされなかったが、メンバー各々で集まっての音楽活動や、参加するライブでカシオペアの曲は演奏されていた。



活動休止したその年から、鳴瀬は野獣王国やURUGOMEに加えて、カシオペアに提供した自作曲を中心に披露するためのユニット、Narucho-ICE(ナルチョイス)を結成して定期的にライブ活動開始。

ベース、ギター、ドラム、ホーン×3の6人編成に、初期は向谷がゲスト扱いで毎回参加し、向谷の自作曲や野呂が書いた代表曲も演奏された。

野呂も2009年と2012年の合計2回参加して「ASAYAKE」や「FIGHT MAN」などの自作曲にして代表曲を演奏したが、野呂と向谷の両人が揃って参加することはなかった。



向谷は鉄道事業の音楽制作において起用しているミュージシャンらで構成したユニット、向谷実とメロディーズを結成した。

キーボード、ギター、ベース、ドラム、サックス、バイオリンの6人編成で、ライブ活動では、メロディーズで制作した曲、過去の向谷のリーダープロジェクトで制作した曲に加えて、カシオペアでの自作曲も積極的に取り上げていた。カシオペアのメンバーとの共演としては、先述のNarucho-ICEへのゲスト参加、向谷実×中西圭三プロジェクトではレコーディングに鳴瀬と神保を起用、さらに神保とは実験的な音楽制作も行っていた。



2008年、野呂はカシオペアとそれまでのソロプロジェクトを分け隔てなく考えた、野呂曰く「自分がやりたいことをとことん追求」したアルバム『INNER TIMES』を制作し、レコーディングメンバーを制作中にバンド化させて、ソロ名義ではなくそのバンド名のISSEI NORO INSPIRITS(イッセイノロ・インスピリッツ)名義で発表する。

ISSEI NORO INSPIRITSは、ギター、キーボード×2、ベース、ドラムの5人編成で、神保彰も参加している。

この活動休止期間中に4枚のアルバム、1枚の映像作品を制作し、少ない本数ながらも定期的にライブも行っていた。

ただし、作品においてもライブにおいてもカシオペアの曲は取り上げられることはなかった。

なお、野呂と鳴瀬はともに東京音楽大学の講師で毎週のように顔を合わせていて、授業の一環で一緒に生徒たちの制作活動をサポートするときもある。



サポートメンバーだった神保は、演奏者が自分独りだけによるライブ、ワンマンオーケストラにおいて、休止後からカシオペアで自作した曲と「ASAYAKE」などの代表曲を取り上げて演奏していた。

また、リーダーグループで2009年に出演した東京JAZZでは自作曲にして代表曲である「MID-MANHATTAN」を、そのオリジナルが収録された1982年のアルバム『FOUR BY FOUR』にも参加したギタリスト、リー・リトナーとセッションしたことから話題となった。



第3期(2012年から)



2012年



4月20日、結成35周年を迎えるにあたって、向谷の脱退とその後任として大高清美(キーボード)の加入、6年振りの活動再開がオフィシャルサイトにて発表された。

また、活動再開後の名義をCASIOPEA 3rdとした。

再開後の最初のライブは同年9月の東京JAZZとその前日に単独出演で行われた前夜祭イベント(トーク&リハーサルライブ)。

その後、国内ツアーに先行してインドネシアのジャカルタでの単独公演、そして10月に東名阪の国内単独公演ツアーが行われた。

ライブは活動休止前の既存の曲の演奏が中心ではあったが、CASIOPEA 3rdとして活動再開表明後に野呂が書き下ろした「ARROW OF TIME」がレパートリーに加わっていた。



制作活動も再開されていて、同年12月に出演したフュージョン・イベント「LIVE IN TOKYO CROSSOVER NIGHT」関連のコンピレーション・アルバム『CROSSOVER NIGHT〜CROSSOVER JAPAN 2012〜』に、CASIOPEA 3rdで新たにスタジオ・レコーディングした「FIGHT MAN(2012ver.) 」と「GOLDEN WAVES(2012ver.) 」の2曲を収録。

また、活動再開後初のツアーからSHIBUYA-AXでの単独公演を収録したライブDVDと2枚組CDが『LIVE LIFTOFF 2012』としてそれぞれソフト化されている。



CASIOPEA 3rdの活動はメンバー各々のソロ活動と併せて行われている。

野呂は活動休止中に作ったリーダープロジェクトであるISSEI NORO INSPIRITSを継続。鳴瀬もNarucho-ICEを継続させたほか、活動再開の発表直前に新たなリーダープロジェクトであるザ・チョッパーズ・レボリューションを結成している。

大高は加入以前の参加プロジェクトやリーダープロジェクトを継続。

神保も休止前と同じく全活動に帯同するものの引き続きサポートドラムという立場で参加している。

それ故、年間の活動はスケジュール的にごく限られた期間のなかで行われている。



2013年



前半は各々の個人活動の期間に充てられた。

後半から活動再開し、7月から8月にかけて日本各地でライブを開催。

同時期に新曲を中心にしたスタジオ・レコーディングも行われ、それを11月20日にCASIOPEA 3rd初&8年ぶりのオリジナルアルバム『TA・MA・TE・BOX』として発表した。

11月に前年に続いてインドネシアのジャカルタにて単独公演を、12月に国内でアルバム発売記念ライブツアーを行った。



エピソード



アマチュアコンテスト時代を振り返った桑田佳祐は、サザンオールスターズは青山学院大学の同好会部員を応援のサクラに連れていったが、カシオペアとツイストだけはアマチュアにもかかわらず、すでに固定ファンを持っていて、彼らが応援していたと回想した。



デビューした年が近い、同じフュージョンユニット・T-SQUAREに対して、野呂は「同級生的な感覚がある」と度々口にしている。

この2つのグループは、1994年にテレビ番組「タモリの音楽は世界だ!」で共演したことがあり、その際に野呂が発した言葉である。

また、2003年にT-SQUAREと共演したライブ「Casiopea VS The SQUARE THE LIVE!!」のインタビューの中でも、同様の発言をしている。

(ウイッキペディア)

確実に日本を代表するフュージョンバンドですね。

SPACE ROADの初収録はデビュー作『CASIOPEA』。

その後『EYES OF THE MIND』にも収録。

同じテーマが短3度上に次々と転調していくのが特徴。

初期 - 中期のライブで好んで演奏された。各所で主題に移る直前の16部音符でのギターの駆け上がりが特徴的であるが、中期以降のライブで演奏されるときにはこれに加えギター・ベース・キーボードによる16分音符主体のユニゾンが中間部に置かれた。

SPACE ROAD / CASIOPEA

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Stuff「This One's for You」(世界音楽遺産です!)

まずは、「明日ママがいない」最終回の感想です。



なんじゃあ、こりゃ。



前半はまさに、幸せの押し売り、ですね。



養護学校や関係者から「差別を助長する」「現場の苦労がわかっていない」などといちゃもんをつけられた挙句に脚本をいじったようですが、これでは施設の子供はみんな幸せになれるというもっと罪作りな幻想を助長させてしまいかねません。



後半は、ポストが本当の幸せをつかめるかどうか、という点が見所でしたが・・・



安易過ぎます。(ネタバレのため結末は省略)



となると、オリジナル脚本での最終回を見てみたかった、かな?



では、次の話題です。



天才メダリストの存在には、ちゃんとそれなりの理由があります。



吉田の父、突然の訃報 

神速タックル、父娘の労作 レスリング

産経新聞 3月12日(水)



 ■厳格な指導者 後退許さず



 「口より先に手」という昔かたぎの父親は、厳格な指導者でもあった。吉田栄勝さんが津市の自宅に、20畳足らずの手狭なレスリング道場を構えたのは28年ほど前。

当時3歳の長女、沙保里に行った手ほどきは過酷の極みといえた。



 「ここ(道場)で教えたのは基本だけ」



 吉田の生い立ちを聞かれる度に栄勝さんは笑っていたが、3歩下がれば他の道場生に足を踏まれ、5歩下がれば父の竹刀が背中を打った。

的をめがけて一直線に飛び込む神速のタックルは、後退を許さない父と教えを守った娘との労作だ。



 専大時代は実力者として名をはせた。

1976年モントリオール五輪は国内予選で攻めあぐね敗退。のちに娘を「霊長類最強女子」へと導くタックルの背骨には、「あのとき前に出ていれば」という自身の悔恨がある。



 女子レスリングが五輪種目でなかった時代、1度の遠征で数十万円を持ち出しながらも監督を買って出た硬骨漢。

中学生から幼稚園児まで受け入れる自宅の「教室」からは、2010年アジア大会銀メダルの小田裕之ら有為な若手を何人も世に出した。

それでいて、道場生からの謝礼は一切受け取らなかったという。



 12年9月に吉田がアレクサンドル・カレリン(ロシア)を超える世界大会13連覇を果たした際、栄勝さんは神妙だった。



「カレリンは僕らの時代の偉材。超えたという気分になれない。五輪で4連覇したら(吉田を)すごいと認めてもいい」。



ロンドン五輪で3連覇した吉田に肩車され、しきりに照れていた武骨な父親。

酒が入ると軽妙洒脱(しゃだつ)にレスリングを語った伯楽。

夢は16年リオデジャネイロ五輪、20年東京五輪に続くはずだった。(森田景史)



父と娘の二人三脚でやってきた苦節の練習量に裏づけされたメダルであったわけです。



神が万人に必ず与える「別れ」という試練を、一日も早く乗り越えられることを祈っています。



天国に召された父親も、吉田選手がさらに前進することを一番願っているはずですから。



合掌。



次もスポーツ関連の話題です。



勝ち点剥奪か無観客試合…浦和に厳罰も

デイリースポーツ 3月12日(水)



 サポーターがまた問題を起こしたJ1浦和に対し、Jリーグが最大15点の勝ち点剥奪か無観客試合という史上初の厳罰を検討していることが11日、分かった。

問題視されたのは8日の鳥栖戦(埼玉)で、浦和サポーター席へ入るゲートに「JAPANESE ONLY」の横断幕が掲げられたこと。

Jリーグは浦和に報告を求めているが、Jリーグ規約に差別的行為撲滅が明記されていることに加え、サポーターが過去にトラブルを連発しているのを問題視。

厳罰も視野に入れている。



 「もう、お金(制裁金)で済む問題じゃない」。

サポーターがまたも問題を起こした浦和に対して、Jリーグのある関係者は、制裁金ですまさず、さらに踏み込んだ罰則をクラブに科す考えを示した。



 問題となった鳥栖戦の「JAPANESE ONLY」と書かれた横断幕。

これは、日本人以外お断りと解釈することもできる。Jリーグ規約の第3条4項に差別的行為の撲滅が明記されている。

事態を重く見たJリーグは、すぐに浦和に報告を求めた。

10日は浦和の淵田敬三社長がJリーグを訪れて村井満チェアマンに謝罪し、調査結果の報告もした。

だが、内容が不十分として、村井チェアマンは今週中の再報告を命じている。



 浦和サポーターは過去に再三トラブルを起こしてきたばかりでなく、昨年8月24日のアウェーの清水戦では、浦和サポーターを乗せたバスから、爆竹、発炎筒、ロケット花火などを清水の選手を乗せたバスに投げつける威嚇行為があり、4人の逮捕者が出た。



 昨年の清水戦での騒動では、浦和に制裁金1000万円の処分が下されている。

ただ、このときは浦和の再発防止確約を信じて制裁金にとどめた部分もある。

制裁金以上に重い処分として、最大で15点の勝ち点剥奪か、無観客試合を視野に入れているもようだ。

このような処分が下されれば、史上初となる。



 今週中の浦和の再報告を待った上で、村井チェアマンは来週、裁定委員会を開催し、浦和への処分を決める予定だ。



本来、スポーツとは健全なものであるべきです。



試合が終われば、勝敗に関係なく両雄をたたえあえることが理想です。



今回のような悲しい問題が起こる背景は、サポーターとチームの馴れ合いが原因ではないかと思われます。



チーム運営の成否はサポーターの支持によるという事実は、サポーター達がチームを私物化してしまっても、そのおかしな関係にチーム経営者が異議を唱えられなくなっている状況を生み出してしまっているのではないでしょうか。



本来、チームを陰から応援するというサポーターの役割が、今回のように過剰にしゃしゃり出てくるのも、チーム運営者側がサポーター達を甘やかしすぎた結果だと思えてなりません。



チームのためなら何をやっても許される、という一部のサポーターと、チームのためにやったことだから大目に見よう、というチーム管理者とのズブズブの甘い関係は、反抗期に差し掛かった息子に間違った指導をした親子関係に似てなくもありません。



親として、ここできちんと子供の指導できるかが問われています。



「愛情を持って厳しく」、漠然としていますが、親子関係は友達や仲間ではなく上下関係であるべきです。



当然ながら子供の責任は親の責任でもあるわけですから、今回の件も、チーム運営者も同罪です。



そして今回のペナルティーとして、最大で15点の勝ち点剥奪か、無観客試合が検討されているようですが、個人的にはどちらも反対です。



一挙に15点の剥奪では、その時点でトーナメントの興味がなくなってしまうし、無観客試合では対戦相手にも迷惑を掛けるという点においてです。



そのかわり、これまでの清水戦、鳥栖戦において既に累積イエローカードが2枚あるわけですから、次回また不正をすれば一発退場(その時のトーナメント失格)とすればいいと思います。



ただし、不正は2回までなら許されるという誤った前例を作らない意味においても、罰則規定をきちんと作っておくべきです。



基本的には不正1回につき選手が90分フルに戦い勝ち取れる最大3点を剥奪していけばいいのではと考えます。



一部の跳ね返りサポーターが、選手が苦労して取った3点を一瞬にふいに出来るのですから、良識あるサポーター達自らが規律を正そうとする動きが出てきてもおかしくはありません。



こうした改革は外部から強制されるよりも、内から発生してこない限り劇的な改善は望めないと思います。



浦和サポーターよ、早く目を覚ませ!



では、音楽の時間です。

一発取りです。

さすがプロの仕事です。

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今月はバッテリー不足で悩まされ続けた携帯電話の2年縛りがはずれる月なので、MNP機種変更のためにいろいろと情報を取っています。



ということで、こんな記事も目に付きました。



6カ月間じっくり使ってわかったiPhone 5sの長所と短所

マイナビニュース 3月10日(月)



iPhone 5sが発売されてから早半年が経過した。本稿では、この6カ月間、じっくりと使い込んでわかったiPhone 5sの長所と短所について述べてみたい。



○iPhone 5s、ココが「○」



約半年使って実感するiPhone 5s最大の変化は、やはり指紋認証機能「Touch ID」だ。

ロック解除時にパスコードを入力せずに済む、アプリ購入時にパスワードを入力する手間を省ける、言ってしまえばそれだけのことだが、その2つの処理については作業負荷が大きく変わった。

指紋を登録するときのUIが気が利いているとの評価も高く、その点には同意するものの、どちらが主でどちらが従かは明白だ。



セキュリティという意味でも頼もしい。

4桁のパスコードには、指先をじっと見つめられると見破られかねない危うさが付きまとうが、指紋は現実的に複製が困難。

高解像度で撮影した指先を樹脂を使い再現することも不可能ではないだろうが、ごく普通の生活を送る個人には無縁の話。

パスコード以上の安心感をホームボタンに指を重ねておくだけで実現できる、屋外で紛失した/盗まれたとき中身を見られる可能性がかなり低い、という点だけでも信頼に値する。



●iPhone 5sの長所 その2



もうひとつiPhone 5sならではの機能を挙げるとすれば、64bit CPU/SoC「A7」のコプロセッサ「M7」だろうか。

ここに挙げるべきはA7そのものか、低照度でもより高画質を得られるようになったイメージセンサ(積層型CMOS)か迷ったが、荒天の日以外は5kmランを日課としている筆者にとってメリットがより大きかったのはM7だ。



M7はCPU(A7)の力を借りることなく、加速度センサーやジャイロセンサーといったセンサー類を制御する。

M7はユーザーが使用するアプリの動作とは無関係に歩数や動き方(徒歩/乗り物の違いなど)といったデータを記録し続けるため、アプリ側でセンサー制御を行う必要がないのだ。

このM7をサポートするジョグロガーアプリならば、センサー情報の取得にかかわる電力消費を大幅に削減できるので、電力消費に神経質にならずに済む。



実際、ARGUSというアプリを導入してiPhone 5sを持ち歩いているが(ランのときは家に置き忘れることが多くログは歯抜け状態)、バッテリー消費量に特段の変化は見られない。

M7以前のジョグロガーアプリはセンサー類を制御するためバックグラウンドで動作し続けねばならず、起動から数時間もすると目に見えてバッテリーが減っていたが、iPhone 5sに乗り替えM7対応アプリを使いはじめた途端そのようなことがなくなった。



○iPhone 5s、ココが「△」



半年も使えば、至らないと感じる点や気に入らない点も見えてくる。

デザインの大枠は前モデルを踏襲しているだけに、iPhone 5と重複する部分もあるが、これは改良してほしいという点を列挙してみたい。



まずはLightningコネクタ。

表裏気にせず差し込めることは大きなメリットだが、端子部のホールドが強くないため抜けやすい。

iCloudへのバックアップがサポートされたことが最大の理由だが、PCとの同期/バックアップに使う機会は激減してしまった。

接続規格がUSB 2.0ではなくUSB 3.0になれば、同期/バックアップ用インターフェイスとしての復権もありそうだが……。



●iPhone 5sの改善点 その2



1GBというメモリ容量も気になる。

「A7」はARMv8アーキテクチャをベースとする64bit CPUということで、スマートフォン分野におけるその先見性は評価できるが(32bit CPUのクアッドコア化よりアプローチとしては正しいと思う)、搭載されるDRAMの容量は32bit CPU搭載のiPhone 5と変わらないまま。

64bit CPUネイティブで動作するアプリは、32bitアプリより広いメモリ領域を必要とする傾向があるため、複数のアプリを起動するとメモリ開放の頻度が増す。

1GBというメモリ領域と直接の因果関係があるとは断定できないものの、UI(SpringBoard)の再起動でリンゴマークを見かける機会は確実に増えている。



最大の不満はディスク容量だ。

ここ最近ハイレゾ音源を持ち歩くようになったことが最大の原因だが、筆者が利用しているミニマムの16GBモデルではまったく足りない。

半年前には想定していなかった使い方とはいえ、64GBでも不足しそうなことを考えると、128GBモデルもアリなのでは、という結論に至ってしまう。

動画/静止画の容量増大傾向もあり、大容量への潜在的ニーズは大きいはず。

今後もメモリカードをサポートしないのであれば、次期モデル(iPhone 6?)で是非とも検討してもらいたいところだ。

(海上忍)



現在の私の候補機種は意外にも、iPhone5s(アップル)、 Galaxy Note3(サムスン)、 Nexus5(LG)と軒並み海外メーカーのものです!



次点はガラケー機種の、Xperia Z1(ソニーエリクソン)、Arrows NX(富士通)、Aquos ZETA(シャープ)あたりですが、上の3機種に比べるとエッジがきいていません。(平均点では上位ですが・・・)



そして、こんな情報も!



格安SIMで月額平均2,300円のスマホ代節約、認知度はまだ3割- BIGLOBE調査

マイナビニュース 3月10日(月)



BIGLOBEが10日に公表した月額1,000円以下から利用可能な格安SIMカードに関するアンケート調査の結果によると、格安SIMカードの認知は約3割で、利用者は7%だった。

また、利用者については、スマートフォンの月額料金を平均2300円節約できていることがわかった。

同調査はBIGLOBEの公式Facebookページを通じて実施、7518件の有効回答をまとめたもの。



同調査結果によると、格安SIMの認知度について「知っている」が28.1%、「知らない」が71.9%となった。

また、格安SIMカードの利用者は7%だった。



格安SIMの利用者523人に、格安SIMカードでスマホ利用月額がどの程度節約できたかについて聞いたところ、「4,001円以上」節約できたとする人が最多で14.1%に上った。

利用者の平均では、月額2,300円節約できていることがわかった。

格安SIMの月額利用料については「501円~1,000円」と回答した人が最多で34.4%だった。



また、格安SIMの利用者に月間通信料の制限について聞いたところ、「通信速度は遅いが月間通信容量制限なし」が最多で22.6%、僅差で「1GBまで」が21.6%だった。



格安SIMの利用枚数は「1枚」が最多で69%、「2枚」が18.5%、「3枚」が8.6%だった。

購入先は「Web」が37.8%で最多、ヤマダ電機(17.7%)、ヨドバシカメラ(12.4%)、イオン(10.3%)、ビッグカメラ(8.8%)の順に続いた。



なお、格安SIMの利用端末は「Androidスマートフォン」が最多で43.7%、「iPhone」が18.1%、「Wi-Fiルーター」が14.8%と続いた。

(記事提供:AndroWire編集部)



このあたりになると、ついていけません!



が、総務省が遅いですが、うれしい発表をしました。



スマホ利用料低下促す=接続料下げへ指針改定―総務省

時事通信 3月11日(火)



 総務省は11日、MVNO(仮想移動体通信事業者)が、通信回線を借りた携帯電話会社に払う接続料の低下を促すよう、算定指針を改定した。

MVNOは借りた回線で低価格、多様な通信サービスを提供する業者で、総務省は、新規参入が増えればスマートフォン(多機能携帯電話)の利用料低下などにつながるとみている。

 接続料はデータ通信の総量が増えるほど単価が安くなる仕組みで、スマホ普及で毎年度約3割低下してきた。

各年度の接続料はこれまで、前年度実績を基に算定してきたが、2013年度からは当年度の実績で算定するよう指針を改定した。 



携帯各社が軒並み増益を見込んでいて儲けすぎという批判をかわすためのガス抜きでしょうが、物価がドンドン上がって消費税も上がる状況の中で、数少ない朗報かもしれません。



しかし、家族割りの高ディスカウントは顧客の囲い込み戦略とはいえ、やりすぎでしょう。



その原資が、大多数の個人の利用代金から回されていると思うと、うらやましくもあり、怒りもありという感じでしょうか。



ということで私の契約更新まで、まだあと10日くらい余裕があるので、じっくり検討しま~す。





では、音楽の時間です。

メローな曲の教科書的な曲です。

私の葬儀の時に流して欲しい曲の第一候補です。

And Here You Are / Stuff

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Stuff「My Sweetness」(世界音楽遺産に!)

今日で大惨事から丸3年が経過したことになります。



被害者及び被害地の1日でも早い復興を心から願っています。



元気で頑張りましょう!



さて、



偉大なる発見!からだんだん雲行きが怪しくなってきました。



<STAP細胞>論文の取り下げ提案…「データ再検証必要」

毎日新聞 3月10日(月)



 新たな万能細胞「STAP細胞(刺激惹起<じゃっき>性多能性獲得細胞)」の作製を英科学誌ネイチャーで発表した日米研究チームの一人、若山照彦・山梨大教授が10日、日本人共著者らに対し、論文の取り下げを呼びかけたことを明らかにした。

若山教授は毎日新聞の取材に「研究が信用できなくなってきた。データを再検証して再投稿すべきだ」と説明した。



【「自分がやった実験が何だったのか、分からなくなった」】



 ◇日米研究チームの一人、若山・山梨大教授



 STAP細胞は、理化学研究所の小保方晴子・研究ユニットリーダーらが1月末に作製に成功したと発表したが、インターネットで論文の画像や表記が不適切ではないかとの指摘が相次いだ。

さらに、今月9日には論文中のSTAP細胞の万能性を示す根拠の一つとなった画像と、小保方さんが2011年の博士論文(早稲田大)で使った画像が似ているとの指摘が出た。



 若山教授は、STAP細胞の万能性を証明するマウス実験を担当。

「私が担当した部分は適正に実験したと言い切れる。さまざまな疑問点があり、科学的真実を知りたいと考えた」とコメントし、保管するSTAP細胞の分析を第三者機関に依頼するという。



 STAP細胞は、マウスのリンパ球を弱酸性の溶液に浸すと、体内のあらゆる細胞になれる能力を持つ画期的な成果として、世界の注目を集めた。

一方、「実験を再現できない」との指摘が続き、理研は先月、「結論は揺るがない」としながら調査に乗り出した。

理研広報室は毎日新聞の取材に「調査内容に関わることなのでコメントできない」と話した。【須田桃子、八田浩輔】



あまりにも専門的な話なので、部外者は事の真相がはっきりするまで予断を許さず、軽々しく発言すべきではありません。



ただ、再現できないような実験結果を発表するわけがないし、どうしてこんなになっているのか奇妙な話です。



STAP細胞を使えばおいしい牛肉を簡単に複製できるはず、だったのに・・・



では、本物のお肉の話です。



ダイエット中でも食べてOK!

太らないお肉の食べ方

掲載日:2014/3/7



ダイエット中だからお肉は控えなきゃ…と思っている人は多いのでは?

でも実は、お肉にはダイエットの味方になる栄養素もたくさん含まれているんです!

カロリーは抑えながら美味しく食べる・上手に選ぶ方法を、ダイエット専門院・渋谷DSクリニックのドクターと管理栄養士が伝授します。



ダイエット中のお肉、食べるなら…抑えるべきポイントは3つ!



お肉、食べていいんです!



野菜などヘルシーなものはもちろんダイエットの味方ですが、肉・魚・卵・大豆製品・乳製品などのたんぱく質は、

体の中の血液・筋肉・骨・肌など体を構成する役割をもっていますので、不足すると筋肉が作られなかったり、貧血になったり、肌や髪のパサつきが目立ってくることも。



さらに、赤身肉には脂肪燃焼効果を高める「L-カルニチン」が多く含まれており、部位を選べば、ダイエットに嬉しい栄養素が摂取できるんです!



ちなみにダイエット中の摂取量の目安は、

一食あたり手のひら1個ぶん。

指の部分を除いた、手の平の部分の大きさ・厚さが目安です。



さらに同じ素材でも調理法によってカロリーが変わるので、



◆お肉の種類・部位の選び方



◆調理方法



◆調味料・甘味料



この3点が抑えるべきポイントです!



1.お肉の種類・部位の選び方



★カロリーが低い順は鶏肉・豚肉・牛肉。

 ただし部位によって変動あり!



★牛肉・豚肉は赤身の部位を選ぶ

 →ヒレ肉がおすすめ!脂質の多い部位は避ける。



★鶏肉は皮を取り除く

 →カロリーが低いのはささみ・むね肉。



まずはこの3つが鉄則。



先述のように、赤身肉には脂肪燃焼効果を高めるL-カルニチンが多く含まれるほか、脂質が少ないのでカロリーが比較的少ないのが特徴。



鶏肉は皮がハイカロリーなので、ダイエット中は皮を取り除いて調理する/食べることをおすすめします。



ひき肉も意外と高カロリー!



2.調理法



カロリーは調理法によって大きく変わります。



油を使う「炒める」「揚げる」はカロリーが高くなりがち。

「茹でる、焼く、蒸す、煮る」の調理法を選びましょう。



これは自炊するときだけでなく、外食のメニュー選びでも参考に!



<例>

とんかつ、ホイコーロー、フライドチキン

ではなく…

豚しゃぶ、ステーキ、蒸し鶏などがベター!



脂を落とす調理法を意識しましょう!



3.調味料・甘味料



自炊をする人は調味料にも工夫を。

せっかくカロリーの低いお肉を選んでも、味付けでハイカロリーになっただ台無し!



★砂糖やみりんの使い過ぎに注意

 →言うまでもなく、糖質はなるべく控えましょう



★だしや香味野菜、香辛料の風味、辛味、酸味を利用して

 調味料の使い過ぎを防止

 →風味を増すことで味付けを濃くしない工夫を。



★塩麹や醤油麹を使って、赤身のお肉を柔らかく&旨味もアップ!

 →調味料に塩麹・醤油麹を使えば、脂質の少ないお肉でも旨味が増して、さらにお肉も柔らかくなります!



★砂糖の代わりに、カロリーゼロの甘味料を活用



低脂質なお肉でも満足感のある一品になるよう工夫してみましょう!



私の大好物は、赤身の牛肉のしゃぶしゃぶです。



それから、ヒレカツもいいですね。



焼肉はロースかカルビ。



焼き鳥は塩で。



韓国料理のサンゲタンもいいです。



サーロインステーキのミディアムも外せません。



まあこうしてみると、結局何でもOKのようですね。





では、素敵な音楽の時間です。



職人バンド、スタッフの登場です。



スタッフ(Stuff)は、1970年代後半から1980年代前半にかけて活動した、アメリカのフュージョン・バンドである。



メンバーは、リーダーのゴードン・エドワーズ(Gordon Edwards)(b)、コーネル・デュプリー(Cornell Dupree)(g)、エリック・ゲイル(g)、リチャード・ティー(key)、スティーヴ・ガッド(ds)、クリストファー・パーカー(Chris Parker)(ds)の6人がオリジナル・メンバーで、ドラマーとギタリストが2人ずついるのが特色。



メンバーは皆ニューヨークを中心に活動していた一流のスタジオ・ミュージシャンであり、スーパーグループとして1970年代後半のフュージョン・ブームに乗って、人気を誇った。



彼らの音楽はジャズ、ソウル、ゴスペル、R&Bといった音楽をブレンドした多彩なものであり、フュージョンというジャンルに囚われない魅力がある。

そのプレイは、フュージョン・バンドにありがちな技巧を前面に打ち出したものではなく、どちらかといえば控えめでシンプル、ストレートなサウンドであるが、独特のうねるグルーヴは特筆に価する。



1960年代半ば、ゴードン・エドワーズが結成したセッション・バンド、「エンサイクロペディア・オブ・ソウル」が母体となる。

1970年代に入ると彼らはニューヨークのクラブ、ミケールズ(Mikell's)で演奏を繰り広げ、人気バンドとなる。

またコーネル・デュプリーとリチャード・ティーはサックス奏者キング・カーティスのバンド、ザ・キングピンズとして活動していた。

このクラブに出入りしていた他のメンバーもバンドに参加するなど、メンバーは流動的だったが、1970年代半ばにはメンバーは固定され始めていた。

ドラムのクリス・パーカーは1970年代前半から「エンサイクロペディア・オブ・ソウル」に参加していたが、彼がブレッカー・ブラザーズのツアーで、ゴードンとのライヴに参加できなくなり、クリスがスティーヴ・ガッドを紹介。

クリスの身が空いてからは、コーネル・デュプリーの案でツイン・ドラムの編成となった。



1975年の末頃か1976年初頭にジョー・コッカーのアルバム制作にクリス・パーカーを除くメンバーが起用されており、アルバム「Stingray」にはほぼ方向性を定めたスタッフの演奏を聴くことが出来る。

同年8月、スイスのモントルー・ジャズ・フェスティヴァル(Montreux Jazz Festival)に出演。

この様子は日本のラジオでも放送され話題を呼ぶ。

尚このライヴは2007年にCD化とDVD化された。

同年、トミー・リピューマとハーブ・ロヴェルをプロデューサーに迎え、ワーナー・ブラザーズ・レコードよりレコード・デビューする。

時代はフュージョン・ブームの真っ只中であり、「ファースト・アルバム」は先に放送されたライヴの評判もあいまって、日本国内ではそれなりのヒットとなった。

しかしアメリカ本国やヨーロッパでは、不発に終わってしまった。



1977年にヴァン・マッコイとチャーリー・チップス、スタッフのプロデュースでMore Stuffを、1978年にスティーヴ・クロッパーのプロデュースでStuff Itをリリースした。



1978年に行われた、東京郵便貯金ホールでのライブは、Live Stuffとしてアルバム化された。

なお、クリス・パーカーは急病の為、このライヴに参加できなかった。

このアルバムは、ウーンデッド・バード・レコードがワーナーから権利を買い取り、2008年に再発される。



1980年には彼等の拠点であるミケールズでのライヴ・アルバムLive in New Yorkが発売される。



その後は、各メンバーがソロ活動などで多忙になったため、自然消滅的に解散する。



解散後



その後、メンバーのスティーブ・ガッドを中心にコーネル・デュプリー、リチャード・ティーらにより、ガッド・ギャングが結成された。



1993年にリチャード・ティーが前立腺癌の為、死去。

ゴードンは追悼の意も込めて、バンドを再結成、ジェイムス・アレン・スミスをキーボーディストとして迎え、Made in Americaを収録する。

翌1994年にエリック・ゲイルが肺ガンの為、死去。

ゴードンはバンド名をスタッフ2に替え、ライヴを中心に活動し続ける。

2001年にスタッフ名義でNowをリリースした。

2011年にはコーネル・デュプリーが肺気腫のため死去。

(ウイッキペディア)



センスあふれる音楽でしたが、欧米ではヒットしなかったのですね。

日本ではかなり騒がれていました。

そしてこの曲はラジオ番組でテーマ曲に使われてましたよね。

Stuff - My Sweetness

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Genesis「I Know What I Like」(世界音楽遺産に!)

確かにスーパーのチラシは魔物です。



実は効果薄のNG節約法5つ「1駅分歩く」「スーパーの値引品を買う」

2014/3/7 - All About



効果が薄い節約をしても心身が疲れるだけで、貯蓄にはつながりません



 「節約を頑張っているのに、なかなか貯まらない」という人は、そもそも節約するポイントがズレている可能性があります。

以下、取材を通じてわかった、代表的な5つの「効果薄」なNG節約法を挙げました。

自分が違う方向で頑張っていないか、ぜひチェックしてみてください。



■NG節約法1「バスや電車は2、3駅手前で降りて歩いています」



 交通費節約のために、「バスや電車で2、3駅手前で歩いているんです」と話す人も多いのですが、2、3駅程度であれば、差額は20円~100円程度。

それで、足が疲れたり、大事な靴が傷んでしまったり、喉が渇いたりしてカフェに入ったり飲み物を買ったりしていませんか?

そうなると、節約面では逆効果です。



 もちろん、運動が目的ということであればOKですので、「目的を何にするか」ということを今一度考えてみましょう。



■NG節約法2「スーパーの割引品を見たらすかさず買っています」



 夜の時間帯になると、スーパーのお惣菜やお肉、野菜などに、30%オフや半額などの割引シールが貼られる場合が多いですよね。

安さにつられて、ついついあれもこれもと買っていませんか?



 そもそも割引される商品は賞味期限・消費期限が間近に迫っているものがほとんど。

たくさん買いすぎると、期日までに食べきれない場合があります。

「捨ててしまうともったいない」と、消費期限が切れた後、おそるおそる食べている人もいるかもしれません(万が一食中毒になったら大変です)。



 安いからといって買いすぎると、節約と逆効果なので気をつけたいですね。



■NG節約法3「クーラー代がもったいないので、カフェに通っています」



 クーラーをつけると、電気代がかかります。

「だったら、自宅でクーラーをかけずに、カフェに避難しよう」とカフェに行く人がいるのですが、それは得策ではないかも。



 たとえば、冷房時の消費電力が、1時間あたり455ワットだとすると、5時間つけた場合は、1kWh=25円で計算すると、455ワット×5時間×25円÷1000=約57円です(使用するエアコン、電力会社などによって異なります)。



 カフェで550円のアイスカフェラテを頼んで5時間ねばったとしたら(ちょっとねばりすぎですが……)、どちらがお得かはわかりますよね。



 もちろん、節電は大切ですし、読書や勉強をするときに、自宅よりもカフェの方がはかどるならいい活用法です。

カフェに行く意味を考えてから行動するようにしましょう。



■NG節約法4「金券ショップに行くと、安くてワクワクするんですよね」



 テーマパークのチケットや映画観賞券、交通系の乗車券などが割安で買えるのが、金券ショップ。

特に、期限切れ間近のチケットが、格安で入手できるのが魅力です。



 ところが、「このテーマパーク、ちょっと興味ある。来週日曜までだったらきっと行くはず」と購入してみたものの、別の予定が入って行けなくなり、結局無駄になってしまう場合があるのです。



 期限があるものは、本当に期限までに使えるかをよく吟味しましょう。

いくら安くても、実際に使えなかったら無駄になってしまいます。



■NG節約法5「ガソリンは1円でも安いところを探します」



 ガソリン代が高騰していますので、1リットルあたりの値段は気になりますよね。

「1円でも安いところに入れたい」と多くの人が思うはずです。

ところが、1円安く入れるために、わざわざ遠回りした場合は、本当にお得になるのでしょうか。



 1回の給油で30リットル入れるとすると、1円安ければ、1円×30リットル=30円のお得です。

仮に1リットル10キロ走る車だとして、1リットルのガソリン代が159円(2月24日時点でのレギュラーガソリン1リットル当たりの東京の店頭価格)の場合、わざわざ5キロ遠くのガソリンスタンドに行くと、約80円のガソリン代を使うわけです。

さて、お得になっているでしょうか?



 ここまでするとあまりにも細かい計算ですが、ガソリン代が高騰しているとはいえ、1リットルあたりの1円、2円の差は、それほど大きくないことがわかると思います。



 いかがでしたでしたか?

「なかなか貯まらない」という人は、上記5つのNG節約法をうっかりやっていないか、確認してみましょう。

節約にかける労力は、なるべく少なくしたいもの。

「効果のある節約かどうか」を、よくチェックしてみてくださいね。

文・西山 美紀(All About 貯蓄)



手間隙掛けるだけのメリットがあるのかどうか、微妙ですね。



ただ、以下のような反論もできます。



1.「バスや電車は2、3駅手前で降りて歩いています」



これは、記事にも触れられていますが、運動効果があるためジムに通う費用がうきます。



2.「スーパーの割引品を見たらすかさず買っています」



自己満足ですが、数量限定の特売品が買えたという達成感は、精神衛生上も侮れません。



幸せホルモン(?)が出ているはずです。



3.「クーラー代がもったいないので、カフェに通っています」



これも触れられていますが、公共の場だとダラダラできないという効果があります。



家にいるとついついのんびりしすぎるため、気分転換にももってこいです。



逆に、風邪をうつされたり事故にあったりなどの有難くないこともあるので、注意!



4.「金券ショップに行くと、安くてワクワクするんですよね」



金券ショップにでまわるものは、若干のタイムラグはあるものの流行りモノ(映画やコンサート)であったり、需要があるもの(時間が経っても使えるデパートの金券や図書カード)が多いため、安上がりに世の中のトレンドを知る上にはもってこいです。



映画チケットなど買っても使わないのでは問題ですが、買わなければ行こうともしないのなら、行く動機付けに買うのはアリだと思います。



意志あるところに道が開ける、はずです。



5.「ガソリンは1円でも安いところを探します」



最近は最安値のスタンドを探すことも可能ですので、計画的に給油する習慣を付けておけば、近くに立ち寄った際についでに給油することも可能です。



安く買える場所を知っているかどうかが勝負であり、問題なのです。



ちりも積もれば山となる、数円の差も長い目で見れば馬鹿にならない、かもよ!?



では、こんな話題はいかがでしょう。



数学は実生活で役立つのか

2014/3/7 - 教えて!ウォッチャー



学校で学んだ事柄が後々の仕事に役立ったなどという話は、よくあるケースですが、学んでいる最中はなかなか気づかないものです。

子どもから「数学ってなんの役に立つの?」と聞かれて、数学が苦手だった親はどう答えていいものか…。

そんなときに使える、説得力のある答えを、教えて!gooで見つけてきました。



「皆さんの数学力は?活用してますか?」



■方程式で求める「お酒の割り方」



「焼酎を炭酸水やジュースで割って飲む際に、25度の焼酎を割って、8%のアルコール飲料500mlを作るには、焼酎と割る炭酸水等をそれぞれ何mlにすればいいか?」(Mirindafantaさん)



まずは、中学生レベルの数学を実生活に活用する事例。

お酒を好みの強さに割るために、方程式が役立ちます。

この回答に対する質問者さんの返答では「焼酎の量をXとしてアルコールの量で式を作ると、25/100×X=8/100×500で、これを解くと焼酎は160ml、炭酸水は500-160で340mlですね!」と答えを出してくれていました。



■三辺の長さから面積を求める「ヘロンの公式」で田んぼの面積を算出



「田んぼの面積が不明で、長い巻尺1つで測量する必要がありました。

角が直角の田んぼなら簡単なのですがそうはいきませんでした。

そこで、田んぼを複数の形の異なる三角形の集合体と考えました(例えば四角形なら、対角線で分断した2つの三角形で出来ていると考える)。

そこでヘロンの公式があったのを思いだし、忘れていたのでネットで調べて、計算に利用しました」(TXV12003さん)



続いて、高校数学レベルの公式を実生活に役立てた事例を。

「ヘロンの公式」とは、三角形の三辺の長さから、面積を求める公式。

「S = √{s(s-a)(s-b)(s-c)}」というやつですね。

これを使えば、田んぼの面積だって巻尺で求められる!



■翻訳にだって数学は必要に!



「仕事は技術翻訳ですが、企業の発明品の、海外特許取得のための英文を作成するので、あらゆる技術分野を扱っていて、当然数学、物理もからみます。

今日も、電気容量、共振、周波数などを含む複雑な数式に基づく発明についての文書を英訳していたのですが、一応発明の原理を理解した上で、ちゃんと専門家や特許庁の審査官から見て理論的な英文を作成しなきゃいけないから、数学苦手な私は大変です」(haiji1996さん)



「文系だから関係ないよ」という返しには、こちらの回答が役立ちそうです。

翻訳の仕事でも、数学の専門知識が求められることも。

ライターの分野でも、工業技術等に関する専門的な執筆を行う「テクニカルライター」と呼ばれる人がいまして、数学は基本知識となることが多いですね。

数学の授業が役立つのは、いわゆる理系の職業だけではないのです。



皆さんの実生活の中で、数学が役立ったという話がありましたら、ぜひ教えてください!

常山剛(Go Tsuneyama) 



高校の数学はひたすら数式を覚えるので、具体的に日常生活の中でどのように応用していいのかわからないことがあります。



もっと身近な学問にするためにも、小学校で習った算数のように、「太郎君は500円持って果物屋に買い物にでかけましたが、リンゴは150円、ももは200円、パイナップルは250円でした。買い物のおつりは50円でしたが、さて太郎君は何を買ったのでしょうか?」とかいう具体的な問題に変換させるべきですね。



そしたら、もっと数学が好きになったのに・・・なんちゃって。



では、数学好きでない人も楽しい音楽の時間です。

ライブバンドとしての評価も高いジェネシス。

フィル・コリンズもさすがのドラミングを見せています。

そして、メドレー後半のタイトル曲は、かつてピ-ター・ガブリエルのボーカル曲ですが、この曲もフィルが歌いたくてしょうがなかった名曲だったようです。

この辺のライブがフィル現役最後の映像でしょうか。

Genesis - Firth Of Fifth, I Know What I Like

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Genesis「The Carpet Crawlers」(世界音楽遺産に!)

まずは、この記事から。



「将棋界の一番長い日」は終局時間が翌日の午前二時という本当に長い一日でした。



死闘271手、「将棋界の一番長い日」 終局でも動けず

2014年3月8日



 7日朝に始まった第72期将棋名人戦・A級順位戦(朝日新聞社、毎日新聞社主催)の最終9回戦の一斉対局で、三浦弘行九段(40)が対局開始から17時間後の8日午前2時、271手で久保利明九段(38)に勝った。

ここ四半世紀のA級で最長手数となる死闘だった。



 A級順位戦はトップ棋士10人のリーグ戦。

優勝者は森内俊之名人に挑戦し、下位2人がB級1組へ降級する。

特に5局一斉に対局する最終戦は、その重みから長く熱い戦いになることも多く、「将棋界の一番長い日」と呼ばれてきた。



 今期は8回戦までに羽生善治三冠の名人挑戦と谷川浩司九段の降級が決まり、焦点はもう1人の降級者に絞られていた。

残留を争っていたのは三浦九段、久保九段を含む4人。

いずれも9回戦で勝てば自力で残留

▽三浦九段と久保九段は直接対決

▽他の2人がともに勝てば、直接対決に敗れた方が降級

▽5局の対局室は別で、他の対局結果は知らされない――。

そんな状況の中、2人は自分が勝つことだけに集中した。



 午後9時前、この日の対局に敗れた屋敷伸之九段の降級と、三浦九段、久保九段のA級残留が決まった。

しかし2人はその事実を知らない。

三浦九段は優勢だったが終盤で決め手を逃し、大混戦に。

久保九段も粘りに粘った。

一手1分未満で指さねばならない秒読みが100手以上続き、終わってみれば271手。

通常の2局分を大きく上回る超長手数となった。



 戦い終えた2人は10分ほど身動きせず、盤上を見つめたまま。

久保九段は

「他の対局のことは考えず、負けたら降級するものと思って指していた。

『あきらめたら終わり』と自分に言い聞かせていた」

と話した。



 三浦九段は

「この一局に集中しようと決めていた。

優勢になってから差を詰められ、流れが悪くなったので『この将棋を負けるようでは、残留は難しい』と思いながら指していた」

と明かし、「疲れたという感覚さえない」と付け加えた。



 控室のモニターで対局を見ていた森内名人は

「すごい将棋。ほかに言い表しようがない」

とつぶやいた。(深松真司、佐藤圭司)



将棋名人位を掛けて争うA級順位戦は4月から3月をサイクルに1年掛けて対戦します。



例年、最終局にはドラマが生まれ、特に注目度の高い一日です。



今回生まれた長手数の将棋は、他の対局者の勝敗次第ではお互いに降級(B1クラス)がかかった一番でした。



結局は、今年の電王戦(プロ棋士対コンピュータ)に出場が決まっている屋敷9段と連盟会長でA級連続32期という名棋士谷川の2名が涙を飲むことになりました。



そしてまた、電王戦の第1局が3月15日に開始されます。



当日の観戦チケットが当たりましたので、レポート乞うご期待!



では、次の話題です。



この内容は、先日放送された「ガイアの夜明け」でやってましたね。



回転ずし 

円安で「1皿100円」に限界見え「豚丼」まで登場

NEWS ポストセブン 3月7日(金)



 高級素材のイベリコ豚を豪快にのせた丼が400円、同じくイベリコ豚入りでダシに深みを加えるとんこつラーメンは数量限定で360円也――。

これは何も焼肉チェーンのメニューではない。

3月7日から回転ずし店「くら寿司」で出されるイチオシのサイドメニューだ。



 くら寿司はコンビニで人気の煎れたてコーヒーを150円で始めるなど、1皿100円の寿司ネタより少しでも高価格帯のサイドメニューを充実させ、業績を伸ばしている。

同店をチェーン展開するくらコーポレーションの2013年11月~2014年1月期の連結決算は、客単価がアップしたおかげで純利益は前年同期比で21%も増えた。



「もはや本業の寿司も100円均一だけでは商売にならなくなっている」と話すのは、外食ジャーナリストの中村芳平氏である。



「業界トップで全皿一律105円が売りだった『スシロー』でも昨年4月から高級ネタを1皿189円で販売する<スシローの吟味ネタ>を始めましたし、『元気寿司』系の『魚べい』も178円メニューを投入しています。

シニア層をはじめ、景気回復基調によって少し値段は高くてもおいしい寿司が食べたいというグルメ志向が高まっているのです」(中村氏)



 それだけではない。寿司チェーンにとっては“高級”と謳わざるを得ない懐事情もある。



「100円で売る寿司ネタのほとんどは海外からの輸入で、昨今の円安によって原材料高に苦しめられている。

そのうえ、昨年暮れに襲ったタイのバナメイエビ騒動によって、一時は看板からエビの文字を外そうかと思うほど値段が高騰して大変だった。

エビに限らず高い仕入れの魚はそれなりの値段をつけないとやっていけない」(大手回転ずしチェーン幹部)



 いまだに全皿105円均一、ときにキャンペーンで「中トロ」なども同じ値段で提供する業界2位の『かっぱ寿司』は、やはり我慢の経営を強いられている。

2期連続の赤字は必至で、「すべてのメニューの品質を見直す」(カッパ・クリエイトホールデイングス関係者)方針だという。



 もっとも、かっぱ寿司は今年中に前出の元気寿司との経営統合を果たし、スシローを抜いて一気に業界トップの規模に躍り出ることになりそうだが、先々の雲行きはどうも怪しい。



「かつてスシローやかっぱ寿司を買収しようと目論んで株式取得していたゼンショーホールディングスが、回転ずし店の経営に本気になっています。

ゼンショーといえば牛丼チェーンの『すき家』が有名ですが、最近も公募増資で手に入れる予定の資金を傘下の『はま寿司』の出店拡大にあてると発表したばかり。

業界の“台風の目”になっています」(前出・中村氏)



 確かに、はま寿司はゼンショーという強大な資本力をバックに、全メニュー1皿105円、平日は1皿90円という安さを保ったまま業績を伸ばしている。

今後も他の大手チェーンを尻目に価格競争力を維持できれば、業界の勢力図はさらに入れ替わる可能性がある。



 低価格路線を維持するか、高級ネタで勝負するのか、はたまたラーメンやデザートなどサイドメニューで客を引き付けるのか。



「あまりにも無節操なサイドメニューを増やせば店のオペレーションが崩れて従業員(職人)の質が落ちるでしょう。かといって国内で獲れた魚をたくさん仕入れて高価格にしすぎれば、『すしざんまい』のような回転レーンのない寿司チェーンともガチンコ勝負になって圧倒的に分が悪いといえます」(中村氏)



 市場調査会社の富士経済によれば、回転ずしの市場規模は年々増え続けて5036億円(2013年見込み)ある。外食業界の中では今のところ好調をキープしているが、今年は消費増税も控えている。

大手チェーンはしばらく難しい経営判断を迫られることになるだろう。



番組では、くら寿司が買収したかっぱ寿司の再生てこ入れをドキュメントでやっていましたが、ポイントはネタの鮮度と客を飽きさせない工夫(品揃え、遊び、商品提供のスピードなど)という基本的な問題に集約されたようですが、売上低迷に悩んでいたかっぱ寿司の経営者や従業員は買収されるまで何も気づかなかったのでしょうか、ねえ?



では、もう1つはお得な話題。



R×R登山用品なら1泊2日で6000円!

体験型も。おためしサービス拡大中

2014.03.06



大きな買い物や、高価なサービスについてまわるのが「失敗したらどうしよう」という不安。

こればかりはいくら口コミを集めても、“おためし”してみないことには解消されません。

そんなニーズに応えてか近年増えているのが、無料あるいは低価格で商品のレンタルや体験ができる「おためしサービス」です。



特に充実しているジャンルは『おかりなレンタル』『DMMいろいろレンタル』などの家電・生活雑貨のレンタル。

ロボット掃除機『ルンバ』や油を使わない調理器『ノンフライヤー』など話題の家電の使い心地が確認できるほか、空気清浄器やスーツケースなど短期間だけ必要なモノを借りる際にも便利です。



一方で、数は少ないものの注目なのがスポーツ用品のおためしサービス。

新横浜公園内のスポーツ施設『XSPOT』ではシューズをはじめ最新のスポーツギアを無料で体験することができます。

また、靴・ザック・雨具の基本3点だけでも10万円を超える登山用品のレンタルは初心者に嬉しいサービス。

昨年オープンした『石井スポーツレンタル山専』なら3点セットが送料込み1泊2日6000円です。



一方、モノではなくサービスのおためしを提供するのが『トラコレ』。

これは利用1回に限り最大100%オフ、つまり無料で美容室やエステが利用できる会員制サービス。

プランは女性向けが多いものの、マッサージやデンタルエステ、飲食店、語学学習などは男性でも利用できます。

こうしたサービスは相性もあるので気楽に試せるのは嬉しいですね。



「特別体験価格をご提供する代わりに、利用後にはアンケートの回答をお願いしています。

いただいたご意見ご感想が、ユーザー間の口コミとして、また店舗側のサービス向上の参考としてとても役立つんです」(シンクスマイル・鈴木章子さん)



企業側にもメリットが大きい、おためしサービス。

家や自動車など「本当に失敗したくない」ものに広がるといいですね。

(熊山 准)



記事中にあるように、このおためしサービスが企業側にそれほどメリットがあるようには思えません。



最近の消費者は、グルーポンやポンパレなどの集団割引サービスの成立している背景を知っていて、店側にとってもとても厳しい状況です。



つまり、こうした割引サービスを利用する店の特徴は、新規開店での広告効果か閑古鳥が鳴いている店舗の活性化ということで、簡単に言えばほうって置いても客が入る繁盛店ではない(もしくは立地が悪く認知されづらい)などの既に何らかのハンディを抱えている店だということです。



経営者にとって見れば、従業員や設備を遊ばせるよりも、採算ギリギリでも稼動させたほうがマシ、ということですが、一度下げた価格を戻すのは至難の業です。



ただ例外もあり、語学学校などの継続して通わないと身につかないような業種のものは、一回無料にしたからといって痛くもかゆくもなく(実際、初回の見学無料などの店舗も多い)、先生や授業の進め方を確認できるという点で効果的なPR戦略です。



おそらく利用した店舗の先々で、継続来店を勧められるでしょうが、毎回断る鉄の心臓をもっていないと逆に出費はかさみそうです。



ということで、きっぱりと断る自信のある人や本当に購入意欲のある人には便利なシステムですので、活用しない手はありませんね。



では、断る必要ない音楽の時間です。

この曲が入っているアルバム「幻惑のブロードウェイ」は聞くたびに発見があります。

文句なしの名曲です。

原曲はピーター・ガブリエルがリードボーカルでしたが、彼が脱退した後フィル・コリンズが一番歌いたかった曲でした。

Genesis - the Carpet Crawlers

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Genesis「Afterglow」(世界音楽遺産に!)

マスコミで使ってはいけない言葉があるのを知っていますか?



いわゆる、「放送禁止用語」ですが正確には自主規制なんです・・・



放送禁止用語(ほうそうきんしようご)は、テレビやラジオといったマスメディアにおいて、何らかの理由によりその放送における使用が禁止されている言葉のこと。

今日の日本には放送禁止用語は正しくは存在せず自主規制のみである。



国により差異はあるが、各国の電波法に定めるものの他、言論・表現の自由が認められている国であれば、おおむね「公序良俗」に反する、すなわち、差別的あるいは侮蔑的、卑猥、犯罪を肯定しこれを模倣・助長させる意味などをもつ言葉などで、放送の中立性・健全性を阻害する、もしくはその恐れのあるものについて、「放送に用いるのに不適切な言葉」として規制の対象とし、放送に用いない、あるいは放送に用いることに一定の制限を設けるものとしている。



しかし、その「判断」と「規制」を行う主体はまちまちで、それぞれの国の歴史的経緯などが反映され、国家として法令に「放送禁止用語」を定めている国もあれば、まったく自主的なものとしている国もある。

なお、国家により、言論、表現の自由が認められていない、あるいは制限を課されている国においては公権力による明確な放送禁止用語が存在する。

太平洋戦争前・戦争中の日本もそうであった。



戦後、日本では、戦前・戦中の放送の国家統制の結果の反省の上に立ち、放送の社会的責任、使命を自覚してそれを遂行することは放送に対する国民の信頼を保持し、公権力の介入を排除して放送事業者の表現の自由を確保し、放送の自主性を貫くためにきわめて重要なことであるとされ、放送事業者は放送法の定めるところに従い、それぞれ、放送番組の憲法ともいうべき、番組基準(放送基準)(俗にこれを放送コードと呼ぶ)を定め、各放送事業者の自己責任においてこれを運用する。

この番組基準の下に、「放送に用いるのに不適切な言葉」は取り扱われる。

すなわちその判断は、放送局が自ら行い、自ら規制し、中立で健全な放送を維持するものであり、したがって、日本の放送において、放送禁止用語というものは存在せず、あくまでも番組基準の「解釈」の中に存在するものである。つまり、第三者によって「禁止」されるものではなく、放送局及び制作担当者の現場判断で放送に用いるか、あるいは「自粛」するかを決めるもの、すなわち自主規制するものであることから、「放送自粛用語」、さらに、放送コードに引っかかる(抵触する)言葉などともいう。



従来、日本放送協会(NHK)では禁止という言葉を避け「放送問題用語」としていたが、後述の理由により、概ね2008年以降、正式には廃止されたものとなっている。



日本の場合には「自主規制」であることから、第三者により規定された「放送禁止用語リスト」というものはなく、テレビ・ラジオ業界ともに、それぞれの番組基準の解釈と、世論動向や番組の種類(教養、娯楽などの分類)、時間帯による視聴者、聴取者層の変化などの要素を加えて判断していることが多い。

このため、例えば、放送するのに注意を要する言葉、あるいは表現を含んだものについては、時間帯・番組ジャンルなどによって視聴者、聴取者の年齢層などが異なることを考慮し、いわゆるゴールデンタイムでは駄目でも深夜帯では許されるものなどがある。



なお、言葉に限らず、「表現」、すなわち、ひとつひとつの言葉は不適切なものではないが、これを組み合わせた「内容」が不適切なものとなるようなコメント、歌や映像なども規制の対象となる。過去、日本には「要注意歌謡曲」なるものが存在したが、今日では廃止されている。

その他、番組の内容上、必要のない個人や団体の情報を含むもの、意匠、商標などが各国の法の範囲にしたがって規制の対象となる。



民間放送局(民放)の広告放送(CM=コマーシャルメッセージ)については具体的な根拠法がいくつもあることから、表現を含めたより多くの具体的な規制があり、おおむね各国で「事前考査」を経て放送される。

金融関係、煙草、医薬品、医薬部外品、いわゆる健康食品などがその代表例である。

なお、ドイツではナチズムのプロパガンダ及びこれに類する行為が、ドイツ国内の刑法により禁じられていることから、処罰の対象となる正式な「放送禁止用語」や「放送禁止表現」が存在する。



抱える問題



そもそも、人の思想・思考による言論、表現とはある特定の目標、目的を持っているものであり、厳密な中立性などを保つことは困難、ゆえに、思想・思考、言論、表現の自由は保障されなければならないのである。



しかしながら、「社会」を持つ人は、ゆえに、時として利害関係を生じることになる。

ここには「自由」と「責任」の関係が成立する。

特に、大衆を対象とする放送で、安易に全てをありのまま自由に表現することは、言論、表現の自由が保障されていれば、なおさら、容易に、当事者間、第三者間での利害関係を生みやすく、好ましくないというのは国際的にほぼ共通した認識である。

このことから、「放送の責任」としての言論、表現の規制が各国で行われる。



ところが、この「放送の責任」について、例えば、日本と欧米を中心とした諸外国とでは大きな違いがある。

すなわち、日本では今日に至るも、不適切な言葉や表現の放送について放送局の直接責任が問われる傾向があるのに対し、欧米を中心とした諸外国では「発言者の自由と責任」についての大衆の権利意識が高く、今日、不適切な言葉や表現を用いる発言者に直接責任を問う風潮が定着してきており、放送局に対しては、不適切な発言や表現をする者や、不適切な言葉や表現を含む番組素材を必要もなく安易に放送に使うことについての責任を問われる傾向にある。



このため、欧米を中心とした諸外国では、内容を第一とすることが放送局の責任であるとされることから、放送局自らが多くの言葉について細かく規制することはなくなっているのに対し、日本では、建前上は内容第一であるが、第二次世界大戦後、すなわち民衆による「フリー放送」の開始より半世紀を過ぎてもなお、言葉や表現の規制は放送局の責任範囲にあるものとされることから、多くの言葉や表現に細かく規制を加え、ついにはその言葉や表現の存在自体を「なかったこと」にするという方向に定まりつつある。



これは日米の報道判例にもよく表れており、日本では1965年の「博多駅テレビフィルム提出命令事件」において「利益衡量」基準(表現を認めた場合と規制した場合とのそれぞれの社会的利益を比較衡量して判断するもの)が用いられ、以降も同じ手法をとっているのに対し、米国では理論化された「明白かつ現在の危険」基準(表現行為が重大な害悪を発生させ、明白かつ現在の危険をもたらさない限り表現の規制を認めないとするもの)がしばしば用いられている。



つまり、米国などと異なり、日本の放送では、その放送内容が他の人権などと衝突して法廷闘争に至ると、勝訴の見込みはまずないことから、日本の放送において放送禁止用語というものは存在しないのにもかかわらず存在するという矛盾した実態となっている。

事実、上述の博多駅テレビフィルム提出命令事件以降の日本の法廷闘争で、放送局が提訴され勝訴した例はない。

また逆に、政見放送削除事件ではNHKが勝訴する結果となっている。

(ウイッキペディア)



ながながと解説しましたが、「公序良俗」に反する差別的あるいは侮蔑的、卑猥、犯罪を肯定しこれを模倣・助長させる意味などをもつ言葉はできるだけ使用しないように、ということです。



しかし柏通り魔の犯人を呼ぶには差別用語を使わざるを得ません。



「きちがい」、「人間のくず」、それ以外に彼を表現する適切な言葉が見つかりません。



柏市通り魔容疑者、謎の生活実態 

自称「セレブニート」?だけど「生活保護受給」供述も

J-CASTニュース 3月6日(木)



 千葉・柏市の通り魔事件で逮捕された、自称無職の竹井聖寿容疑者(24)本人のものではないかとみられるインターネット上のプロフィールが発見され、騒ぎになっている。



 かなり長文のプロフィールの中で最も注目されているキーワードの1つが「セレブニート」というものだ。

働いていないが十分生きていける環境にいるというのだが、警察の聴取に対しては「生活保護を受給していた」と供述するなど、生活実態に不可解な点が目立つ。



■「父が一級建築士、祖父が豊富に土地を所有」という記述も



  「千葉の通り魔殺人の犯人、じょあくかもしれん」



 竹井容疑者のプロフィールが発見されたきっかけは、逮捕前後の2014年3月5日夜に投稿されたこんなツイートだった。

このユーザーはネット上で竹井容疑者と交流があったらしい。



 これを目にしたネットユーザーらが、ニコニコ生放送にある「除悪」という名前のユーザーのプロフィールを発見した。

かなりの長文で、「サカキバラ(神戸連続児童殺傷事件の犯人)を尊敬」「動物を殺した」など、残虐性がうかがえる記述が目立つ。



 TBSが3月6日、竹井容疑者とチャット仲間だったという複数人に取材した模様を放送したのだが、チャット仲間が提供した竹井容疑者の写真とプロフィールに掲載された写真がよく似ている。

さらに、仲間の「酒鬼薔薇のことは崇拝してました」「ハムスターを殺したのを映像公開して、残虐なことをして楽しんでいる様子だった」というコメントとプロフィールの記述も一致している。



 本当かどうか分からないが、プロフィールの中には、「私は現在、24才のセレブニートであります」という記述もある。

父が不動産関係の仕事をしている一級建築士で、祖父が所有する土地も豊富にあるので、「働かずに生きていける環境は常に整ってはいます」と書いている。



 日本テレビが14年3月6日、竹井容疑者を客として乗せたことがあるというタクシー運転手の話を報じているが、「歩いていける距離の店をタクシーで買い物をして回っていた」という。

この報道からも、竹井容疑者が無職ながら豪勢な暮らしをしていたように感じられる。



 警察の調べに対し、犯行の動機について「金を取るためにやった」、どのようにして生計を立てていたかについては「親からの仕送りや生活保護」と供述していると報じられている。



 また、TBSが紹介したチャット仲間の話では「金に困っているようだった」「チャット仲間からも借金していた」ということも明かされた。



 プロフィールと警察への供述、タクシー運転手の話とチャット仲間の話――あらゆる点で食い違いがみられる。

竹井容疑者は事件後、マスコミの取材に何度も積極的に応じていたが、その際も、取材のたびに発言がかなり違っており、いったいどの話が真実なのか、容疑者に関する謎は深まるばかりだ。



 ちなみに柏市役所に生活保護のことを尋ねてみたが、「答えられない」ということだった。



おそらく犯人は精神異常者でさらに多重人格者なのでしょう。



もちろん、人間には生きる権利があります。



どんな悪人でも、他人に迷惑を掛けなければその存在は社会的に許容されます。



前科のある人でも、その罪を悔い改めて更生している限り社会は受け入れます。



ただ、他人に危害を与えたり、人を殺したりした人は、同等またはそれ以上の罰を受けて償うべきです。



そうした覚悟も責任能力もない人が、一人前に「人権」を盾にしてはいけません。



起こしてしまった罪を償える唯一の方法は、自分の命と体でしかありません。



それにしても、生活保護支給の基準が相変わらず甘いですね。(まだ支給を受けていたかどうかは不明の様です)



お笑い芸人の河本の場合もそうでしたが、十分援助できる人がいるのに、いわれるまま支給してしまうお役所仕事がある一方で、本当に必要な人に支給せず餓死させてしまった例もあります。



昔なら、生活保護なんて世間体が悪いという見栄とプライドで何とかやりくりして意地でも申請しなかった人が多かったのに、最近ではとりあえず「もらい得」のような感じになっています。



個人の尊厳と最低限のモラルがなくなったようですので、生活保護の審査は全国統一の公平な基準を設け、誰もが納得できる仕組みとすべきです。



それにしても、犯人の生活保護に関する柏市のノーコメントはなぜなのでしょうか?



柏市の市民の税金と地方交付金で運営されている以上、国民の知る権利を拒否できる理由があるのでしょうか?



プライバシーの問題なら、殺人を犯した時点で、既に公人です。



まだ容疑者段階だから、ということですか?



それなら、殺された人の顔写真や名前や年齢や職業がすぐさま流れるのは故人のプライバシー侵害にはならないのでしょうか?



被害者に厳しく、加害者に優しいこの国の司法制度のアンバランスさはやはり是正すべきです。



では、音楽の時間です。

この美メロに涙してください!

Genesis - Afterglow

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Genesis「Your Own Special Way」(世界音楽遺産に!)

どさくさにまぎれて(?)、まるで火事場の泥棒みたいな連中ですね。



ばれなければ許される、と思っている厚顔無恥な輩(やから)です。



日本郵政の坂篤郎前社長が同社の顧問に就任していたことが4日、明らかになった。



 これに関連し、菅官房長官は同日の記者会見で

「監督官庁(の総務省)も知らないところで復帰し、報酬も支払われていた。あぜんとした」

と述べ、同社の対応を厳しく批判した。

「(株式)上場に向けて経営効率を高める努力が必要な中、報酬を支払うのは国民から理解されない」

とも語り、総務省が何らかの措置を行うことを明らかにした。



 坂氏は財務省出身で、第2次安倍内閣発足直前の2012年12月に同社社長に就任したが、菅氏が「財務省によるたらい回しだ」などと問題視し、事実上更迭した経緯がある。

後任には西室泰三・元東芝会長が就任している。

(2014年3月5日08時02分 読売新聞)



更迭された社長が顧問となり会社に残ること自体企業倫理上ありえないことですし、社会常識でもありません。



また、この記事には触れられていませんが、日本郵政グループ全体で、財務省出身の顧問が20名以上いるそうです。(彼らも批判を受けて3月末に退任予定)



民間企業出身者である現在の西室社長も、知っていて何も手を打たなかったのなら同罪です。



となると日本郵政には会社にとってとても大切な自浄作用が働いていないようですね。



それにしても、民主党が政権をとる前にさかんに騒がれていた公務員の天下りや不要な特殊法人は現在もほとんど手付かずで放置されています。



彼らの給与や予算はすべて国民の税金です。



歳費が足りないといって消費税の増税をしながら、一方では身内には不必要な天下りの大盤振る舞い。



かつて塩爺こと塩川正十郎財務大臣が、「母屋でおかゆをすすりながら、離れではすき焼きを喰っている」(母屋とは大赤字の一般会計、離れとは放漫な特別会計のこと)と揶揄したことがありましたが、現在ではというか、相変わらず母屋のおかゆが国民で、離れのすき焼きは官僚といえそうです。



マスコミの取材力の低下が指摘されて久しいですが、やはり取材方法に問題がありそうです。



こうした実態にきちんととメスを入れるためには、馴れ合いの温床である記者クラブ制度を止めるべきです。



今回はその記者クラブについて勉強してみます。



記者クラブ(きしゃクラブ)は、公的機関や業界団体などの各組織を継続取材を目的とするために大手メディアが中心となって構成されている任意組織である。

英語では「kisha club」ないしは「kisha kurabu」と表記される。

大手メディア以外の記者・ジャーナリストも加盟できる「プレスクラブ」(日本では、社団法人である日本記者クラブや、日本外国特派員協会などが該当)とは全く性格を異にし、日本独特のシステムとも言われ、フリーランスなどに対し排他的であるとして近年、批判を浴びている。

米国のホワイトハウスや連邦政府の官庁、国連本部などにも似た組織は存在している。



日本新聞協会は、記者クラブの目的を「国民の『知る権利』と密接にかかわる」ものと定義している。

しかし加盟社以外の記者会見参加を認めないケースがみられるほか、記者クラブをもつ組織が記者クラブ加盟社、所属記者以外の取材に消極姿勢を取るなど、記者クラブ以外のジャーナリストによる取材活動が差別されており、OECDやEU議会などから記者クラブの改善勧告を受けている。



公的機関はクラブに対し記者室を提供、光熱費なども負担しており、「便宜供与に当たるのでは」といった批判も出ている。

また、官房機密費を使っての供与疑惑も持ち上がっている。



取材対象側から情報提供を安定して受ける結果、横並び意識になり、また記者の能力低下も懸念されている。



批判や問題が多いと判断した一部の政治家が1990年代から制度に切り込み、今日では首相官邸・中央省庁も記者会見をクラブ以外にも開放する試みが始まっている。



組織



記者クラブは、法人としての登記が為されていない私的な組織で、主に大手メディアが構成する。

日本には約800の記者クラブがあり、中央省庁・国会・政党を初め、企業・業界団体、地方自治体の役場などに置かれている。

ほとんどの記者クラブは専用の記者室を取材対象側から無償もしくは低額で割り当てられ、情報提供などを独占的に受けている。

光熱費などの運営費も負担しないケースも多い。

月額会費は加盟社の記者1人につき500円-2000円で、年間110億円、全国紙1社あたり数億円の負担を免れているという。



記者はほとんどがクラブに常駐する。

加盟報道機関が複数当番制で「幹事」社となってクラブの運営にあたる事が多い。

情報は情報源の広報担当から幹事社に伝えられ調整され、幹事が件名や発表日時などその報道に関する約束事を記者室の「ボード」(黒板)に書く。

黒板に書かれた約束事は「黒板協定」「クラブ協定」「しばり(縛り)」などと呼ばれ、加盟社が順守するべき約束事とみなされる。

欧米の記者発表で「エンバーゴ」と呼ばれる解禁日時付きの事前報道資料提供と同様である。



記者会見は、ほとんどがクラブ主催となっており、参加者も加盟社に限られ、仮に加盟社でない記者が参加できても質問は出来ないことが批判を受けていたが、最近は開放の動きが進んでいる。

中央官庁の大臣会見は省庁が主催するケースも多いが、記者クラブ主催の方が、記者クラブ外からの参加に柔軟な場合もある。

外務省などは広報対象が広範(海外メディアも含む)なため、もともと省が主催している。



省庁などの側は記者懇談会やぶら下がり取材、国会記者証(入館許可証)の交付などの対象を、記者クラブのメンバーに限って認めることが多い。



閉鎖性



記者クラブは前述の通り、大手メディアが組織している。

従って会員制と言えるが、大手以外のジャーナリストなどの入会は難しい。

日本新聞協会は入会資格を「公権力の行使を監視するとともに、公的機関に真の情報公開を求めていく社会的責務」「報道という公共的な目的を共有」「記者クラブの運営に、一定の責任」「最も重要なのは、報道倫理の厳守」と説明している。



実際に入会審査するのは各記者クラブだが、審査過程は不透明で、加盟社が1社でも反対すれば入会は認められず、新規参入が事実上阻害されている。

外国メディアへの対応もこれと同じで、入会を巡って激しい交渉が行われた。

クラブのその排他性から「情報カルテル」「談合」「護送船団方式」と表現されることもある。

取材源側が親睦団体の建前を利用し、「官報接待」などを行うことも多々ある。



入会を希望するジャーナリストの中には、クラブの一員になりたいのではなく、記者会見で取材がしたいだけという者もおり、記者クラブに代わる認定制度・会見制度を求める意見がある。



また、これまでOECDやEU議会などから記者クラブの改善勧告を受けているが、一貫して大手メディアは記者クラブに関する事柄を報道しないため、日本国民が記者クラブの持つ閉鎖性を知る機会が限られてしまっている。



利点



記者クラブの弊害が指摘されて久しいが、それでも記者クラブが廃止されないのは、記者クラブにはメディア側およびニュースソース側にとって一定の利点があるからである。

以下にあげる「利点」はそれぞれの立場にとっての利点であり、それがすなわち情報の受け手である国民にとっての利点となりうるかについては、別途考慮を要する。



加盟ニュース・メディアにとって



・情報発表に消極的な公的機関に記者クラブが記者会見を求めて実現させてきたという歴史がある。

・「言論・報道の自由」と、国民の知る権利のために培われてきたシステムである。

・公権力や政治家の取材拒否や差別に、個人ではなく団体として当たれる。

・情報公開の推進拠点。

・公的機関がもつ第一次情報に密着取材して報道できる。

・組織として取材機能を備え、情報源からのレクチャーや資料配布の窓口となり、ニュース・メディアにとって効率的な情報システムである。公的情報を迅速に報道できる。

・記者クラブ主催の記者会見は、クラブのペースで取材できる。

・無駄な競争が省ける。取材活動がスムーズにできる。

・研究会、見学会、勉強会など、単独ではむずかしい活動が可能になる。



ニュース・ソースにとって



・国民への積極的な情報開示と説明責任を果たす上で役立つ。

・効率的な広報推進システムである。広報すべき情報を迅速に発表できる。

・効率的な発表ができ、手間が省ける。記者会見もスムーズに運営できる。

・公的組織と国民をつなぐ「コミュニケーションの回路」「情報ネットワーク」「国家の情報をプールするダム」としての役割を担っており、膨大な情報を蓄積、整理、報道する。記者クラブを廃止すれば、日本の情報システムが麻痺するだろう。

記者クラブが廃止されれば、記者会見が開放されなかった場合、情報を出し渋る権力側を牽制する存在が失われ、国民の知る権利が損なわれる恐れがある(例えば、記者クラブがない労働基準監督署では、情報発信が殆どない)。



弊害



・情報カルテルして、加盟報道機関が非加盟の組織やジャーナリストを排除する。

・閉鎖性と排他性。加盟報道機関にとっての利点は、そのまま、加盟したくてもできないメディアやジャーナリストにとっては不当な差別と受け止められる。排他性はニュース・ソースの独占取材を助長する可能性がある。

・常駐、常時取材が前提となっており、これが可能な報道機関は限られる。

・首相や外相の外遊の際でも、記者クラブ主催の記者会見が開かれ、現地や海外のメディア、ジャーナリストは参加が制限される。結果、外遊での情報発信は、国内向けに制限される。

・報道協定が国民の「知る権利」を結果的に規制する可能性がある。

・記者クラブに頼るうちに、独自取材する力が低下する可能性がある。

・独自の取材活動が阻害される可能性がある。

取材対象と癒着、一体化して、場合によっては「番記者」「ご注進」などの現象も起きている。

・情報源に近すぎるために、公的機関の動向監視というニュース・メディアの機能が失われる可能性がある。

・クラブの配置が固定化してしまい、時代のニーズにあわせた報道がしにくくなる。たとえば、労働事件が増えているのに労働基準監督署に記者クラブを置く動きが見られない。



発表報道と情報操作



情報操作を目的とした金銭授受 1921年にガス会社がガスの値上げの承認のために、当時の東京市議会の市議に贈賄工作を行ったが、その際、市役所や警視庁の記者クラブに詰めていた新聞記者にも贈賄工作が行われていたことが発覚し、世論から糾弾された(東京ガス疑獄事件)。



発表報道の横行 メディアが政府の政策を代弁し、政府の広報となっている。



警察及び検察が自らの捜査に有利な方向に情報操作を行い、メディアも調査報道に消極的なため、冤罪を生み易い(例:松本サリン事件、志布志事件、香川・坂出3人殺害事件、足利事件)。



池田信夫によると、警察記者クラブに多数の記者を常駐させることが日本の報道を犯罪報道中心にしているのではないかという。ちなみに池田は元NHK報道局職員で、番組制作にも携わった。



衆議院議員の河野太郎は(日本では)記者が政治家から食事をご馳走になるのは当たり前、政治家が外遊する際には同じホテルに泊まり「政治家と記者はよいお友達」になることがメディアでは「良い記者」とされている現状を指摘している。



ニューヨーク・タイムズ東京支局長のファクラーは、「記者クラブは官僚機構と一体となり、その意向を無批判に伝え、国民をコントロールする役割を担ってきた。記者クラブと権力との馴れ合いが生まれており、その最大の被害者は日本の民主主義と日本国民である。」と述べている。



主要メディアが報じる捜査情報について、「検察が記者クラブを通じておこなう『リーク』に依存している」と指摘されることがある。

また、検察側は自己に不都合と考えられる報道をおこなった加盟報道機関に対しては検察関連施設への「出入り禁止」措置を取ることがある。

西松建設事件に際しては、一部の加盟報道機関が西松建設から献金を受け取った政治家の1人である二階俊博の件についての記事を掲載したことに対し、取材拒否および東京地方検察庁への3週間の出入り禁止措置を取った。

この一件以後、加盟報道機関は検察および自民党に有利な報道をおこなうようになったといわれる。

また、検察は記者クラブに加盟していない報道機関による取材を拒否している。



自主規制



記者自身による自主規制 1974年に「文藝春秋」が報じた「田中金脈問題」の場合、当時、この疑惑は以前から記者クラブ内では知られていた話にもかかわらず、ほとんどのマスコミが文藝春秋が記事化するまでこれを黙殺していた。



1999年、則定衛・東京高検検事長の女性問題を調査していた最高検次長検事が法務省内で複数の記者に対し「確かに浮気はあったかもしれないが、みんなそういうことを活力にしているんだ。この建物(法務省)の中の半分以上の検事はそう思っている」と発言。

しかしこの発言はすぐには報道されず、2日後の紙面で『朝日新聞』と『西日本新聞』が記事にした。

これを受けて他の新聞やテレビが報道した。

朝日新聞、西日本新聞とも司法記者クラブに加盟している。



記者クラブに加盟している記者は、別会社の記者同士であるにもかかわらず、取材メモを見せ合う「メモ合わせ」を行っているといわれる。



2011年、2012年に首都圏で多発した原子力発電所反対デモのうちいくつかは国会議事堂前、首相官邸前で行われ、参加者が数万人に達したこともあったが、議事堂や官邸に常駐していた記者クラブの記者たちは横並びに黙殺して報道しなかった。



憲法との関連



記者クラブ制度は憲法で保障されているとされる「国民の知る権利」を確保するために必用だとする意見がある。

一方、政府や公共機関が記者クラブという特定の組織のみに情報を提供する事こそが「国民の知る権利」を侵害するもの(憲法に違反した行為)だとする意見がある。



国民の「知る権利」は憲法が保障しているとする憲法解釈にはほぼ異論はない。

そのためこの問題は単に記者クラブ制度の良し悪しにとどまらない憲法に関わる問題でもある。記者クラブに加盟していないために取材が出来ない個人や組織が、権利侵害だとして国や公共機関を憲法違反で訴える可能性もある。

(ウイッキペディア)



日頃から、不偏不党や公明正大をポリシーとする大手新聞社が率先して、権力の傘下に寄り添っていて本当に客観的な報道が可能なのか、大いに疑問です。



上記に列挙された記者クラブのメリットも、取材側とされる側の利便性だけで、本来知る権利の最大限の恩恵を受けるべき国民が不在なシステムであることを暴露してしまっています。



本来であれば、マスコミは取材対象から距離を置くことで、批判的な記事もきちんと書けるように己を律するべきでしょう。



それを食事代やさらには事務所の光熱費や運営費まで取材対象側に負担させていて疑問に感じない記者たちが、官僚の天下りや不正を暴き論ずる資格があるのか疑わしい限りです。



「自分達の取材のしやすさ」と「バイアスのかからない情報取得」を天秤に掛ければ、卑しくもマスコミ人ならどちらを優先すべきかは自ずと明らかでしょう。



記者クラブという取材者側にとって居心地のいい空間を手放さないスタンスが、現在のマスコミの腐敗凋落振りを象徴しています。



しかし、報道関係者の中に現状を打破しようとするマスコミ版坂本龍馬はいないのでしょうか?



最も批判精神が求められる職種であるべきなのに、不思議な世界です。



では、気分を一新して音楽の時間です。



ジェネシス(Genesis)は、イギリスのロックバンド。

1967年に結成され、60年代はバロック・ポップ、70年代は叙情的・構築的なプログレッシブ・ロックバンドとして活動し、80年代にはボーカルのフィル・コリンズの牽引によって世界的なポップバンドとして高い人気を誇った。



結成



1967年、イングランド南東部にあるサリー州のパブリックスクール「チャーターハウス・スクール」の同級生であったピーター・ガブリエル(ヴォーカル)、アンソニー・フィリップス(ギター)、トニー・バンクス(キーボード)、マイク・ラザフォード(ベース)、クリス・スチュアート(ドラムス)が在学中にバンドを結成する。



5人のメンバーがグループとして揃うまで、それぞれは様々なバンドに参加していた。

1966年にピーター・ガブリエルはアンソニー・フィリップスと共に'The Spoken World'という校外のセミプロ・バンドに参加。

このときガブリエルはドラマーとして参加しており、このバンドでレコード・デビューを飾っている。

フィリップスは校内の'The Anon'というバンドにも参加しており、このバンドにはマイク・ラザフォードがいた。

トニー・バンクスはガブリエルと個人的に親しく、よく二人で曲を作っていた。



プロデビューからピーター・ガブリエル脱退まで



チャーターハウスの先輩であったミュージシャン兼プロデューサー、ジョナサン・キングのプロデュースで1969年に『創世記』でデビュー(録音時に、ドラマーはチャーターハウスの級友だったジョン・シルバーに交代)。

当時アメリカに同名のバンドが存在したために、バンド名をアルバム・ジャケットにクレジットせずに発売したことや、ジョナサン・キングに気に入られようとビージーズを意識したサウンドだったため、評価は芳しくなかった。

プロ意識の欠如を反省したメンバーは、アート・ロックの方向性を強く意識し、練りに練った作品をリリースするようになる。



1970年、大学進学のため脱退したジョン・シルバーに代わり、メロディーメーカー誌のメンバー募集広告に応募してきたジョン・メイヒューがドラムを担当し、2作目となるアルバム『侵入』をリリース。

その後、アンソニー・フィリップスが健康上の理由で脱退(一説には、ステージ恐怖症だったとも言われている)。

彼の代わりにクワイエット・ワールド(Quiet World)のメンバーであったスティーヴ・ハケットが加入。

さらに、力量に問題があったジョン・メイヒューの代わりにフレイミング・ユース(Flaming Youth)のメンバーだったフィル・コリンズが加入した。

ともに公募によるオーディションで選ばれたメンバーであった。



初期のサウンドはトラッド・フォーク的なアンソニー・フィリップスの資質によるところが大きかったが、新加入の二人のメンバーの個性が、バンドのサウンドを大きく変貌させる。

そして3作目にあたる『怪奇骨董音楽箱』(1971年)でプログレッシブ・ロック・バンドとしての評価を確立。

ピーター・ガブリエルの演劇性を持った独特のステージ・パフォーマンスもあって、イタリアで大人気となる。

1975年、ガブリエルが『幻惑のブロードウェイ』ツアーの後に、プライベートな問題を理由に脱退。

以降はソロとして活動している。



フィル・コリンズ主導による第二黄金期



その後は、3作目以降のドラマーであったフィル・コリンズがリード・ボーカルも担当し、よりリズムを強調した新しいプログレ・サウンドに変化する(フィル・コリンズがボーカルをとることにより、ドラム担当としてビル・ブルーフォードが一時的に加入してライブ活動に加わったりしたが、それ以降はフランク・ザッパ・バンドなどで知られるチェスター・トンプソンが準レギュラーとしてコンサートに帯同している)。

同時期にフィルはブランドXに参加、当該プロジェクトにおいてテクニカルなジャズ/フュージョンの可能性を追求したりもしている。



さらに、ギタリストのスティーヴ・ハケット脱退後は、ベーシストのマイク・ラザフォードがギターも担当するというトリオ編成となった(ステージではダリル・ステューマーが準レギュラー参加し、マイクと同様楽曲ごとにギターとベースを兼任)。

1977年11月、初来日コンサート。

3人でレコーディングした1978年発表の『そして3人が残った』では、それまでよりポップス色を深め、アメリカでの人気を不動のものとする。

1986年の『インヴィジブル・タッチ』は世界的な大ヒットとなり、アルバムのタイトル曲「インヴィジブル・タッチ」は1986年7月19日付のビルボード・シングルチャートで全米NO.1となった。

なお、バンドにとってこれは最初で最後の全米No.1となった。

その翌週、ジェネシスを1位の座から引きずり落とし、全米No.1に輝いたのは皮肉にもジェネシスを脱退したピーター・ガブリエルの「スレッジハンマー」だった。



80年代の中盤からは、各メンバーのソロ活動が活発になる。

特に、フィル・コリンズはソロ・アーティストとしてジェネシス以上の成功を収める。

バンドとソロ活動に加え、映画出演やプロデュース業もこなし、「世界で最も忙しい男」と呼ばれた。



1991年、久々の新作となる『ウィ・キャント・ダンス』を発表、相変わらず世界的なヒットを記録する。

その後、いくつかのライヴ・アルバムなどを発表している。



フィル・コリンズ脱退と活動停止



1996年、フィル・コリンズが脱退を表明。

後任のボーカリストとして全くの無名だったレイ・ウイルソン(元スティルトスキン)を正式メンバーに、サポートメンバーにニック・ディバージリオ(スポックス・ベアード)とニア・Zを迎える。

1997年に新生ジェネシスとして『コーリング・オール・ステーションズ』を発表する。

ツアーサポートメンバーにニア・Zとアンソニー・ドレナンを加えてアルバムツアーを開始する。

イギリス本国やヨーロッパでは好評だったが、アメリカでのセールスに恵まれず、その後1998年にバンドは活動を停止した。



フィル・コリンズ復帰〜現在



2006年11月7日、フィル・コリンズ、トニー・バンクス、マイク・ラザフォードの黄金期のメンバー3人による活動再開と欧州ツアーが発表された。

2007年5月より「ターン・イット・オン・アゲイン・ツアー」を開始したが2008年にフィルがレコーディング、ライブからの引退を表明、その後脊髄手術の後遺症で手の動きに支障が出ていることから黄金期メンバーでの活動の可能性は完全になくなった。



エンジニアのニック・デイヴィスによって過去のアルバムのSACD化が進められ、スタジオアルバムに関しては『創世記』を除く全てのマテリアルがリリースされた。



2010年、ロックの殿堂入りを果たした。



メンバーと基本的な担当楽器



創世記 - From Genesis To Revelation (1969年)

ピーター・ガブリエル - Vocals/Flute/Perc.

トニーバンクス - Key

マイク・ラザフォード - Bass

アンソニー・フィリップス - Guitar

ジョン・シルバー - Drums



侵入 - Trespass (1970年)

ピーター・ガブリエル - Vocals/Flute/Perc.

トニーバンクス - Key

マイク・ラザフォード - Bass

アンソニー・フィリップス - Guitar

ジョン・メイヒュー - Drums



怪奇骨董音楽箱 - Nursery Cryme (1971年)~幻惑のブロードウェイ - The Lamb Lies Down On Broadway (1974年)

ピーター・ガブリエル - Vocals/Flute/Perc.

トニーバンクス - Key

マイク・ラザフォード - Bass

スティーヴ・ハケット- Guitar

フィル・コリンズ - Drums



トリック・オブ・ザ・テイル - A Trick Of The Tail (1976年)~静寂の嵐 - Wind & Wuthering (1976年)

トニーバンクス - Key

マイク・ラザフォード - Bass

スティーヴ・ハケット- Guitar

フィル・コリンズ - Drums/Vocals



そして3人が残った - And Then There Were Three (1978年)~ウィ・キャント・ダンス - We Can't Dance (1991年)

トニーバンクス - Key

マイク・ラザフォード - Bass/Guitar

フィル・コリンズ - Drums/Vocals



コーリング・オール・ステーションズ - Calling All Stations (1997年)

トニーバンクス - Key

マイク・ラザフォード - Bass/Guitar

レイ・ウィルソン - Vocals

(ウイッキペディア)



サビの素晴らしさ!

このメロディはジェネシスの魅力です。

フィル・コリンズの東京でのソロコンサートに行きましたが、ツインドラムの競演かっこよかったなあ。

Your Own Special Way - Genesis

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John Wetton「Cold Is The Night」(世界音楽遺産に!)

本ちゃんまでに100日をきったザックジャパンのまずは、親善試合の結果です。



5日、「キリンチャレンジカップ2014」が行われ、日本代表とニュージーランド代表が対戦した。



 改修前の国立競技場で最後となる代表戦に臨んだ日本は、序盤からゴールラッシュを迎える。

開始4分、左サイドのハーフウェイライン付近から香川真司がロングパスを相手DFラインの裏に送ると、岡崎慎司がカバーに入ったDFの後ろから足を伸ばし、キャッチしようとした相手GKに先んじてボールを押し込み、先制に成功する。



 8分には右サイドの本田圭佑からパスを受けた香川がドリブルでペナルティエリア内に侵入。

シュートブロックに入った相手DFをかわそうとしたところを倒され、PKを獲得。これを自身で決め、リードを広げた。

11分には右サイドで得たFKを本田がゴール前へ送ると、森重真人がヘディングシュートでネットを揺らし、3点目を得る。

17分にはカウンターから左サイドを香川がドリブルで持ち上がり、中央の本田へパス。

本田はダイレクトのヒールパスで右へ送ると、走り込んだ岡崎がそのままシュートを決め、4点のリードを得る。



 その後、ニュージーランドがペースを掴み始め、26分には左サイドで得たFKをクリス・ウッドが、シュート性のボールをニアサイドに送ると、味方がゴール前でコースを変えたが、わずかにゴール左に外れた。

迎えた39分、ウッドが左サイドゴールライン際でドリブルを仕掛けると、酒井宏樹がカットしたが、こぼれ球が山口蛍に当たって再びボールはウッドの下へ。

ウッドは角度のない位置からGK川島永嗣の頭上を突く、シュートを決めて1点を返した。



 ハーフタイムに日本は酒井宏、青山敏弘、山口、岡崎に代え、酒井高徳、遠藤保仁、細貝萌、清武弘嗣がピッチに立つ。

前半の終盤はニュージーランドにペースを掴まれた日本は、後半もミスなどがあり、流れを得られず押し込まれる。日本はようやく74分、左サイドからのクロスを遠藤が右足で落とし、清武がゴール正面からボレーシュートで狙うチャンスが訪れたが、左ポストに阻まれた。



 81分、ニュージーランドは右サイドからのクロスを、ウッドが右足のダイレクトボレーで合わせ、ゴール右へ決めて2点目を獲得。

日本は香川に代わって途中投入となった齋藤学が得意のドリブルで仕掛けを見せるなどしたが、得点は生まれず。4-2で試合は終了し、日本は勝利したが、大量得点後の試合運びに課題を残す結果となった。



4得点とは以前からいわれ続けていた決定力の課題は克服できたのかもしれませんが、Wカップベスト8を目指すのであれば後半だけなら0-1での負け試合はいただけませんねえ。



さて、本題です。



少し古い記事ですが、面白い苗字をアナタは何個読めますか?



【何て読むの?】

難読名字ワード集【難読苗字辞典】

めずらしい苗字を集めました。

中には幽霊苗字もあるかもしれませんが、ご了承ください。

だって、ほんまか嘘か分からないですもん☆

しかし、世の中には凄い苗字がいっぱいあるみたいです。

更新日: 2011年07月12日



釈迦牟尼仏(にくるべ)さん



絶対絶対絶対読めない!!



日紫喜(ひしき)さん



名前、かっこいい!!!!!!



鼻毛(はなげ)さん



うーん・・・



青天目(なばため)さん



せいてんもくさん?って聞いてしまいそうです☆



華蔵閣(けずかく)さん



すごい名前!!公家みたい。



四月(ワタヌキ)さん



鹿伏兎(かぶと)さん



御秡如(やごうら)さん



全国にたったの3世帯という珍姓です。

普通にはなかなか読めませんね。



汾陽(かわみなみ)さん



中国には『汾陽(ふんよう)(現地読みはフェンヤン)』という地名がありますが、日本にて、名字の場合は『ふんよう』ではなく『かわみなみ』と読みます。

何か特殊な読みですね。

鹿児島の名字です。



嫩(ふたば)さん



『嫩』の意味は、『二葉』、『双葉』と同じく植物が芽を出したときにの二枚の枝葉のことです。

嫩さんは全国に10数世帯で、その過半数が熊本県に居ます。



三艆丸(さぶろうまる)さん



あなたのパソコンで文字化けしてたら御免なさい。

と言いたくなります。

真ん中の『艆』という字は特殊字体で、ウェブサイトに貼り付けるのに画像を用いる人も居るほどです。

勿論、携帯電話では文字化けします。

『舟』に『良』。

『艆』の自体は貼り付けた画像の漢字の方が正しいかも…。(←『艆』と微妙に違います。)

『さぶろうまる』。

『三郎丸』なら読めるけれど、『三艆丸』はなかなか難しいですね。

三艆丸さんは全国に1~2世帯と言う珍姓です。



鬮橋(くじはし)さん



『鬮』←この字を今までに見た人は少ないと思います。

分解すれば、『鬥』の中に『龜(亀の旧字体)』です。

『鬥』は『たたかいがまえ』と言う見慣れない部首です。

二人の人間が素手でたたかう様子をかたどったことから、『たたかう』という意味になります。

ちなみに戦闘の『闘』の旧字体は『鬪』。

『鬮』の意味は『籤(くじ)』と同じで、御神籤など、『くじびき』の『くじ』という意味です。

この『鬮橋』という名字は、兵庫県に十数世帯という珍姓です。



鬼追(きおい)さん



この名字を初めて見たのは、高校3年生の時、漢検2級に合格し、合格証書を見た時でした。

その時の漢検の理事長は鬼追明夫さん。(2010年6月1日現在もです。)

これ、最初『おにおい』さんと読んでしまいました。

調べたら『きおい』さん。

普通にはなかなか読めませんね。

二字熟語、二字姓等の場合、このように上を音、下を訓で読む読み方を重箱読みと言います。



蠏江(かにえ)さん



『蟹』なら『かに』と読める人は多いはず。

『蠏』は『蟹』と同義の漢字であり、特殊字体だそうです。

ちなみに『蟹江』さんも居ます。

蟹江さんは全国に1000世帯以上居ますが、蠏江さんは全国に5世帯程の珍姓です。



小鳥遊(たかなし)さん



小鳥が遊べる。

小鳥が呑気に飛んでいられる。

→鷹などの猛禽類が飛んでいない。

これがこの苗字の語源だそうですよ。

面白いですね。



臥龍岡(ながおか)さん



日本(にっぽん)さん



凄い!!



王来王家(おくおか)さん



何回も書くけど、ほんまにおんのか?と思ってしまいます。



紅葉(もみじ)さん



名前みたい!!



豊扇花(ほうせんか)さん



綺麗で雅な名前です。



濃香(のうこう)さん



ホントに濃そう!!うそうそ、冗談です☆



音琴(ねごと)さん



漢字はかっこいいのに、ひらがな残念!!



那俄性(ながせ)さん



躑躅森(つづじもり)さん



年賀状に名前を書くの、すごくめんどくさそう・・・



太公望(たいこうぼう)さん



ほんまにいてんのか!!こんな名前・・・



大王(だいおう)さん



出ました。大王さん。



道祖瀬戸(さやんせと)さん



読めたら凄い!!



左衛門三郎(さえもんざぶろう)さん



長いわ!!読みにくいわ!!!



源五郎丸(げんごろうまる)さん



ほんまにいるのか?



神(かみ・じん)さん



かみですって言われたら笑ってしまいそうです。



勘解由小路(かでのこうじ)さん



長い!!



香水(かすい)さん



はじめまして、香水ですって言いたい!!



花厳(かざり)さん



かっこよすぎでしょ!!



開発(かいはつ)さん



蘭香(らんこう)さん



闇雲(やみくも)さん



薬王樹(やくおうじ)さん



すごい名前!!



七夜(かなし)さん



うぉ、ロマンティック!!



七星(なぼし)さん



しちせいさんとか言ってそう☆



七夕(たなばた)さん



何かかわいい苗字ですね!



七五三(しめ)さん



暗号です。



一月(いちげつ)さん



間違いなく、イチガツさんですかって聞くと思います。



元日田(もとひだ)さん



読めん!!



一住連(イチノシメ)さん



一説には、日本の苗字の数の多さは10万以上だそうで、世界でも有数の様ですよ。



世界一は、移民の国の米国で100万以上ある様ですが、逆に韓国は200個くらいしかありません。





次の話題はアンビリーバブルなお話です。



ヘビがワニを丸のみ=数時間の死闘の末―豪

時事通信 3月4日(火)



オーストラリア東部クイーンズランド州のムーンダラ湖で2日、約3メートルのヘビが死闘の末にワニを丸のみし、見ていた人たちを驚かせた。

 見物人によると、ニシキヘビと見られるヘビは、90センチ余りあるワニに巻き付いて締め上げ、数時間に及ぶ格闘に。

水中から陸に引きずり上げ、力を緩めたときには獲物は既に息絶えていた。

獲物を平らげたヘビの腹にはワニの輪郭が浮き出ていたという。

 この様子を見ていた男性は「ぼうぜんとして立ち尽くしてしまったよ」と驚いた様子。

男性の妻も「全く信じられないわ」と興奮をあらわにした。 



へびと蜘蛛、どちらも見た目がこわいです。



では、音楽の時間です。



すごいバンドばかりを経験した実力者です。



ジョン・ウェットン(John Kenneth Wetton, 1949年6月12日 - )は、イギリス出身のミュージシャン(歌手、ベーシスト)。

プログレッシブ・ロックの世界のみならず、様々なジャンルにて活躍してきた。



モーガル・スラッシュ、ファミリー、キング・クリムゾン、ロキシー・ミュージック、ユーライア・ヒープ、ブライアン・フェリー・バンド、U.K.、ウィッシュボーン・アッシュ、エイジア、ウェットン・マンザネラなどの幅広いジャンルのバンドに在籍し、強烈に歪んだ存在感の強いベースとイギリス的な憂いあふれるダンディな歌声、甘いマスクと男くさい渋さを併せ持つルックスで全盛期はカリスマ的な人気を築いた。



実はマルチプレイヤーでもあり、ギターやキーボードだけでなくフィドルまで演奏したことがある。

特にプログレッシブ・ロックでの活躍は有名であり、とりわけキング・クリムゾンとU.K.における活躍が有名である。

キング・クリムゾン時代は『太陽と戦慄』(1973年)や『レッド』(1974年)などの作品を残した。

また、ユーライア・ヒープに在籍したときも、『幻想への回帰 (原題 : RETURN TO FANTASY)』、『ハイ・アンド・マイティ (原題 : HIGH AND MIGHTY)』の2枚のスタジオアルバムにおいて、ベースだけでなくボーカルも担当し、才能を遺憾なく発揮した。



1980年代前半、プログレッシブ・ロック界の著名なプレイヤーで結成されたスーパーグループ、エイジアでは全キャリア中最も成功を収める。

デビュー・アルバム『詠時感〜時へのロマン』(1982年)は全米1位を記録した。

エイジアでは一時解雇されるが復帰。

1991年に脱退するまでは中心人物として活動した。

脱退後は主にソロ・アーティストとして活動する一方、プログレッシブ・ロック系のアーティストのトリビュートアルバムに参加したり、スティーヴ・ハケットを中心とした大物ぞろいのバンドでツアーをしたりした(この縁でイアン・マクドナルドともツアーをした)。



現在は2006年に再結成されたエイジア(結成当初のオリジナルメンバーで構成)に参加。

精力的にツアーを行っていたが、2007夏に行われた定期検診で心臓の冠動脈に異常が見つかり、同年8月10日にバイパス手術を受けた。

回復は順調で、2008年からツアーは再開された。

また、オリジナルメンバーでのアルバム制作(PHOENIX)も実施され、2008年4月発売。

エイジアでの作曲面のパートナージェフ・ダウンズとはICONというユニットを別に組んでいる。

2011年にはU.K.を再結成してライヴ活動をしている。



U.K.、エイジアなどでの来日公演時には、ボーカル担当としてMCをする機会も多く、英語での挨拶、演奏曲やメンバー紹介もすることも多い。

U.K.のライヴ・アルバムに収録されている「君たち最高だよ!」の日本語が本人も気に入っているので、その後、日本で彼が公演する時には必ず「君たち最高だよ!」と言うことにしている。

また日本のバンドとも関わりがあり、VOW WOWやRXといったバンドともセッション経験がある。

(ウイッキペディア)



君たち最高だよ~、おじさんの登場です。

華麗な経歴、この人なくして黎明期のプログレシーンは語れません。

John Wetton "Cold Is The Night"

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Yes 「Roundabout」(世界音楽遺産に!)

史上初の女性棋士誕生(三段リーグ突破)が少し遅れそうです。



里見女流三冠の休場のお知らせ

更新: 2014年2月27日



 このたび、里見香奈女王・女流王座・女流名人(さとみ かな、21歳、奨励会三段)より体調不良を理由に休場届が役員会に提出され、2014年3月1日~2014年8月31日まで半年間、対局を休場することが受理されました。

 里見女流の予定しておりました半年間の棋戦と三段リーグについては以下の通りとなります。



・第7期マイナビ女子オープン戦 五番勝負 (挑戦者決定戦は3月3日)

・第25期女流王位戦

・第36期霧島酒造杯女流王将戦

・第22期大山名人杯倉敷藤花戦

・第55回奨励会三段リーグ戦



 進行中の女流王位戦紅白リーグ5回戦:3月10日(月) 対清水女流六段戦は不戦敗(リーグ残留は確定しています)になります。

 これから始まります霧島酒造杯女流王将戦、大山名人杯倉敷藤花戦、奨励会三段リーグについては休場いたします。

 マイナビ女子オープン五番勝負については、本人のタイトル保持者として五番勝負に出場し責任を全うしたいとの強い要望を受け、役員会としてこれを了承いたしました。



 また休場期間にかかる女流棋戦(マイナビ女子オープン、女流王位戦、女流王将戦、倉敷藤花戦)主催各社様には事情をご説明しご理解をいただいております。

関係者の皆様には御迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解・ご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。



谷川浩司将棋連盟会長のコメント:

連盟も主催各社様も里見の体調をなにより心配しておりますが、里見のプロ棋士としての責任感を考慮しこのようにさせていただきました。

ファンの皆様には里見を温かく見守っていただきたいと思います。

また主催者様、関係者様にご迷惑をおかけしておりますことを心よりお詫び申し上げます。



吐き気が止まらない、という本人のコメントでもしかして、お目出度か?とも思われましたが、1年以上前からの症状らしいので、目出度い話とは違うようです。



彼女は将棋界の宝なので、早く万全な体調で復帰して欲しいものです。



次はこの話題です。



消費税アップ前の買いだめの記事ですが、過去に学んだ私はお奨めしません。



W×R春の訪れは3%の負担増とともに…

増税に備えた“買いだめTOP10”

2014.02.26



4月から8%に引き上げられる消費税。

必ず使うことがわかっている日用品を、増税前に多めに買っておこうと考える人も多いだろう。

実際に25~34歳の男性社会人は、増税に備えてどんなものを買いだめするのか、200人にアンケートを行った。



■増税前に、買いだめしておきたい日用品TOP10

(選択肢から2つ回答 協力・アイリサーチ)



1位 シャンプー・リンス 34.5%

2位 洗濯洗剤・食器用洗剤 22.5%

2位 トイレットペーパー・ティッシュペーパー 22.5%

4位 タバコ 17.0%

5位 カップめん・冷凍食品・レトルト食品 16.5%

6位 ガソリン・灯油 15.0%

7位 使い捨てコンタクトレンズ 14.5%

8位 下着や靴下など 11.5%

9位 家庭用常備薬 10.0%

9位 カミソリ・替え刃 10.0%



以下は、11位「化粧品・スキンケア・ヘアケアグッズ」(8.5%)、12位「プリンタのインクカートリッジ」(8.0%)、13位「ペット用品(エサ、シートなど含む)」(2.0%)となった。



シャンプーなど“洗う系”がそろって1位、2位にランクイン。

同率2位のペーパー類含め、毎日わかりやすく減っていくものに票が集まった。



なお、どの選択肢も選ばれた理由は「買い置きがきくから」「必需品だから」といったもので大半が占められており、モノごとの差異はあまりみられなかった。

その中にあって、特徴的だったものをいくつか紹介しよう。



まずは2位「トイレットペーパー・ティッシュペーパー」のコメントから。

・「便乗値上げしそうなので」(31歳・東京都)

・「値上げしそうだから」(26歳・東京都)



消費税アップで気になるのが、“便乗値上げ”。

どういうわけかこの選択肢のみにこういったコメントがついていた。



また、買いだめが単なる“消費税増税へのささやかな抵抗”ではないことを示したのが、5位「カップめん・冷凍食品・レトルト食品」に寄せられた以下のコメントだ。

・「非常食として、もっておいても良いのかも」(26歳・大阪府)

・「日持ちする上に非常食として」(31歳・東京都)



買いだめ(買い置き)は、災害等への備えでもあることに改めて気づかされる。

はからずも、大雪による物流のストップがニュースになったばかりだ。

非常時への備えという観点で自分にとっての必需品リストを作成し、買いだめをより価値のあるものにしてはどうだろうか。

(のび@びた)



ずいぶん前のオイルショックのときなどにも、トイレットペーパーや洗剤の買占めが起こり、一時的に品切れを起こしパニックを起こしたことがありました。



その後の状態を思い出せば、1週間もあれば、原状回復できることがわかっています。



さらに1ヶ月も経てば、今度は生産過剰で在庫がだぶつき価格が下がりました!



また、この消費税アップによる数円の差は、4月1日以降でも特売日セールで十分元が取れますよ~。



それより忘れがちなのは、郵便料金の値上げです。



はがきが50円から52円、封書が80円から82円。



当面2円切手が売れそうですね。



そして早晩出さなければいけない郵便物は、どうせなら3月末までに投函しましょう。



こうした廉価な日用品ではなく、比較的高価で値崩れしない白物家電や車などは3%アップでも金額が大きいので3月中の購入は検討すべきですね。



さて、もう1件の話題は、睡眠関連です。



春眠暁を覚えず、の季節でもあります。



睡眠の質が悪い? 

毎日7時間以上でも眠い理由

寝ても眠い…「激しい睡魔」の正体

2014.02.20



ビジネスマンの大敵、日中の眠気。

ひどいときは、移動の電車や会議中だけでなく、打ち合わせ途中でも睡魔が襲ってくる。

この眠気は、いったいなんなのか?



「まず疑わなくてはいけないのは、純粋な睡眠不足です」とは、東京慈恵会医大附属病院の睡眠医療認定医・原田大輔先生。



「多くの実験では、睡眠が6時間未満になると、日中の眠気が増し、記憶の定着や作業効率が落ちる傾向があるとわかっています」



睡眠不足に陥る原因は多忙だけでなく、体内時計が乱れる概日リズム睡眠障害や、不安などによる心理的原因による不眠、下肢に異常感覚があるむずむず脚症候群など多岐にわたり、これらが日中の眠気につながっているという。

しかし、毎日7時間以上の睡眠が取れている場合はどうなのだろうか。



「睡眠の質が悪いのかもしれません。

例えば、睡眠時無呼吸症候群は、睡眠中に呼吸が止まる病気で、深い眠りが取れません。

これには、適切な治療が必要です。

また、寝酒をするとアルコールを分解するときに出る覚醒物質により、やはり眠りが浅くなります」



日中の眠気対策は、根本的には、夜に質の良い睡眠を十分に取る必要があるのだとか。

ただ、午後に重要な会議があるときなど、一時的に眠気を飛ばせればいいのだが…。



「眠気は体温が下がる時に出現するので、例えば、昼食は辛い料理などではなく、ざるそばなど体温を上げない料理にする。

15時より前ならば15~20分ほど仮眠を取るといいでしょう。

仮眠直前にカフェインを取れば、すっきり目覚められます。

あとは、仮眠後に太陽光を浴びる。

これだけで、2~3時間なら、眠気にあらがえると思います」



イケア・ジャパンの試算によると、東京の「睡眠不足による経済損失額」は、年間4757億円にも上るという。

仕事の効率を落とさないためにも、ムダな夜更かしは控えるようにしたい。

(コージー林田)



ラテン国にある有名なシエスタは人間の生理にかなった習慣なのかもしれません。



シエスタ(西: siesta)は、スペイン語でお昼もしくはその時間の昼休憩(13:00~16:00が目安)を指す言葉である。

本来、siesta という言葉は、ラテン語の hora sexta(第六時)における sexta を由来とする。

すなわち日の出を基準として「第6時」(日の出から6時間後)、つまり、おおよそ正午辺りの時間帯の意味である。

ポルトガル語では、同語源の語で sesta(セスタ)と呼ばれる。

siesta を昼寝を意味するものではなく、長い昼休みに何をしてもよいということである。

起きていてもsiesta である。



スペインの習慣



伝統的なスペインの昼食の時間は日本よりも遅い。

しっかりした食事を摂った後に午睡となる。

昼下がりの時間帯がシエスタ時間である。

この時間帯(午後3時頃)は商店、企業、官公庁などの多くが休業時間となっており、しばしば事情を知らない外国人旅行者が戸惑うことになる。

オフィスワークの場合、シエスタの後は再び仕事に戻る。

昼食と同様、夕食も日本よりも遅く、就寝時刻も遅い。

しかし、朝は早い。

つまり、シエスタをするからといって睡眠過多にはならない。

睡眠時間の合計はシエスタなしの生活様式と大差ない。

EU統合によって、北の諸国の習慣にあわせてシエスタの慣習を廃止する傾向がみられる。

例えば、2006年1月1日よりスペインの公務員についてはシエスタ制度が廃止された。



日差しを避ける



スペイン人は伝統的には日差しを嫌う傾向がある。

ドイツ人や北欧諸国の人々のように太陽に強く憧れる傾向は極めて薄く、それぞれの言語を比較してもドイツ語が太陽に母性を求めてDie Sonneと女性名詞で呼ぶのに対しスペイン語では強く激しい日差しを与える太陽はEl Solと男性名詞で呼ばれる。

これはシエスタ習慣(昼下がりの睡眠が日没後の活動時間を延長させる)との関連性が指摘されうる民族性である。スペインでは日差しを回避するために、以下に述べるような独自の習慣がある。

屋外競技の観客席は、試合中終始日陰になっている席(ソンブラ)が最も高く、試合途中から日陰になる席が次に高く(ソル イ ソンブラ)、試合中、終始日向の席(ソル)が最も安い(このような席料の違いは、昼間に開かれる闘牛でよく見られる)。

このように日差しと席料に相関がある。

そのため、全ての席が「日陰」となる日没後に収益性が最も高くなることからプロサッカー(リーガ・エスパニョーラ)の場合、日曜日であっても22時からのキックオフとなることがある(スペインは緯度が高いこと、中央ヨーロッパ時間を採用していること、サマータイムを採用していることから夏季は約2時間実際の時刻より早いため、日没の時刻は遅い)。

また、選手の方も炎天下での試合は疲労が強くなるため、日没後の試合を望む傾向がある。

日差しが差し込む南向きの店舗は好まれない。

日陰となる北向きの店舗の方が賃料が高い。

ただし、外国人旅行者(ドイツ人など)はスペインに強い日差しを求めてやってくるため、保養地では南向きの店舗の方が高い。



スペイン以外の例



アルゼンチン



スペインの旧植民地であるアルゼンチンにもシエスタの習慣が存在する。

アルゼンチンのシエスタの時間帯は、基本的に午後1時~午後4時である。

仕事をするのは午前8時~午後0時と午後4時~午後8時が一般的である。

ただし、首都ブエノスアイレスの中産階級の職場では執務時間として国際的な午前9時~午後5時にしていることが多い。



日本



岐阜県庁では、2011年3月に発生した東北地方太平洋沖地震の後、節電を目的としたシエスタを、2011年6月に導入した。

岐阜県庁では午後1-3時の電力使用量を例年比で20%削減を目指すとされた。



シエスタの効用



一般的に人間のサーカディアンリズムは、午前中は上昇、正午頃が最も高く、午後2~3時ごろにかけて活性が低下する。

午後4時すぎに再び上昇に転じて数時間活性化した後、就寝時間に向けて再び低下、就寝中の深夜2~3時に最低となる(健康的な朝型生活の人の場合)。

心身の活性が低い午後の2~3時を睡眠時間にあてることは合理的な行動である。

この時間帯は交通事故が起こる頻度も上昇する。



午睡の習慣は香港・インド・ベトナムなどの熱帯・亜熱帯地域や地中海性気候である地中海沿岸のギリシャ・イタリア・中東・北アフリカでも一般的に見られる。(ウイッキペディア)



日本でも岐阜県庁が導入していたとは知りませんでした。



やりますなあ。



そして上記の耳慣れない言葉、サーカディアンリズムとは、



概日リズム(がいじつリズム、英語: Circadian rhythmサーカディアン・リズム)とは、約24時間11分周期で変動する生理現象で、動物、植物、菌類、藻類などほとんどの生物に存在している。

英名である「circadian rhythm」は、ラテン語の「約、おおむね」を意味する「circa」と、「日」を意味する「dies」から名付けられた。つまり「おおむね1日」の意味である。



日、週、季節、年などの単位で経時的に変化する生物のリズムを研究する学問を時間生物学という。



厳密な意味では、概日リズムは内在的に形成されるものであるが、光や温度、食事など外界からの刺激によって修正される。

概日リズムは人を含む動物において、睡眠や摂食のパターンを決定する点において重要である。

脳波、ホルモン分泌、細胞の再生、その他の多くの生命活動には明確な概日リズムが存在している。

1970年にArthur T. Winfree(米国)がショウジョウバエで「シンギュラリティ現象」(強い光で概日リズムが一時的に狂う現象)を確認して以降、多種の生物で概日リズムの狂いが観察されている。

身近な現象に当てはめると、夜更かしによる不眠や航空機による移動により生じる時差ぼけの緩和に「強い光が有効」であることは広く知られているが、この発生メカニズムを細胞レベルの実証実験で証明した。



長期的なリズムの乱れは、体の健康を深刻に悪化させる。

特に心血管病を発生・悪化させる。

体内時計を考慮して投薬を行うことで、薬の効力を増し、副作用や毒性を減らすことができる可能性が指摘されている。



概日リズムと疾患



概日リズムにより、上記のように内分泌・代謝系および自律神経系も影響を受ける。



高血圧: 内因性カテコラミンは、ヒトにおいて活動を開始する起床時〜午前中にかけて分泌される。

早朝高血圧が引き起こされる。



冠攣縮性狭心症: 副交感神経優位となる夕刻に発作が多く見られる。



気管支喘息: 日中は内因性ステロイドホルモンが分泌されている。

減少する夕刻〜明け方にかけて発作が多く見られる。(この他気温にも影響を受けている。)



糖尿病: 午前中は午後と比べ、カテコラミンやステロイドの影響を受け、インスリン需要が高く推移することが多い。インスリン注射療法では午前中の投与量を多くする。



朝一番に太陽光を浴びることはやはり大切なんですね。



部屋の窓はやはり東向きに欲しいですね。



では、音楽の時間です。

私にとってイエスの代表作はこれです。

4枚目のアルバム「Fragile」のA面1曲目です。

曲名の意味は、回り道とか回転木馬とかの意味です。

Yes - Roundabout

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Yes 「Owner of a Lonely Heart」(世界音楽遺産に!)

昨日、勝手に予想したアカデミー賞の結果が判明しました。



果たして・・・



アカデミー賞、真の勝者は?

『ゼログラ』7冠

ぴあ映画生活 3月3日(月)



第86回アカデミー賞授賞式が2日(現地時間)、米ロサンゼルスのドルビー・シアターで行われ、『それでも夜は明ける』が作品賞をはじめ3冠に輝いた。

奴隷制度を真正面から描いた本作の快挙に、異論を唱える声はほぼないはず。

一方で、革新的な映像体験で世界をうならせたアルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』が監督賞など最多7部門を受賞し、オスカー像の数では圧勝する結果となった。



近年まれに見る豊作で、大混戦の様相を呈した今年のアカデミー賞。

なかでも頭ひとつ抜きん出た『それでも夜は明ける』と『ゼロ・グラビティ』の対決は熾烈を極めた。

当初の予想通り、撮影賞、視覚効果賞、録音賞といった技術賞は『ゼログラ』がほぼ独占。

さらに統計上、作品賞と同時受賞するケースが多い監督賞&編集賞にも輝き、授賞式の途中には「作品賞も?」という空気が流れる勢いだった。

最終的には昨年同様、作品賞と監督賞の“痛み分け”で決着した形だ。



もちろん、俳優賞も忘れてはいけない。

ともに過酷な役作りで観客を圧倒した『ダラス・バイヤーズクラブ』のマシュー・マコノヒー、ジャレッド・レトがそれぞれ主演男優賞、助演男優賞を受賞。ケイト・ブランシェットが主演女優賞、新星のルピタ・ニョンゴが助演女優賞に輝いた。

4人とも同賞を受賞するのは初めて(ブランシェットは『アビエイター』で助演女優賞を受賞している)。

歴史的な著名人ではなく、それぞれに極限状態を生き抜こうとする“名もなき人”を演じている点も印象的だ。



また、長編アニメ賞と歌曲賞を受賞した『アナと雪の女王』の“無敵っぷり”もあっぱれの一言だ。

全世界興収はいまや10億ドルに迫る勢いで、サントラの世界売上も400万枚目前。

2013年のハリウッドにおいて、評価&興収の両面で大勝した同作こそ真の勝者なのかもしれない。



【第86回アカデミー賞】

作品賞:『それでも夜は明ける』(スティーブ・マックイーン監督)

監督賞:アルフォンソ・キュアロン『ゼロ・グラビティ』

主演男優賞:マシュー・マコノヒー『ダラス・バイヤーズクラブ』

主演女優賞:ケイト・ブランシェット『ブルージャスミン』

助演男優賞:ジャレッド・レト『ダラス・バイヤーズクラブ』

助演女優賞:ルピタ・ニョンゴ『それでも夜は明ける』

長編アニメ映画賞:『アナと雪の女王』





作品賞は、奴隷制度を真正面から描いた「それでも夜は明ける」でした。



専門家が、奴隷制度などの差別的作品は作品賞から敬遠されるというジンクスも今回は裏切られたようですね。



私の何の根拠もない予想も大外れでしたが。



ちなみに、スティーブ・マックイーン監督は初の黒人監督での受賞者で、「大脱走」や「荒野の七人」に出ていた名優とは違いますので、勘違いしないでね。



では、今日の本題です。



一読すると当たり前のことが書かれているようですが、こうした文章には注意が必要です。



弁護士でNGOの事務局長という偉い人が、河野談話の問題点を読み違えていることに愕然とします。



少々長いですが、彼女の言い分から見てみましょう。



河野談話の検証、なぜ政府は秘密裏に進めようとするのか。

伊藤 和子 | 弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長

2014年3月2日



1 河野談話の検証



政府は、従軍慰安婦問題に関するいわゆる河野談話を検証するという。



報道はこうだ。



菅義(よし)偉(ひで)官房長官は28日午前の衆院予算委員会で、慰安婦募集の強制性を認めた「河野洋平官房長官談話」の根拠となった元慰安婦の聞き取り調査などの再検証について「秘密を保持する中で、政府としてもう一度確認することが必要だ」と述べ、政府内に検討チームを作る方針を表明した。

出典:産経新聞



2 そもそも、河野談話とは何か。



これは、「慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話 」(平成5年8月4日)のことである。



すでに知っている人も多いと思うけれど、その重要部分は以下の通りだ。



いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。

 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。

慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。

慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。

また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。

政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。

また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。

われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

出典:http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taisen/kono.html

この河野談話に書かれたことは、これまで何ら疑義のない、確定した歴史認識として通用してきた。



争いのない事実ばかりであり、国連人権委員会、小委員会からもこの人権侵害の事実については詳細な報告書が出されている(クマラスワミ報告、マグドゥーガル報告など)。



そもそも、政府が設置したアジア女性基金(慰安婦の方々からは強く非難されてきた基金である)自体が、河野談話の範囲の事実を認める事実関係を争いのない事実として明記しているのだ。



3 「検証」すること自体の異例さ



このように、いったん国として責任をもって調査を実施し、責任を認めた植民地支配、侵略の過程での人権侵害について、いまさら検証するということ自体は、極めて異例である。



そして、その責任を否定する方向で検証が行われるとすれば、あまりにも恥ずべきことと言わざるを得ない。



一度認めた他国への罪、人権侵害の事実を、時が経過したから、「責任はなかった」「責任は軽かった」などと開き直る国を私はあまり知らない(例えば殺人事件の犯人、レイプ事件の犯人が、いったんは明確に自らの責任を認めて判決が確定した後、20年以上たって、「責任はなかった」「責任は軽かった」などと言いだしたら、どう思うだろうか、最低の卑怯な人間のようなふるまいを主権国家がやってよいのか)。



人権侵害の規模や性質は異なるものの、ナチスドイツの行為の責任を徹底して検証し、認め、謝罪し、補償をしてきたドイツでは、歴史の再検証など到底あり得ないことである。



国際社会は人権問題にセンシティブであるが、人権問題のうち、最もゆるがせにしてはならないのが、戦時下の「戦争犯罪」「人道に対する罪」に該当する重大犯罪である。

そして、戦時下の性暴力はそうした最も許しがたい人権侵害に分類されている。



そのような過去を経験した国が、その歴史の修正を試み、人権侵害を直視しない、ということになれば、人権感覚として極めて問題のある国、という評価を受けることになる。

その重大性をどこまで現内閣は認識しているのだろうか。



4 なぜ非公開なのか



最近ではNHK籾井会長や橋下維新の会共同代表はじめ、極めて遺憾なことに、従軍慰安婦の加害責任をきちんと認めない問題な言動が相次いでいる。



従って、仮に、安倍内閣が再度徹底して透明性の高い調査をし、人権侵害の事実と責任の所在について改めて明確にしよう、というのであれば、意義のあることかもしれない



しかし、冒頭の官房長官談話をみれば、この調査は秘密裏に実施されるという。

懸念は増すばかりである。



なぜ秘密なのか。

どうして透明性の高い公明正大なプロセスとして、有識者、法律家等などを入れた公開のプロセスとしないのか。



不信感を抱かざるを得ない。



このようなやり方は、こうした過去の人権侵害の検証プロセスに関する国際スタンダードに明らかに反しているのである。



過去の人権侵害の検証プロセスはしばしば移行期正義(Transitional Justice)と言われるが、調査委員会、法廷などその形式の如何を問わず、公開性はイロハのイである。

独立した専門家が委員に選任され、公開の公聴会が行われ、証拠は公開され、調査結果とその根拠も公表される(南アフリカでも南米でも、アジア諸国でもそのようにしている)。



政府がこっそりと密室で人権侵害の歴史を検証することなど、現在の国際社会の常識では到底ありえない。



まして、日本のあり方に深くかかわる歴史認識の問題に関して、政府の秘密会のようなところでこっそり話しあって、万一にも従前の認識を勝手に覆すようなことがあれば、きわめて非民主的というほかなく、国際社会も、近隣諸国も、被害者も到底納得しないであろう。



私たち主権者も一切かかわれない、一切情報から遠ざけられたまま、ある日突然歴史に関する新しい歴史の事実が「上からお達し」されるということでよいのか。

私たちはいかなる時代のいかなる国に生きているのだろうか。



5 そもそも安倍内閣の事実認定のあり方には重大な疑問



何よりも、慰安婦問題に関する安倍内閣のこれまでの、事実や資料に不誠実な姿勢からみて、内閣の秘密裡による調査が適正に実施されるのか、極めて疑問と言わなければならない。



安倍内閣は、河野談話を踏襲してきたというが、2007年の第一次安倍内閣時代には、以下のような閣議決定がされている。



「関係資料の調査及び関係者からの聞き取りを行い、これらを全体として判断した結果、(中略)内閣官房長官談話のとおりとなったものである。

また、同日の調査結果の発表までに政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」

出典:(二〇〇七年三月八日に辻元清美が提出した質問主意書に対する答弁)



このような認識は、「慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった」という河野談話の認識と一致するものとは考えにくい。



しかも、河野談話の前提となる政府の調査結果の中には、慰安婦の強制連行を示す証拠があったことが明らかになっているのだ。



オランダ人への戦争犯罪等を裁くBC級裁判、いわゆるバタビア臨時軍法会議の裁判資料がそれだ。



昨年、以下のような資料が市民に情報公開された。



戦時中、旧日本軍がインドネシアの捕虜収容所からオランダ人女性約35人を強制連行し、慰安婦としたとの記載がある公的な資料が6日までに、国立公文書館(東京)で市民団体に開示された。

資料は軍の関与を認めた河野官房長官談話(1993年)の基となるもので、存在と内容の骨子は知られていたが、詳細な記述が明らかになるのは初めて。

 法務省によると、資料名は「BC級(オランダ裁判関係)バタビア裁判・第106号事件」。

49年までに、オランダによるバタビア臨時軍法会議(BC級戦犯法廷)で、旧日本軍の元中将(有期刑12年)、同少佐(死刑)など将校5人と民間人4人を強姦(ごうかん)罪などで有罪とした法廷の起訴状、判決文など裁判記録のほか、裁判後に将校に聞き取り調査をした結果が含まれる。

計約530枚で、法務省がこれらを要約したものが談話作成の際に集められた資料の一つとなった(中略)。

元陸軍中将の判決文などによると、戦時中の44年、ジャワ島スマラン州に収容されていたオランダ人女性を、日本軍将校が命じて州内4カ所の慰安所に連行し、脅して売春させた。

出典:共同通信 2013年10月7日



このバタビア臨時軍法会議では、証人が、ジャワ島スマランのオランダ人抑留所にいた女性や少女達を、売春をさせるために強制的に連行したということを克明に証言している裁判記録もある。



辻元清美議員は、この裁判記録をもとに2007年に第一次安倍内閣に質問趣意書を出している。



http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/a166266.htm



この辻元議員に対する政府の答弁書は



連合国戦争犯罪法廷に対しては、御指摘の資料も含め、関係国から様々な資料が証拠として提出されたものと承知しているが、いずれにせよ、オランダ出身の慰安婦を含め、慰安婦問題に関する政府の基本的立場は、平成五年八月四日の内閣官房長官談話のとおりである。

出典:http://www.shugiin.go.jp/itdb_shitsumon.nsf/html/shitsumon/b166266.htm

というものである。



河野談話のとおりだ、などと話をぼかしているが、このように強制連行を示す証拠があるにもかかわらず、「軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述も見当たらなかった」と閣議決定したのだ。

そして、証拠をつきつけられて質問趣意書を受けても、理由も明確にしないまま、閣議決定の認識を変更しようとは全くしないのだ。



辻元議員は2013年も同様の質問をしているが、安倍内閣の答弁は変わらなかった。

強制はない、という言い分も変更していない。



これ、弁護士の端くれである私などから見ると、全く筋が通っていないのだ。



裁判で、強制連行をした事実を前提に有罪判決となっている事件の存在を知り、その資料も入手しながら、どうして、「強制連行を示す証拠はない」と言えるのか。



裁判や証言の信憑性を今さら争うつもりなのか?

信憑性を否定するならその根拠は何か?

そうした理由を一切示さないまま、政府の一存で「強制連行はない」と言い張れば、それが正しい事実になるのだろうか。



このように政府は平気でうそをついているとしか言えないのが現状である。

このことを国会議員やメディアがあまり問題にしないのも、議員やメディアの怠慢としか言いようがない。

何を萎縮・遠慮しているのだろうか。



6 改めて、秘密の独走を許してよいのか。



以上のように、安倍内閣の過去の歴史に関する事実認定に問題があり、適正な事実認定能力に欠けることは、オランダ人慰安婦に関する裁判記録からも明らかになっている。



政治的とか、イデオロギー的という以前の、事実を直視しない、証拠を無視する、という、事実認定能力の基本に欠ける問題なのである。



そのような政府に、秘密裏に、歴史認識の認定を委ねれば、どんな非常識な結果になるのか、想像に難くない。



都合の悪い証拠が出てきても、無視して大胆に、自分の好きなように事実を検証し、決められることになってしまう。まさに茶番になる危険性があるのだ。



どうしても今検証するというのであれば、公開で透明性のあるプロセスにすべきだ。



過去の確定した判決を理由もなく無視するような、世界に恥ずかしい事実認定をさせないためにも、独立した立場の有識者、裁判官OBや検察OB、ジャーナリストなど、独立性のある、まともな人が入ってチェックすべきである。



出来る限りの証拠を国内外から新たに収集して、公開しながら事実を認定すべきだ。



都合の悪いことを国民やメディアから隠す「秘密保護法」が昨年成立したが、政府が秘密裏に勝手なことをやって独走し、国益を損なう結果になる見本のような事態が起こりつつある。



そして、その結果は、世界に対する日本の信頼を失墜させ、近隣諸国やオランダを含めた被害国との関係を決定的に悪化させ、地域を不安定にし、平和と安全保障を危険に晒し、国益を損なう危険性がある。

曲がってはならない歴史の曲がり角を曲がることになりかねない。



このようなことはあってはならない。



政府は事の重大性を深く認識し、このような軽率な行動をやめ、歴史と史実、資料に謙虚に、公正な姿勢で事態に対処すべきである。



伊藤 和子

弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長

1994年に弁護士登録。

女性、子どもの権利、えん罪事件など、人権問題に関わって活動。米国留学後の2006年、国境を越えて世界の人権問題に取り組む日本発の国際人権NGO・ヒューマンライツ・ナウを立ち上げ、事務局長として国内外で現在進行形の人権侵害の解決を求めて活動中。

同時に、弁護士として、女性をはじめ、権利の実現を求める市民の法的問題の解決のために日々活動している。

ミモザの森法律事務所(東京)代表。




河野談話の少人数での検証の経緯は、国会でも議論されていましたが、非公開を前提とした聞き取り調査だったため、慰安婦の氏名が特定できたりするとまずいという人権上の配慮の末にでてきた妥協案だということです。



伊藤弁護士がさかんに、議論を公開すべきだと言っていますが、国際人権団体に所属している人物が、人権を軽視するような発言にまず驚かされました。



私も、できることならオープンに議論すべきだという考え方ですので、人権弁護士さんのお墨付きがもらえるなら是非とも公開すべきです。



しかし、弁護士としてもっと致命的な発言は、以下の例えです。



一度認めた他国への罪、人権侵害の事実を、時が経過したから、「責任はなかった」「責任は軽かった」などと開き直る国を私はあまり知らない(例えば殺人事件の犯人、レイプ事件の犯人が、いったんは明確に自らの責任を認めて判決が確定した後、20年以上たって、「責任はなかった」「責任は軽かった」などと言いだしたら、どう思うだろうか、最低の卑怯な人間のようなふるまいを主権国家がやってよいのか)。



伊藤弁護士のレイプ事件の例えに倣えば、一度は司法取引で責任を認めて賠償も謝罪もしたものの、20年経っても被害者から執拗にレイプ野郎とネットなどで拡散されている状況に怒った受刑者が、当時の司法取引で罪を認めればすべて終わらせる、という前提だったことを暴露し始めた、という状況に例えられます。



罪を全てを認めれば終結させるという前提が違っているわけですから、受刑者が怒るのは当たり前です。



もちろん司法取引は日本では認められていませんが・・・



司法取引とは、裁判において、被告人と検察官が取引をし、被告人が罪状を認めるか、あるいは共犯者を法廷で告発する、あるいは捜査に協力することで、求刑の軽減、またはいくつかの罪状の取り下げを行うこと。

司法取引の結果として軽減された検察官の求刑に裁判所が法的に拘束されるわけではなく、求刑以上の量刑を行うことも可能であるが、司法取引の刑事政策上のメリット、当事者主義の理念から裁判所は司法取引の結果を尊重することが多いとされる。

被告人による罪状認否の制度が存在する英米法の国で可能になる制度である。(ウイッキペディア)



あまり仮定の話をしてもしかたありませんが、例えば冤罪などでも、一度は厳しい取調べで罪を認めたものの、本当にやっていないのなら何年後だろうが再審請求する権利が認められています。



確定した判決をその後で、事実関係を含めもう一度はっきりさせようとする行為は個人としても国としても決して恥ずべき行為ではないし、法律で認められた権利(控訴権)であることは言うまでもありません。



しかも、これは裁判の判決でもなんでもない単なる官房長官の談話レベルの話です。



さらに言えば、河野談話とは伊藤弁護士がさかんに異議申し立てている、一部関係者のみの馴れ合いと阿吽の呼吸で作られた密室の作文だった疑いが濃厚なわけですから、河野談話の成立過程自体を問題視しないのには公平さを欠いています。



当時の取調べ内容や談話作成過程に、事実とは違うことがあったのかどうかを検証するのが、今回の目的であり、最初から無罪ありきの検証ではないことは当然です。



伊藤弁護士の危惧しているのは、始めから結果ありきで、政府に都合の悪い事実が出てきても隠されるのではないかという点だと思われますが、議論をオープンにしようにもできない理由があるのですから、心配ならご本人も是非オブザーバーでも参加して欲しいものです。



ということで、繰り返しますが、検証すること自体は決して異常でも異例なことでもありません。





それから、後半に出てくるオランダ人女性の強制連行は実際にあったのでしょう。



そして、その行為に加わった兵士は裁かれ、受刑しています。



そうした戦時中に起こした不幸な事件は、戦後きちんと裁かれて終結しているはずです。



だからこそ、オランダ政府はそれ以上事を荒立てたりはしていません。



国際的な謝罪が一度容認されれば、それで怨念も終結させることが社会的な常識だからです。



韓国が現在のように、執拗に慰安婦問題を蒸し返さなければ、わざわざ河野談話を再検証する必要もなかったわけです。



少なくとも日本人は、河野談話の多くの嘘や虚構を含めて一度は受け入れていたのです。



そうした謝罪も靖国参拝にかこつけて突然受け入れられないと言いだし、従軍慰安婦像を全世界に拡散する暴挙に対して、日本政府は事実関係をもう一度明らかにして強制連行が軍主導で行われていたとする談話の正当性を検証しようとしているのが、河野談話の再検証の本当の意味です。



ソチオリンピックでもありましたが、他国のスピードスケートの選手が接触してメダル候補の韓国人選手と一緒に失格になったときにも、謝罪をしている選手に対しても、執拗に非難し続けていた韓国人の行動はやはり異常です。



非難すべき矛先は、日本政府の河野談話の再検証ではなく、戦後終結したはずの従軍慰安婦問題をまだ終わっていないと強弁する韓国政府の頑なな態度にあることは間違いないのですが・・・



もちろん、戦争の加害者国が胸を張って言うべきではないことではないのですが、一方的に間違った前提でものを言われるのも腹立たしいものです。



日本は河野談話の再検証と平行して、無宗教の戦没者慰霊碑(または、日本の数多ある宗教法人から献金をつのって特定の宗教の色が出ないようにする等)を建立し、誰もが堂々と参拝できる施設を確保すべきです。



では、音楽の時間です。

イエス後期の代表作はこれですね!

マセガキのPVですが、なんでこんなの作ったんだろう。

Yes Owner of a Lonely Heart

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Yes「Tron Thomi」(世界音楽遺産に!)

今年もアカデミー賞の季節がやってきました。(日本時間で3月3日です)



今年度のノミネート作品は以下の9作品です。



『アメリカン・ハッスル』



1970年代後半のアメリカを揺るがした政治家などの収賄スキャンダル、アブスキャム事件を題材にしたサスペンスドラマ。

自由と引き換えに、FBIが仕掛ける悪徳政治家検挙を狙ったおとり捜査に協力させられる詐欺師たちの姿を、スリリングに映し出していく。

メガホンを取るのは、『世界にひとつのプレイブック』などのデヴィッド・O・ラッセル。

『ザ・ファイター』などのクリスチャン・ベイルを筆頭に、ブラッドリー・クーパー、エイミー・アダムス、ジェニファー・ローレンスら、実力派スターが結集してクセのある登場人物たちを熱演する。

監督:デヴィッド・O・ラッセル

キャスト:クリスチャン・ベイル、ブラッドリー・クーパー、ジェレミー・レナー



『キャプテン・フィリップス』



2009年のソマリア海域人質事件をテーマに、海賊に拉致されたコンテナ船船長をトム・ハンクスが演じたドラマ。

船員の救出と引き換えに4日間にわたって海賊の人質となった船長の運命と、海軍特殊部隊ネイビーシールズによる救出作戦を、緊張感あふれる演出で活写する。

原作は、船長リチャード・フィリップスが著したノンフィクション。

『ボーン』シリーズや『ユナイテッド93』などのポール・グリーングラス監督が映画化した。

船長としての誇りと拘束された恐怖を体現するトム・ハンクスの熱演と、リアルで迫力ある救出劇が見どころ。

監督:ポール・グリーングラス

キャスト:トム・ハンクス、バーカッド・アブディ、バーカッド・アブディラマン



『ダラス・バイヤーズクラブ』



1980年代当時無認可だったHIV代替治療薬を密輸販売し、アメリカのHIV患者が特効薬を手にできるよう奔走した実在のカウボーイの半生を映画化した人間ドラマ。

HIV陽性と診断されたカウボーイを『マジック・マイク』などのマシュー・マコノヒーが演じ、21キロも減量しエイズ患者という難役に挑んだ。

『チャプター27』などのジャレッド・レトー、『JUNO/ジュノ』などのジェニファー・ガーナーが共演。

監督を『ヴィクトリア女王 世紀の愛』のジャン=マルク・ヴァレが務める。

監督:ジャン=マルク・ヴァレ

キャスト:マシュー・マコノヒー、ジャレッド・レトー、ジェニファー・ガーナー



『ゼロ・グラビティ』



『しあわせの隠れ場所』などのサンドラ・ブロックと『ファミリー・ツリー』などのジョージ・クルーニーという、オスカー俳優が共演を果たしたSFサスペンス。

事故によって宇宙空間に放り出され、スペースシャトルも大破してしまった宇宙飛行士と科学者が決死のサバイバルを繰り広げる。

監督を務めるのは、『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』『トゥモロー・ワールド』などの鬼才アルフォンソ・キュアロン。極限状況下に置かれた者たちのドラマはもとより、リアルな宇宙空間や事故描写を創造したVFXも必見。

監督:アルフォンソ・キュアロン

キャスト:サンドラ・ブロック 、ジョージ・クルーニー



『her/世界でひとつの彼女』



『かいじゅうたちのいるところ』などの鬼才スパイク・ジョーンズが監督と脚本を手掛けたSFラブストーリー。

人工知能型OSシステムの声に惹(ひ)かれる主人公と、生身の女性よりも魅力的なシステムとの恋のてん末を描く。『ザ・マスター』などのホアキン・フェニックスが主演を務め、彼が恋心を抱く声の主を『マッチポイント』などの女優スカーレット・ヨハンソンが好演。近未来的な物語に息を吹き込む彼らの熱演が胸に響く。

監督:スパイク・ジョーンズ

キャスト:ホアキン・フェニックス 、エイミー・アダムス 、スカーレット・ヨハンソン



ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅



『ファミリー・ツリー』などのアレクサンダー・ペインがメガホンを取り、頑固な父と息子が旅を通して家族の絆を取り戻す様子を描くロードムービー。

大金が当選したという通知を信じる父とそれを怪しむ息子が、モンタナからネブラスカまで車で旅する途中に立ち寄った父の故郷で、父の意外な真実に遭遇しながらつながりを深めていく様子を映し出す。

父と息子の役には、『帰郷』などのブルース・ダーンと『最凶家族計画』などのウィル・フォーテ。

不器用だけれど憎めないキャラクターや、本作でカンヌ国際映画祭男優賞を受賞したブルースの演技に魅了される。

監督:アレクサンダー・ペイン

キャスト:ブルース・ダーン、ウィル・フォーテ、ジューン・スキッブ



『あなたを抱きしめる日まで』



10代で未婚の母となり幼い息子と強制的に引き離された女性の奇跡の実話を、『クィーン』などのスティーヴン・フリアーズ監督が名女優ジュディ・デンチを主演に迎えて映画化。

ジャーナリストのマーティン・シックススミスによる「The Lost Child of Philomena Lee」を基に、50年前に生き別れた息子との再会を願う母親フィロミナの姿を描く。

彼女の息子捜しを手伝うマーティン役には、本作のプロデューサーと共同脚本も務める『マリー・アントワネット』などのスティーヴ・クーガンがふんする。

監督:スティーヴン・フリアーズ

キャスト:ジュディ・デンチ、スティーヴ・クーガン、ソフィ・ケネディ・クラーク



『それでも夜は明ける』



奴隷制度がはびこっていたアメリカを舞台に、自由の身でありながら拉致され、南部の綿花農園で12年間も奴隷生活を強いられた黒人男性の実話を映画化した伝記ドラマ。

主人公が体験した壮絶な奴隷生活の行方、そして絶望に打ち勝つ希望を描き出す。

監督は『SHAME -シェイム-』のスティーヴ・マックィーン、黒人男性を『2012』などのキウェテル・イジョフォーが演じる。

共演には、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ、ブラッド・ピットら豪華キャストがそろう。

監督:スティーヴ・マックィーン

キャスト:キウェテル・イジョフォー、マイケル・ファスベンダー、ベネディクト・カンバーバッチ



『ウルフ・オブ・ウォールストリート』



実在の株式ブローカー、ジョーダン・ベルフォートの回想録を映画化した実録ドラマ。

1980年代から1990年代のウォール街で、若くして大金を稼ぎ、その後証券詐欺の容疑で逮捕された彼の栄枯盛衰を見つめていく。

監督と主演は『ディパーテッド』『シャッター アイランド』などでコンビを組んできた、マーティン・スコセッシとレオナルド・ディカプリオ。

事実とは思えないほどのジョーダンのエピソードもさることながら、ジョナ・ヒルやマシュー・マコノヒーら、実力派の共演にも注目。

監督:マーティン・スコセッシ

キャスト:レオナルド・ディカプリオ、ジョナ・ヒル、マーゴット・ロビー



上記作品を見ていない私が、あらすじだけで大胆に作品賞を予想します。



本命は『キャプテン・フィリップス』、対抗は『ダラス・バイヤーズクラブ』で、大穴は地味な「ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅」でしょうか。



一方、専門家の予想は・・・



受賞予想=「アメリカン・ハッスル」

THE アメリカ映画。そして白人の映画。そしてユダヤ人監督の作品。

デビット・O・ラッセルの本命作でありアメリカで起きた事件の作品。

ユダヤ系保守派の多いアカデミー会員が思い出しやすい70年代という設定。

演技部門コンプリート候補、2年連続候補ラッセルの快進撃、作品の評価率といい一番手に踊りでた感じ。



~ジンクス1:メディアを題材にした映画は受賞させない~



他の作品と違い、ハッスルが受賞しやすい理由には、アカデミー賞の見えて見えない特殊なジンクスが今回も適応されると思われる。

このジンクスは、2011年のアカデミー賞対決「英国王のスピーチ」VS「ソーシャル・ネットワーク」のような構図がもっとも分かり易い。

前哨戦はソーシャル~の圧勝であったが、後半から英国王が受賞に至った経緯は、

ABCネットワークで放映される授賞式に、メディア(ソーシャル~の場合はSNSなど)批判の映画は絶対に受賞できないジンクスをアカデミー賞は守った。

このメディア批判映画は「市民ケーン」の時代から伝統とされており、「大統領の陰謀」「ネットワーク」「インサイダー」などテレビ・新聞を題材に扱ったセンセーショナルな作品は絶対受賞させていない。

作品の善し悪しは関係ない。

ジンクス通り、保守的作品「英国王のスピーチ」が作品を受賞。

ソーシャル~は技術部門受賞にとどまった。

つまり、アカデミーは安定牌が好みである。



~ジンクス2:政治的要因の多いアカデミー会員~



ほかのジンクスを検討すると、「ブローバック・マウンテン」のゲイ要素、「ダークナイト」のアメコミへの偏見、「インサイダー」でのメディア批判映画の除外など

アカデミー賞には、見えて見えない特殊で独特な受賞させないジンクスがある。

しかし、ハッスルにはいまのところない。

ブラッドリー・クーパー、エイミー・アダムス、ジェニファー・ローレンス、クリスチャン・ベール、ジェレミー・レナー、そしてマフィア役のロバート・デ・ニーロ!

これだけ絢爛豪華な犯罪映画に注目がいかないわけない。

なによりもアメリカの映画である。

これはカンヌ映画祭など違い作品の善し悪しではない。

6000人近い会員の投票はある種の政治的要因が強い。



~ジンクス3:奴隷制・差別的作品は敬遠される~



他の候補のウイークポイントを考察してみる。

「それでも夜はあける」・・・奴隷制度を描いた映画でありシリアスな映画。

また監督のマックイーンがセンセーショナルな作品を撮り上げる監督。

その点を考慮しても批評家協会のみでの受賞にとどまりそう。

また、プロデューサーにブラット・ピットが連盟しているのもマイナス。

スタープロデューサーの映画は基本的に作品賞受賞させない

アカデミーのやっかみ。

去年の「アルゴ」=ジョージ・クルーニーは例外。

また、アカデミー賞歴史の中で奴隷制を描いた作品は作品賞を受賞させていない。

奴隷制を題材にした昨年の「リンカーン」や「ジャンゴ」は受賞させなかったのはその理由であろう。

(余談だが、作品賞プレゼンターのミッシェル・オバマ大統領夫人に「作品賞は、、、ジャンゴ!!」と言わせていたら大事件になっていたであろう。)



これらが先ほど述べたアカデミー賞の「見えそうで見えない独特なジンクス」に適応される要因。

白人、ユダヤ人監督の多い中で黒人監督が受賞するのは正直困難ではないかと思う。



「ゼロ・グラビティ」・・・作品自体は傑作だとする声も多くはないが、一人の女性の帰還の話という小設定でありまたアカデミー賞のように大型作品が選ばれるのに該当しない。

また、脚本賞候補にも落選したのもマイナス。

「タイタニック」で作品賞・監督賞受賞したジェームズ・キャメロンは「脚本賞に候補されてないのはどうしてだ!?」と憤慨した事もあったが、作品のキャンペーンとパワーは受賞に値するものだった。

しかし、ゼロ・グラビティがタイタニックと同じ候補条件であり受賞する条件に整っているとはまったくいい難い。

ありえない話だが、「ゼロ・グラビティ」が「ポセイドンアドベンチャー」のような大型+集団劇であればもっとポイントは高かったと思われる。



その他の候補は多分受賞ないので割合。



だそうです。



因みに、2000年からの受賞作は以下の通りです。



グラディエーター、ビューティフル・マインド、シカゴ、ロード・オブ・ザ・リング、ミリオンダラー・ベイビー、クラッシュ、ディパーテッド、ノー・カントリー、スラムドッグ・ミリオネアー、ハート・ロッカー、英国王のスピーチ、アーティスト、アルゴと続きましたが、さて今年は?



一応、予想しておくと発表がより楽しみです。





では、音楽の時間です。



プログレ(前衛ロック)の雄、イエスの紹介です。



でも、バンドに興味のない方は長い解説ですのでスルーしてください。



イエス(Yes)は、イギリス出身のプログレッシヴ・ロックバンド。

1969年にデビュー。代表作に「こわれもの - Fragile (1971年)」,「危機 - Close to the Edge (1972年)」、「ロンリー・ハート - 90125(1983年)」などがある。



創設期

クリス・スクワイア (ベース)

ジョン・アンダーソン (ボーカル)

ビル・ブルーフォード (ドラム)

ピーター・バンクス (ギター)

トニー・ケイ (キーボード)



「イエス・ファースト・アルバム - Yes(1969年)」と「時間と言葉 - Time and a Word(1970年)」を制作した時期を指す。

両者は映画音楽のフレーズを引用したり、カヴァー曲でインストゥルメンタル・パートを拡大して即興を取り入れたりするなどの実験的要素を導入している。

しかし、この時点は、いわゆるプログレと言われるような音では無く、結成当初に目指していた(または影響を受けた)ビートルズ、ザ・フー、バーズ、クリーム、ヴァニラ・ファッジなどのアート・ロックやサイケデリック・ロックとして分類される。



「時間と言葉」ではオーケストラと共演してシンフォニック・ロックを実現している。



1969年4月にジャニス・ジョプリンの前座を務めたのを初め、様々なコンサートのサポートやロック・フェスティバルの出演を続け、8月にはヨーロッパ各地でプロモーション・ツアーが行われた。

1970年の2月にはロンドンでナイスとのジョイント・コンサートが開催され、3月には初の単独コンサートがロンドンで開催された。



成長期

クリス・スクワイア

ジョン・アンダーソン

ビル・ブルーフォード

トニー・ケイ

スティーブ・ハウ (ギター) --- 新加入




「サード・アルバム - The Yes Album(1971年)」の発売の時期を指す。

ピーター・バンクスが脱退し、スティーヴ・ハウが加わった。



「サード・アルバム 」は、前2作での緩やかな変化とは明らかに違う急速な進歩が一聴して分かる。

全てがオリジナル曲、10分近い大作、組曲形式。

変拍子や対位法も盛り込まれ、プログレッシヴと呼ばれる要素が詰まっている。

一方で初期のポップさは一貫して保たれており、過渡期的なアプローチがみられる。



また、前作「時間と言葉」でエンジニアとして関わり、後々までイエスのスタジオ・ワークおよびステージの音響でも重要な働きをすることになるエディ・オフォードが、バンドとの共同プロデューサーとして参加したことも、変化をもたらした大きな要素の一つと考えられる。



1970年7月から、このメンバー編成によるコンサートが開始され、ヨーロッパ各地を含む数々のライヴを務めた。

翌1971年3月からは全16回という初の本格的なイギリス・ツアーが開催された。

さらに6月頃には初めてアメリカでコンサート・ツアーを行っている。



1971年7月31日のライヴ演奏を最後にトニー・ケイが脱退し、このメンバー編成は終結した。

実際には、脱退ではなくて解雇だったことがDVD「9012ライブ」に収録されたドキュメンタリーでトニー・ケイ自身が語っている。



飛躍期

クリス・スクワイア

ジョン・アンダーソン

ビル・ブルーフォード

スティーヴ・ハウ

リック・ウェイクマン (キーボード) --- 新加入




元ストローブスのリック・ウェイクマンが加わった「こわれもの - Fragile(1971年)」、続く「危機 - Close to the Edge(1972年)」が、イエスの最初のピークと言われている。



「こわれもの」はいくつかのアンサンブルとメンバーのソロ小品で構成され、メンバー個々の多彩な音楽性と、それらの絡みあいが端的に示されている。

アート・ワークに初めてロジャー・ディーンが起用された作品でもある。



「危機」は全3曲というトータル・コンセプト・アルバムで、曲作りの主導権はアンダーソン / ハウだが、他のメンバーも全員、作詞 / 曲 / アレンジに関与している。

また、ばらばらに録音された各楽章を一貫した物として繋ぎ合わせたエディ・オフォードのテープ編集技術も多大な貢献をしている。



1971年9月にはリック・ウェイクマン加入後初のライブが開催され、同月には2回目のイギリスツアー、11月には2回目のアメリカ・ツアーが催された。

1972年2月から3月にかけての3回目のツアーが催行された時、「サード・アルバム」と「こわれもの」がアメリカでゴールド・ディスクを獲得している。



だが、このツアーを終えた時点で、ビル・ブルーフォードは脱退し、キング・クリムゾンに移籍した。

そのため、ジョン・レノンのプラスティック・オノ・バンドなどのセッションで活躍していたアラン・ホワイトが加入する。

7月から始まった4回目のアメリカ・ツアーからアラン・ホワイトが加わっている。

翌1973年にリリースされた3枚組ライヴ盤「イエスソングス - Yessongs」では、ドラムスのほとんどをアラン・ホワイトが担当したテイクで構成された。

ただし、「遥かなる思い出〜ザ・フィッシュ」や、ドラム・ソロが含まれた「パーペチュアル・チェンジ」はビル・ブルーフォードのドラムスによる演奏が使用されている。



熟成期

クリス・スクワイア

ジョン・アンダーソン

スティーヴ・ハウ

リック・ウェイクマン

アラン・ホワイト (ドラム) --- 新加入




「海洋地形学の物語 - Tales from Topographic Oceans(1973年)」をリリースした時期。



「海洋地形学の物語」は、1973年の初来日公演中に読んでいたヒンドゥー教僧侶の著書からインスパイアされたアンダーソンが、そのアイデアに賛同したハウと創り上げた叙情詩である。

大作指向はエスカレートし、2枚組で全4曲という構成となった。



この作品のコンセプトや出来そのものに不満を感じたウェイクマンは、他メンバーとのライフ・スタイルの違いからくるストレスや、自身のソロ活動の成功もあって、バンドを脱退してしまう。



転換期

クリス・スクワイア

ジョン・アンダーソン

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト

パトリック・モラーツ (キーボード) --- 新加入



ウェイクマンの後任候補としてギリシャ人のヴァンゲリスの名前が挙っていたが、英国のユニオン(音楽家組合)の問題(当時、外国人の英国への参入を極度に制限していた)などで実現しなかった。

この時のヴァンゲリスとの接触は、後にアンダーソンとのユニット「ジョン・アンド・ヴァンゲリス」へと発展することになる。

結局、ウェイクマンの後任には、レフジーというバンドのスイス人キーボード奏者・パトリック・モラーツがスカウトされてイエスに参加することになる。

そしてアルバム「リレイヤー - Relayer(1974年)」が制作された。



「リレイヤー」は、「戦争と平和」(トルストイの著書とは無関係)という現実的なテーマを採り、アルバム構成も「危機」のスタイルに戻して、非常にテンションの高い演奏を繰り広げている。

パトリック・モラーツはフュージョンの要素を多く持ち込んでいる。



この時期は1976年まで続く精力的な公演を行い、メンバー全員のソロ・アルバム発表、ベスト・アルバム「イエスタデイズ - Yesterdays(1975年)」発表も行っている。



変革期

クリス・スクワイア

ジョン・アンダーソン

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト

リック・ウェイクマン --- 復帰



「究極」と「トーマト」をリリースした時期。



パンクやニュー・ウェイヴが台頭した1970年代後半は、プログレッシヴ・ロックにおいても変化が生まれていた。

ジャケット・アートを幻想絵画のロジャー・ディーンから、シュールなフォトコラージュのヒプノシスへ切り替え、プロデュースをエディ・オフォードから離れてセルフ・プロデュースのみで行うようになった。



「究極 - Going for the One(1977年)」は、イエスのスタイルでもタイトでストレートなロックは出来ると証明するかのような部分、本来のイエスらしさを良い形で凝縮した部分がバランスよく配置されている。

アンダーソンがイエスの最高傑作と言う「悟りの境地 (Awaken)」、トップ10ヒットとなった「不思議なお話を (Wonderous Stories)」などが収録されている。



当初は「リレイヤー」のラインナップでスイスで始められたアルバム制作のリハーサルだが、音楽性の相違や諸々の問題が表面化してモラーツが脱退、旧友のウェイクマンがセッション・マンとして招かれた。

このセッションでの感触から、ウェイクマンは結局正式メンバーとして復帰し、レコーディングもそのままスイスで遂行された。

教会のパイプ・オルガンのウェイクマンと、スタジオのメンバー達とを電話回線で同期してレコーディングをするという試みも行われた。



「トーマト - Tormato(1978年)」は、楽曲のコンパクト化をより推し進め、歌詞のテーマも身近で手軽なものを多く取り上げた作品となった。

しかし、前回はうまくいったセルフ・プロデュースが今回は裏目に出て、アレンジやミキシングでメンバー同士が相当に揉めたと言われている。



1978年はイエス結成10周年でもあり、回転する円形ステージのライヴもこの頃に開始されている。



衰退期

クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト

トレヴァー・ホーン (ボーカル) --- 新加入

ジェフ・ダウンズ (キーボード) --- 新加入



ツアー終了後にパリで始めた新作のリハーサルが頓挫してしまい、結果として中心人物のアンダーソンとウェイクマンが脱退し、ボーカルとキーボードを失ったイエスは、同じマネージメントに所属していたエレクトロ・ポップ・デュオ、バグルスをまるごと吸収した。

この時のバグルスは、デビュー作「ラジオ・スターの悲劇 - The Age of Plastic(1979年)」を大ヒットさせて間もない頃であった。



ニュー・ウェイヴ的アプローチへの歩み寄りを図ったアルバム「ドラマ - Drama(1980年)」だったが、発表当時から長年の間、イエスの象徴と言えるアンダーソンや人気者であるウェイクマンの不在が冷遇を招いた。



アメリカでは好評を博した新ラインナップでのツアーも、ヨーロッパに戻ってくると、上記と同じ理由で評価も観客動員も良い結果を残せなかったと伝えられている。

こうして、このメンバー編成でのツアーを終えたイエスは活動を停止した。



停滞期(解散時)



1980年から1983年にかけての、具体的な活動が無かった時期を指す。

なお、便宜上は「解散」という言葉を使っているが、アラン・ホワイトはそれを否定しており、メンバーが集まらなかったので活動を停止していただけ、と主張している。



ハウによると、スクワイアとホワイトの二人はジミー・ペイジとセッションを始め(XYZ = ex Yes Zeppelin : 元イエスと元レッド・ツェッペリンの意)、ホーンはそのバンドをプロデュースしたいと言って二人に同行し、最終的にイエスに残ったのは彼とダウンズだけだったのだという。

ハウはイエスの再編も考えたが、当時のマネージャー、ブライアン・レーンの助言もあってイエスを諦め、新バンド、エイジア結成へシフトしたとされる。

スクワイア、ホワイトの見方はこれとは全く逆で、ハウは自分達を置いてエイジアに行ってしまった、という意味あいの発言をしている。



なお、アンダーソン脱退時のバグルス吸収、エイジアの結成、トレヴァー・ラビンの紹介など、この時期のイエスの動向を大きく左右したのはブライアン・レーンであった。



なお、最後のメンバー達の解散後の動きは、以下の様なものである。



トレヴァー・ホーンはバグルスの2作目「モダン・レコーディングの冒険 - Adventures in Modern Recording(1981年)」に着手した。

この作品にはクリス・スクワイアがサウンド・エフェクトなるクレジットで1曲にゲスト参加している(実際にはイエスのライヴでの歓声を録音したテープを使用したのみで、スクワイア自身も自分の名前がクレジットされている事実をしばらく知らなかった)。

また「ドラマ」に提供した「レンズの中へ」を、バグルス版にリ・アレンジした「アイ・アム・ア・カメラ」も収録されている。



クリス・スクワイア / アラン・ホワイトは、2人の名義でクリスマス・ソングのシングル盤「ラン・ウィズ・ザ・フォックス(1981年)」をリリースしている。

スクワイアがリード・ヴォーカルを担当している同曲はピート・シンフィールドとの共作である。



新プロジェクトをいち早く商業的に成功させていたのはスティーヴ・ハウとジェフ・ダウンズのエイジアである。

ジョン・ウェットン(元キング・クリムゾン、U.K.他)、カール・パーマー(元エマーソン・レイク・アンド・パーマー)という陣容でブライアン・レーンのマネージメントの元に結成され、デビュー作『詠時感〜時へのロマン』(1982年)が、かつてのイエスの成功を遥かに上回る「全米8週連続1位、全世界で1500万枚」を売り上げる空前のヒットとなった。



再結成

クリス・スクワイア

アラン・ホワイト

トレヴァー・ラビン (ギター、ボーカル、キーボード) --- 新加入

トニー・ケイ --- 復帰

ジョン・アンダーソン --- 復帰



ジミー・ペイジとのXYZが暗礁に乗り上げたスクワイアとホワイトは、「シネマ」と仮称された新しいバンドを結成するためのメンバーとして、南アフリカ出身のマルチ・プレイヤー、トレヴァー・ラビンと合流した。

ここに至るまでに、ラビンはデモ・テープを様々なレコード会社に送りつけており、一時エイジアに参加する可能性もあったという。



さらにスクワイアはオリジナル・メンバーのケイをシネマに参加させたが、ラビンがキーボード類にも明るかったことや、プロデュースに回ったホーンがサンプラーなどの最新技術をふんだんに取り入れていたこと、更には自身のスタイルとバンドの音楽性との阻隔もあって不満を抱き、一時は脱退してしまう(解雇とも言われている)。



スクワイア、ホワイト、ラビン、ケイの4人でのシネマとしてのデモ・テープが作成され、スクワイアがそれを偶然とパーティで同席したアンダーソンに聞かせたのをきっかけとして、アンダーソンがシネマに参加することになり、シネマがイエスに改名し、イエスの再結成となった。

そして、ケイに代わってキーボードにチャールズ・オリンズ(スクワイアの当時の妻のバンド、エスクワイアのメンバー)をゲストに迎え、イエスは新作アルバム「ロンリー・ハート - 90125(1983年)」を完成させている。

途中まで別のバンド「シネマ」の作品として制作されたため、ラビンがリード・ヴォーカルを取るパートも多い。



このアルバムからシングル・カットされた「Owner Of A Lonely Heart」はアメリカをはじめ多くの国で1位を獲得し、イエスは再結成によって最大の成功を手にした。

ケイの脱退(解雇)によって、キーボード・プレイヤーが不在状態であったために、一時、エディー・ジョブソンが召集されている(シングル「ロンリー・ハート - Owner of a Lonely Heart」のプロモーション・ビデオでジョブソンの姿を確認できる)。

しかし、マネージメント側が「これはあのイエスの再結成なのだ」という印象を与えるために、ケイをバンドに復帰させるに至り、これを嫌ったジョブソンは脱退をしている。

ジョブソン曰く、「イエスにキーボード・プレイヤーは2人いらない」。

この後に行なわれたワールド・ツアーでは、サポート・キーボードとして、ステージの袖で Casey Young というキーボード奏者が演奏を行なっていたが、バンドおよびマネージメント側はこれを公にはしていない。



ロンリー・ハートから3年強のブランクを経て、イエスは「ビッグ・ジェネレイター - Big Generator(1987年)」をリリースした。

レコーディングは難航し、イタリアやアメリカなどのスタジオを転々としてようやく完成したアルバムであるが、制作途中でホーンはプロデュースを降り、ラビンがその後を担った。

このアルバムはクオリティは決して低くないものの、セールスは振るわなかった。



この時期にバンドが本拠地を置いていたのはロサンゼルスである。

発表作品は2枚のみであり実質活動期間も長くはないが、イエスとしては珍しく5年もの間メンバー・チェンジが発生しなかった。



ABWH (イエス二分裂時代)



1988年、ビッグ・ジェネレイター・ツアーが終了した時点でジョン・アンダーソンは再びバンドを脱退する。そして彼はスティーヴ・ハウ、ビル・ブルーフォード、リック・ウェイクマンとともに「アンダーソン・ブルーフォード・ウェイクマン・ハウ(以下ABWH)」を結成するに至る。

アンダーソンがこうした活動に出た裏には、トレヴァー・ラビンが主導するバンドに不満を抱いていたということがあるとされる。

アンダーソンの新しい活動は「イエス」という名称を巡り、この後ついに訴訟沙汰にまでなっている。



ABWH

ジョン・アンダーソン

ビル・ブルーフォード

リック・ウェイクマン

スティーヴ・ハウ



ブルーフォードがベーシストにトニー・レヴィンを連れてきて、スタジオ録音に全面参加している。

その他には、、マット・クリフォード(key) 、ミルトン・マクドナルト(g) といったサポートメンバーが参加し、加えて、アンダーソンはヴァンゲリスと、ハウはジェフ・ダウンズ、マックス・ベーコンと(エイジア、GTR時代に)共作したマテリアルを持ち寄り新曲として仕上げている。こうして完成したアルバム「閃光 - Anderson Bruford Wakeman Howe(1989年)」は、大きな話題を呼び、ツアー・タイトルを「イエス・ミュージックの夜 - An Evening of Yes Music Plus」と銘打ち、'70年代のイエスの楽曲を数多く演奏した。



ABWHのライヴ作品「イエス・ミュージックの夜」は、CD / 映像ともに、体調を崩したレヴィンの代役として、ビル・ブルーフォードのソロ時代の仲間であるジェフ・バーリンが参加した時のものが使われている。

また、マット・クリフォードはライヴには参加せず(同時期にローリング・ストーンズのツアーに参加していたため)、代わりにジュリアン・コルベックがツアーに参加した。



一方、本家イエスの方はサポートとしてワールド・トレイドのビリー・シャーウッドを加えて新たな活動を模索していた。ただ、その成果は4枚組ボックス「イエス・イヤーズ - Yesyears(1991年)に収録された「ラヴ・コンクァーズ・オール - Love Conquers All」1曲のみで、シャーウッドは1997年の「オープン・ユア・アイズ - Open Your Eyes」で正式参加するまで、自身のバンドとイエスのサポートを並行させた。

この時期の本家イエスは、ファンの間ではそれ以前の本来のイエスやABWHと区別するために、「西海岸イエス(YesWest)」または「90125イエス」と呼ばれている。

なお、本記事において以降登場する表記「9012バンド」は、ジョン・アンダーソンが当時のインタビューで用いていた本家側の蔑称である。



西海岸イエス (9012バンド)

クリス・スクワイア

トニー・ケイ

アラン・ホワイト

トレヴァー・ラビン



統合〜収束(イエス統一)

クリス・スクワイア

トニー・ケイ

アラン・ホワイト

トレヴァー・ラビン

ジョン・アンダーソン --- 復帰

ビル・ブルーフォード --- 復帰

リック・ウェイクマン --- 復帰

スティーヴ・ハウ --- 復帰



アルバム / シングルのヒットと、ツアーの好評を受けて、ABWHはセカンド・アルバム「ダイアログ - Dialogue(未発表)」のレコーディングに入った。

しかし、楽曲の数が不足していたため、ジョン・アンダーソンはトレヴァー・ラビンに楽曲の提供を依頼。

ラビンもこの依頼に応えて楽曲を提供することになった。

この流れでスクワイアがコーラスとしてABWHの曲に参加。

結局、二つのバンドは合流してイエスとなる。

そして、ほぼ録音が完了していたABWHの「ダイアログ」にスクワイアとラビンらのイエスの新作4曲を加えて再編集して、アルバム「結晶 - Union(1991年)」が発表された。

このアルバムは、正式メンバー8名+トニー・レヴィン、ビリー・シャーウッドら多数のサポート・メンバーによって制作されたものである。



このアルバムに伴うツアーはジュール・ベルヌの小説「80日間世界一周」をモチーフにして「Round the World in 80 Days」と名づけられ、8人の正式メンバーで敢行され、世界各地で大いに盛り上がった。

なお、ツアーの最終地である日本での来日公演直前にビル・ブルーフォード脱退という報道がなされ、宣伝写真から彼の姿が消えたこともあったが、アンダーソンが「あと2週間くらい付き合えよ」と説得し、8人でツアーを終えた。



再離散

ジョン・アンダーソン

クリス・スクワイア

トニー・ケイ

アラン・ホワイト

トレヴァー・ラビン




ツアーが終了するとブルーフォードとハウが脱退する。

その結果、9012バンドとウェイクマンという6人編成となり、次作に向けてミーティングを行うものの、ウェイクマンが自身のソロ活動との両立が難しいと判断して脱退してしまう。

その結果、イエスの編成は9012バンドの5人のメンバーに戻り、アルバム「トーク - Talk(1994年)」を制作・発表している。



このアルバムのツアーを最後に、ラビンはイエスを脱退。

映画音楽の世界に転身する。また、トニー・ケイも脱退し、音楽活動から引退して側面からイエスをサポートしていくと表明した(この時点からしばらくの活動休止後、Circa、YOSO のメンバーとして復帰している)。



世紀末の混迷期

ジョン・アンダーソン

クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ --- 復帰

リック・ウェイクマン --- 復帰

アラン・ホワイト



ラビンとケイの脱退を受け、ハウとウェイクマンが復帰。

イエスのオフィーシャル・サイト YesWorld は「YesKnow」のタイトルで、アンダーソン、スクワイア、ホワイト、ハウ、ウェイクマンでのイエスの復活を発表し、1996年3月にカリフォルニア州のサン・ルイス・オビスポの劇場にて、このラインナップで復活ライブ(3度の公演)を行なった。



そのようにして発表されたアルバム「キーズ・トゥ・アセンション - Keys to Ascension(1996年)」、「キーズ・トゥ・アセンション2 - Keys to Ascension 2(1997年)」は、サン・ルイス・オビスポでのライヴとスタジオ録音の新曲を混在させたプロジェクトであった。

アルバム発表の後にはツアーが予定されていたが、マネージメントの変更を検討していたためスケジュールがなかなか決まらず、ウェイクマンがスケジュールを知ったのは、既に彼自身のソロ・ライブ・ツアーのスケジュールがブッキングされた後であった。

こうしたトラブルからウェイクマンは4度目の脱退をした。

1997年5月にはウェイクマン脱退が正式に発表され、予定されていたツアーはキャンセルとなった。



後任のキーボード・プレイヤーを探していたイエスは、ジョン・アンダーソンが連れてきたロシア出身のイゴール・コロシェフをツアー用のメンバーとして加入させる。

また、1997年10月から組まれていたツアーに合わせ、クリス・スクワイアのソロ・プロジェクト「クリス・スクワイア・エクスペリメント」の曲が、急遽、イエスとしての作品に昇格してアルバムを制作する事となり、正式メンバーとなったビリー・シャーウッドが最終ミックスダウンを行った「オープン・ユア・アイズ - Open your eyes(1997年)」を完成させた。



ジョン・アンダーソン

クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト

ビリー・シャーウッド(ギター、キーボード、ボーカル) --- 新加入

イゴール・コロシェフ(キーボード) --- 新加入



1999年、バンドは名プロデューサーとして知られたブルース・フェアバーンを迎えてアルバム「ラダー - The Ladder(1999年)」を発表する。

このアルバムではコロシェフは正式メンバーに昇格している。

その後ビリー・シャーウッドが自分の活動に専念するため、イゴール・コロシェフが満期終了した契約の更改をせず脱退。



21世紀のイエス

ジョン・アンダーソン

クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト



専任キーボード奏者の不在を逆に好機と捉えたイエスは、以前から暖めていた企画であるオーケストラとの競演を柱とした作品「マグニフィケイション - Magnification(2001年)」を発表する。

更には欧米でオーケストラとの共演ライヴを実現した。

ライヴではキーボードにトム・ブリズリンが参加している。



マグニフィケイション・ツアーを終えたイエスは、ウェイクマンの復帰(4回目)を発表した(真偽は不明だが一説によると、曲作りには参加しないツアーのみの契約であるといわれている)。

その後イエスは、2002年のクラシック・ツアー、2003年のフルサークル・ツアー、2004年の35周年記念ツアーと大規模なツアーを行ったものの、スタジオ・レコーディングの新作を出していない。



ジョン・アンダーソン

クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ

リック・ウェイクマン --- 復帰

アラン・ホワイト



2004年11月11日、ロンドンのウェンブリー・アリーナで開催されたトレヴァー・ホーンの25周年記念ライブに、ジョン・アンダーソン、トニー・ケイ、ホーン自身を除く「ドラマ」と「90125」の混成メンバーでイエスとして参加(ヴォーカルはラビンが兼任)。

ホーン自身はバグルスとしてダウンズ、ホワイトと共演している。

クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト

トレヴァー・ラビン --- スポット復帰

ジェフ・ダウンズ --- スポット復帰



2005年「今年はツアーをやりたくない」というアンダーソンの意向を受けて、イエスはグループとしての活動を停止し、メンバーはソロ活動に入った

。また、リック・ウェイクマンが、公式に次のイエスの活動には参加しないことを表明した。



2008年、ジョン・アンダーソン、スティーヴ・ハウ、クリス・スクワイア、アラン・ホワイト、オリヴァー・ウェイクマン(リック・ウェイクマンの長男。

心臓病を抱えたリック・ウェイクマンは医師の助言により参加せず、代わりに息子を推薦したとのことである)というラインナップでバンド結成40周年をふまえた世界ツアーを行うことが公式サイトにて発表された。

だが、ジョン・アンダーソンの病気によりキャンセルとなった。



クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト

オリヴァー・ウェイクマン (キーボード) --- 新加入

ベノワ・ディヴィッド (ボーカル) --- 新加入



アンダーソンの回復を待たず、同年9月、カナダ人シンガーのベノワ・ディヴィッドをアンダーソンの代理として起用、11月から12月にかけて、北米で「イン・ザ・プレゼント・ツアー」を敢行。

その後にアンダーソンの病状は回復するものの、イエスへの復帰が認められず、イエスは2011年までベノワ・ディヴィッドとオリヴァー・ウェイクマンを加えたラインナップでライヴ活動を続けた。



その間、アンダーソンはソロ・ライヴで欧米を巡業し、2010年にはイギリスでリック・ウェイクマンとの共演の「プロジェクト360」としてのライヴも行ない、連名のアルバムも発表している。



2010年、ベノワ・ディヴィッドとオリヴァー・ウェイクマンを正式なメンバーとして次作のレコーディングを行なうことがアナウンスされた。

プロデューサーにはトレヴァー・ホーンが参加すると発表された。



2011年、キーボードにジェフ・ダウンズ、プロデューサーにトレヴァー・ホーンを迎えて製作されたアルバム「フライ・フロム・ヒア - Fly From Here」を発表。

オリヴァー・ウェイクマンについては脱退なのか、解雇なのかアナウンスされていない。

アルバムのタイトル曲である「フライ・フロム・ヒア」は1980年のアルバム「ドラマ」の時に作られていた曲の再利用である。(当時のイエスのライヴにて披露されていたほか、バグルスとしてレコーディングもされていた)



クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト

ジェフ・ダウンズ --- 復帰

ベノワ・ディヴィッド



同年7~8月、スティクスを前座として北米ツアーを、11月~12月には単独でヨーロッパ・ツアーを行い、そのツアーでのライヴ録音盤「イン・ザ・プレゼント〜ライヴ・フロム・リヨン - In The Present Live From Lyon」が発表された。



クリス・スクワイア

スティーヴ・ハウ

アラン・ホワイト

ジェフ・ダウンズ

ジョン・デイヴィソン (ボーカル) --- 新加入



2012年2月、オーストラリア・ツアーを前にベノワ・ディヴィッドが病気のため正式に脱退。

後任ボーカルとしてジョン・デイヴィソンが参加。

4月には10年ぶりの来日公演を果たした。



2013年3月1日より北米で「スリー・アルバム・ツアー」を開始。

この企画は「サード・アルバム」、「危機」、「究極」の3つのアルバムの全曲を、それぞれのアルバム収録の曲順に演奏する内容である。

ただし、アルバムの順は公演ごとに違っていた。

また、会場の使用時間の制限などの理由により、2つのアルバムの演奏のみになった公演もある。

その後、同じ内容での南米ツアーも行なわれた。



2013年3月7日、元・メンバーのピーター・バンクスが死去。



2013年3月末には、プログレッシュヴ・ロックのバンドの演奏を船上で聞く企画「クルーズ・トゥ・ジ・エッジ (Cruise to the Edge)」(イエスのアルバム「危機」の原題 "Close to the Edge" のもじり)に参加した。



2013年秋から次のスタジオ・アルバムの録音が開始されることがアナウンスされた。

(ウイッキペディア)



当時のプログレバンドは実力者が多かったせいもあり、離合集散が当たり前でした。

ということで、

たまにはプログレもいいですよね。

Tron Thomi by Esquire

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中村中「THE END OF THE WORLD」(世界音楽遺産に!)

TPP関連の良質な記事を見つけましたので、問題を整理してみましょう。



農業分野のみが大きく報道されているために、医療分野や知的財産など大切な課題がかすんでいますが、今回はまず農業についてです。



<TPP>日本の農業は崩壊する?



 日本のTPP(環太平洋経済連携協定)交渉参加にあたって最大の焦点といわれているのが農業分野です。



 まず、仮に日本がTPPに参加して関税が撤廃されると、海外の安い農林水産品が大量に国内市場に流入し、日本の農業が大打撃を受けるという見方があります。



 影響が大きいとみられるのは、関税率が高いコメ(778%)、バター(360%)、砂糖(328%)、小麦(252%)などです。



 例えばコメの場合、関税が撤廃されると、主にアメリカやオーストラリアで生産される比較的品質の良いコメが、いま日本で流通している同水準の品質のコメと置き換わります。

政府試算によると、その量は国内で流通しているコメ全体の3割程度、金額にして約6500億円です。



 外国産より品質の良い国産のコメは7割くらい市場に残りますが、安い輸入米の影響で値下げしなければなりません。

値下げ金額の合計は約3700億円と見られ、輸入米と置き換わる分と合わせると、コメの生産額は計1兆円あまり減る計算になります。

コメを含む主な農林水産品の合計生産額(約7.1兆円)は3兆円ほど減るそうです。



 ただし日本政府は農業を保護するため、コメ、麦、牛・豚肉などを関税撤廃の例外扱いにするよう交渉で求めていく方針です。



 一方で影響の小さい農産品もあります。

例えばトウモロコシや大豆は無税、果物の関税率は5~15%程度ですが、リンゴなどはほとんどが国産品です。

また、レタスやホウレンソウなどの葉物野菜は長時間の輸送で鮮度が落ちてしまうので、国産品のほうが有利になります。



 TPP参加でもう1つ懸念されているのが食料自給率で、政府試算ではカロリーベースで39%から27%程度に低下します。

食料の大半を輸入に頼るようになると、海外で食料価格が高騰したり、品薄になったりしたとき、調達が難しくなり、食料不足になると心配する人もいます。



 しかし、日本では減反でコメの生産調整が行われているので、コメの値段が下がって消費が増えれば、生産が増えて実際は食料自給率が上がるという見方もあります。

また、日本の農産物の品質の良さは国際的にも定評があります。

TPP参加を機に、農地の集約や大規模化を進め、農業の競争力強化を進めれば、農産物を海外に輸出していくチャンスだという意見もあります。



では、その食料自給率についてです。



<TPP>食料自給率に2つの問題点/木暮太一のやさしいニュース解説



日本の食料自給率は、現在39%。

TPPに加盟すると、これが27%まで落ちるという試算があります。

ただし、これは「カロリーベース」での自給率です。



自給率の計算方法は2通りあります。



ひとつは「食べ物をお金に換算して計算する方法(毎日の食費のうち国産の食べ物を買っている割合)」です。

世界的に採用されているのはこちらの計算方法です。



そして、もうひとつは「食べ物を“カロリー”を基準にして計算する方法(毎日の食べ物のうち国産の食べ物でどれだけ栄養・カロリーを摂っているか)」です。



―――「どちらにしても、もし外国から食べ物を買えなくなったら、給食が半分以下になっちゃうってことでしょ!?」



いえ、じつはそうではないんです。

金額ベースの場合、日本の自給率は、約70%です。

危機感を抱くのは、カロリーベースで考えたときなのです。



ただ、このカロリーベースという計算方法には2つ問題点がありますので、そこを理解しなければいけません。



まずひとつ目の問題点は、このカロリーベースで計算した場合、エサの自給率も考慮されているということです。

たとえば、日本で育った牛や豚でも、そのエサが外国産だったら、「日本産」として考えません。

つまり、全部日本で育ったとしても、エサの半分を海外から輸入していたら「半分は外国産(自給率50%)」という計算になるのです。



―――「え!? そうなの??」



たとえば、ぼくらが食べている卵は96%が「日本産」です。

しかし、卵を産むニワトリのエサは、大部分を海外から輸入しているので、卵の自給率は、「9%」ということになります。

単純に、摂取カロリーのうち、どれくらいが国産かではないのです。



「そのエサがなければ、卵は生まれない、だから日本で産まれた卵でも、自給率に入れない」という理屈なのです。

これはおかしいですね。

そのエサがなくても、別のエサがあったはずです。

卵の質によほどこだわらなければ、ニワトリはどんなエサでもいいはずです。

エサを外国から輸入しているからその卵は「自給していない」とするのは、現実問題としておかしいのです。



―――「なるほどね。で、もうひとつの問題点って?」



もうひとつの問題点は、この自給率の計算方法です。



自給率は「日本中で出回っている食材のうち、実際に食べられた“日本産食品”は何%か」で計算されています。

つまり、カロリーベースの自給率計算は、分母に廃棄食料も含まれていて、無駄な食材がたくさん増えれば、自動的に自給率が下がってしまうことになるのです。



廃棄分を差し引けば、自給率はカロリー計算でも50%まで上がるという試算もあります。

食料が余れば余るほど自給率が下がるという変な仕組みになっているのです。



―――「え、ホント?」



コンビニとかスーパーでは、毎日必ず売れ残りがでます。

廃棄量は年間で2000万トンといわれています。

そして、そのうちその6割が家庭から出ています。



そんなムダな食べ物が増えると日本の食料自給率が下がることになります。

日本中に食べ物があふれて、食べきれなくなったらどんどん自給率が下がるのですね。



最近、食品メーカーの間で、賞味期限を見直す動きが広がっています。

まだ食べられる食品が廃棄される「食品ロス」を減らすためです。

賞味期限は、現状かなり「余裕」を持って設定されています。

そのため、実際はまったく品質に問題ないのに捨てられてしまうものも多い、また賞味期限が迫っているという理由でスーパーの棚から下げられてしまうものも多いのです。



もし適正に賞味期限を設定することができれば、その分販売のチャンスが拡がるので、利益率改善につながります。また震災を機に高まっている「備蓄需要」も開拓できます。



さらに国全体で見れば、今回のテーマである自給率改善にもつながるでしょう。

ムダで捨てられる食料が増えると自給率が下がるので、逆にムダがなくなれば自給率があがります。



もちろん、各食品メーカーが自給率アップを目指しているわけではありませんが、副次的にはそういう効果もありそうです。



日本の農業を守れ! TPPなんかに参加したら、食料自給率が下がるって大変だぞ! と危惧する声があります。

たしかに、日本の農業を守ることは大事です。

でも、自給率がどうやって決まっているかも知っておかないといけませんね。




木暮 太一(こぐれ・たいち)

経済ジャーナリスト、(社)教育コミュニケーション協会代表理事。

相手の目線に立った伝え方が、「実務経験者ならでは」と各方面から高評を博し、現在では、企業・大学などで多くの講演活動を行っている。

『今までで一番やさしい経済の教科書』、『カイジ「命より重い!」お金の話』など著書36冊、累計80万部。

最新刊は『伝え方の教科書』。



世界の趨勢である価格ベースの計算方式ではなくあえてカロリーベースという計算方式を使って自給率を低くみせて危機感を煽る農水省は、一体誰のために存在しているのでしょうか?



農水省は自分の権益と影響力を保持するために、都合のいいデータを意図的に使用しています。



それは、決して日本の消費者のためではなく、農民やその選挙母体となる票田のためでしょう。



こうした農政スタンスには、大きく2つの問題点が指摘できます。



1つは、消費者が享受できる輸入で安くなる恩恵の話はあまり聞かない点。



もう1つは、食料自給率が下がることで、安全保障上の問題点(日本が孤立した場合、秤量攻めにあってしまう)が指摘されていますが、そもそも天然資源やエネルギーの大半を輸入に頼っている日本が孤立してしまえばどちらにせよ息切れは時間の問題です。



日本の米のおいしさは、世界一で海外でも高級ブランドとして流通しています。



安い輸入米が入ったからといって、米農家が壊滅的なダメージを受けるかどうかは、どちらかといえば日本人の米食習慣を回帰させられるかどうかによるところが大きい気がします。



朝食や学校給食をパン食ではなくごはんに切り替えるだけでも、お米の潜在市場は広がります。



また、最も大事な点ですが、海外からの安くて美味しい農産物(主に肉類)が輸入されれば、消費税アップで家計を圧迫している食費を抑えられるという多くの日本人にとっては朗報とも言うべき政策が、国内の(畜産)農家保護ということだけで論じられている点は消費者不在の論理でやはり不思議です。



世界標準で計算すれば70%の食料自給率を39%といいはるところから、我々はその隠された意図を正しく見抜くべきです。



では、昨年の記事ですが、なぜ自由貿易が必要なのかという根本的なお話です。



なぜ自由貿易を進めた方がいいのか / TPP参加問題と「比較優位説」



日本のTPP交渉団は「聖域」とするコメや牛肉・豚肉など重要5品目を中心に他国の出方を伺いながら、正念場の交渉に臨んでいます。



 そもそも、なぜ貿易の自由化を進めなければならないのでしょうか。

また、問題の本質はどこにあるのでしょうか。

自由貿易論のもととなっている新古典派の経済理論「比較優位説」をもとに考えてみましょう。



 「比較優位説」とは、わかりやすく言えば、次のようなことです。

ここに広告制作者、営業マン、総務経理担当者の3人から成る広告会社があると仮定します。

この3人は器用でどの仕事もこなせますが、それでも自分の専門が一番得意です。

この会社の場合、3人がすべての業務を3分の1ずつこなすよりも、それぞれが優位性を持つ仕事に専念する、つまり広告制作者は広告制作に、営業マンは営業に、総務経理担当者は総務と経理に専念した方が、会社全体の業績は上がります。



 国の産業についても同様で、比較して優位にある産業に特化し、比較して劣位にある産業については他国から品物を輸入し合うようにした方が、貿易にかかわる国々の富の総和は増えます。

その分、お互いに恩恵を受けることができると考えられます。



「比較優位説」はウソ?



このような「比較優位説」は18世紀末から19世紀初めにかけて活躍したイギリスの経済学者リカードによって唱えられ、イギリス帝国主義のイデオロギーとなりました。

しかし、イギリスが他国に自由貿易を求めていった結果は、歴史が教える通りです。

たとえばポルトガルの場合、小麦とブドウ酒ではブドウ酒の方に比較優位性があったため、「ポルトガルはイギリスから小麦を輸入し、イギリスはポルトガルからブドウ酒を輸入するようにすればお互いに得をする」と説明されて、自由貿易に踏み切りました。

その結果、イギリスの工業製品が大量に入ってきて黎明期のポルトガル工業は壊滅し、哀れにもイギリスの植民地とされてしまいました。



 一方、アメリカは関税障壁を高めて、まだ十分な競争力を持っていなかった自国の工業を守りました。

1812年、米英戦争が始まるとアメリカとイギリスの貿易は途絶し、それをきっかけにアメリカ工業は大きく成長していきます。



 では、自由貿易は弱い国の産業を破壊する「悪魔の選択」なのかと言えば、そうとは言えません。

「自由貿易がお互いの利益になる」という定理そのものは、まちがってはいないのです。

ただし、「適用の仕方を誤ると、国を滅ぼす」という点には、十分に注意を払う必要があります。



 なぜ、このようなことが起こるのかと言えば、それぞれの国が抱える異なった現実を無視し、高度に抽象的な条件の上で物事を考えているからです。

ですから「理論は正しく、現実には適合しない」という事態になるのです。そこで重要になるのが、交渉です。



「交渉」が日本の将来を決定する



TPPに関する誤解で多いのは、「TPPに参加すると、関税をすべて、あるいはほとんど撤廃しなければならない」というものです。

確かにTPPが質の高いFTA(自由貿易協定)をめざしているのは事実ですが、関税や例外品目設定の余地がないわけではありません。



 また、「参加したらすぐに関税撤廃を求められる」というのも、よくある誤解です。

GATT第24条では「妥当な期間内に」とされており、この場合の「妥当な期間」とは10年を指します。

品目によってはもっと長い設定も可能です。

日本の農家の平均年齢は65歳を超え、あと10年もすれば食の危機が取り沙汰されてくるでしょうから、その頃に関税を撤廃するよう譲歩して、別のもので利益を得るというような選択肢もあるでしょう。



 TPPへの参加は、日本にとって大筋で「工業でプラス、農業でマイナス、差し引きプラス」です。

マイナス部分をいかに軽減していくかといったことが、課題となります。



 国が豊かな文化を持って発展していくには、農業を含む多様な産業を育てることも大切です。

「比較劣位」にある産業を切って捨ててよいわけではありません。

この国を将来どのように形作っていきたいのか、深いところから見据えていく姿勢が求められます。

(広沢大之助・社会科編集者)



贅沢を知った日本人は江戸時代のような鎖国政策はもうとれません。



つまり、貿易は日常生活の中になくてはならないものとなっています。



資源の少ない日本が工業製品輸出のために原材料を調達するのは当たり前で、逆に輸入先の選択肢を広げることでより安くて品質のいいものが安定的に入ります。



つまり、様々な供給先を確保することこそが、一番安上がりな安全保障政策であることがわかります。



価値観を同じくする環太平洋の諸国が経済圏をつくり、お互いの得意分野で成長していくことが、本来のTPP参加目的のはずです。



靖国神社参拝問題が遺族会と靖国神社という特定の団体の面子によって紛糾させられているように、TPP問題が農水省や農家の立場からのみ論じられれていることに、疑問を感じます。



そして、過去の歴史も含め、様々な国の成功事例をきちんと研究する必要があります。



狭い国土なのに世界第2位の農業大国オランダ 

日本が学べることはある?

THE PAGE 2月28日(金)



 シンガポールで開かれていたTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の閣僚会合は、日米が合意出来ず、交渉締結は先送りとなりました。

もっとも難航しているのは農作物の関税なのですが、耕地面積が小さい日本の農業は競争力が弱く、TPPを締結すれば壊滅的な打撃を受けるともいわれています。

一方、オランダのように、日本より小さくても、世界第2位の農業輸出を実現している国もあり、工夫次第で日本の農業は世界で戦えると主張する人もいます。

このあたりはどう考えればよいのでしょうか?



 日本はもともと国土が狭く、しかもその多くが山林ですから、農地の面積はあまり広くありません。

日本の農地面積は456万haですが、米国やオーストラリアにはその100倍の広さの農地があり、農家1戸あたりの耕作面積も日本の数十倍から数百倍というのが当たり前です。

単純にコスト競争をすれば、日本の農業はまったく歯がたたないでしょう。



 しかし世界には日本より狭い国土でも農業輸出国として君臨している国があります。

オランダは農地の面積が日本の半分以下ですが、米国に次いで世界第2位の農業輸出国となっています。

国内には、オランダのような国を目指せば、農業でも世界で戦えるとの意見があります。



 確かにオランダの農業は非常に強い競争力を持っているのですが、その内容は多くの日本人が想像するものとは少し違っているようです。

オランダの農作物の中で輸出額が大きいのは、観賞用植物(花き類)、タバコ、チーズなどであり、純粋な農作物ではありません。

しかもオランダは、花き類やタバコの葉、牛乳などを大量に輸入しています。

つまり原材料を輸入し、付加価値を付けて輸出するという加工貿易モデルに近い形態になっているわけです。



 オランダはドイツと並んで、欧州ではもっとも徹底したグローバル主義の経済政策を採用している国です。

世界で初めての金融バブルは1600年代にオランダで発生したといわれていますが、その対象は何とチューリップでした。

当時からチューリップは付加価値の高い商品とみなされており、投機筋の買い占めをきっかけに価格が高騰、世界で初めてのバブル経済となったことで有名です。

オランダの農業は、どちらかというと工業と考えた方がよいものなのです。



しかし、日本にとって参考になることもあります。

オランダは野菜など従来型農業でも健闘しているのですが、その成功の秘密は、特定品目への集中があるといわれています。

日本の野菜農家は実に様々なものを栽培していますが、オランダの野菜はトマト、パプリカ、きゅうりなど、少ない品種に集中しています。

特定品目への集中は輸出競争力の強化につながっているようです。

ただ、オランダにはドイツなど成熟した巨大消費地がすぐ近くに控えていますが、日本の場合は、日本自身が世界でも最大級の成熟した消費地の一つです(中国はまだ高付加価値の消費市場としては不十分です)。

その点でもオランダとの単純比較は難しいかもしれません。

(大和田 崇/The Capital Tribune Japan編集長)



話が飛躍しますが、国力はある意味人口です。



敗戦後の日本で爆発的に人口が増えたのはなぜでしょう。



もちろん、娯楽がなかったということもあるでしょうが、焼け野原からの復興途上で国民の未来に希望があったからです。



貧乏ながら楽しい我が家であったわけです。



さて、現在は物質的にも恵まれて何不自由なく暮らせるはずなのに、人口減が止まりません。



子育てしながら働くときに問題となる待機児童の問題、学校に入れば陰湿ないじめの問題、毎年3万人を超す自殺者の数など、物質的には恵まれていても、将来に対する不安は消えません。



託児所を併設するような企業も最近になって出てきましたが、やはり国が子供を財産だと考え、育てやすい環境づくりを率先しないといけません。



子供手当てなどという金銭面でのケアも必要かもしれませんが、未来に希望が持てる環境さえ整えれば出生率は自ずとアップしてくるはずです。



日本の国内市場の拡大は、人口増が必要だといいたくて徒然なるままに話が脱線してしまいました。



では、音楽の時間です。

繊細です。

おそらく同性愛の複雑な歌ですよね。

槇原敬之の曲で大江千里ピアノです。

中村中「THE END OF THE WORLD



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中村 中「家出少女」(世界音楽遺産に!)

少し前に、ドンキで買い物をした後、そのまま自転車を置いて近所に食事をして戻ってきたら、自転車がなくなっていました。



約1時間程度の出来事です。



確かに、ドンキの店の前には多くの自転車が停められていたので勘違いしやすい場所ではありますが、よく見ると「自転車放置禁止区域」と書かれており、ドンキの駐輪場ではなかったようです。



まあ、もちろん自分の不注意ではありますが、本題はこれからです。



なんと、撤去手数料が普通の自転車は4千円で、原付自転車は5千円もするのです。



なぜ手数料がこんなに高いのか、自転車コールセンターに質問すると実際に撤去にかかる費用は1台8千円もかかっているのだそうです。(差額は区が負担しているそうです)



しかし、自転車撤去の作業手順はこんな感じでしょう。



運転手と作業員2名の3人体制で、一度禁止区域に止められている自転車に注意札をはり、一度はその場を離れ30分から1時間位(?)後に戻ってきて、軽トラックの荷台にどんどん積み込み、保管場所で自転車の登録番号などを確認しながら下ろして保管する。



駅前のほとんどが駐輪禁止区域ですので、目に付いた場所を順番に回るだけでも、1日100台以上の自転車が集まることでしょう。



回収作業は毎日はやっていないようですし、雨の日は自転車自体が少ないので、例えば週2回巡回場所を変えながらやっても200台x8千円=160万円x4(週)=640万円が月の上がりになるわけです。(区が半額負担しているということで実質コストは8千円で計算しています)



一方、保管場所は高速道路の下の空き地を使っているので、月の場所代は高くて20万円、軽トラックは中古でOKですので減価償却とガソリン代で10万円(駐車場所は敷地内)、広報活動や通信・光熱費などで10万円、回収作業員は毎日必要ではありませんが、保管場所は年末年始以外は年中無休ですから常時3~5人程度の人員が必要となります。



ということで、休日のローテーションを考慮すると、おそらくコールセンター人員も含め10人くらいの人員体制で回していると考えられます。



この事業は区の事業ですので、利益は出さない、ということから、人件費を計算するとざっと(640-20-10-10)÷10(人)=60万円が一人当たりの月収となりますが、この程度の仕事内容では高すぎですよね。



撤去作業を週3回以上やれば、もっと高収入です!



おそらく、区を定年退職した人たちの再就職先として機能しているために、コストカットのインセンティブも働かず、言い値で運営できているのでしょう。



4千円なら中古の自転車1台分ですので、かなり高額だと思いますが、こうした撤去費用が高いかどうかのバランス感覚が働かず、再就職先の人員をベースにしたコスト積み上げ方式でよしとしているところは、さすがお役所仕事だと再確認させられました。



皆さんも、青空駐輪には気をつけて、彼らの高付加価値なお仕事をなくすべく協力しようではありませんかっ!





さて、次の話題は笑えないお話です。



隣国の目に余る行動はさらにエスカレートし続けています。



既に70年前に日本は中国、韓国に先の戦争の謝罪と補償を行い、両国間で戦後処理が終わった案件を今度は、強制徴用の個人賠償請求まで含まれていなかったという理屈を付けて、日本企業相手に訴訟を起こそうとしています。



このような蛮行がもし現代国際社会でまかり通るのなら、戦後の国際秩序などは絵に描いたもちにすぎません。



少なくとも両国間で今後一切の請求、補償は終了したことに合意したはずなのに、それを白紙に戻そうとするわけですから恐ろしいことです。



国家を代表する責任者が国際社会で約束したことを、あたかも無かったことにする行為が、果たして許されるのでしょうか?



一連の流れを見ると、彼らはかなり用意周到にここまでの戦略を練ってきていることがわかります。



まず、ありもしない従軍慰安婦の強制連行のでっちあげ(河野談話)で日本人の破廉恥さを世界に知らしめ、そんな民族だから強制労働も当たり前に行っていたはずだと、世界の世論を味方に付けようとする作戦です。



さらにやっかいなのは、最近では中国と韓国が日本たたきに協力しあっている点です。



両国とも、領土問題という対日の共通の紛争を利用し、日本を国際社会で毀損することで、国内政治の問題から国民のナショナリズムを煽ることで目をそらさせ、民族感情を使って国家として一致団結させることが狙いです。



例えば、既に韓国の社説が南京虐殺まで言及したりしています。



日本は侵略を美化する“集団催眠”状態=このままでは世界の笑いぐさに

―韓国紙社説

Record China 2月28日(金)



2014年2月28日、環球網によると、韓国・東亜日報は「日本が否定すればするほど、世界は慰安婦問題と南京大虐殺をしっかりと覚えることになるだろう」と伝えた。



東亜日報は27日の社説で、

「日本政府の歴史問題での“逆行”が、国際社会での“逆風”を招いている。

世界の人々の脳裏にはっきりとあるのは、まさに日本の過去の野蛮なイメージだ」

と指摘。



さらに

「日本は現在、過去の歴史を美化するための“集団催眠”の状態にある。

しかし、日本が過去の侵略の罪を否定しようとすればするほど、アジアの被害国と世界の人々の怒りはますます高まるだろう。

もし、日本が国際社会の笑いぐさになりたくなければ、歴史の逆行においてブレーキを踏まねばならない」

とした。(翻訳・編集/北田)



はて、彼らの言う、怒っているアジアの被害国と世界の人々とは、韓国人と中国人だけなんだが・・・



日本は感情的にではなく、事実だけを理路整然と国際社会に向けて発信すべきです。



それにしてもまた、こんなことをしていて、よく言うよ、なんですが。



韓国が教科書に載せないベトナム戦争時の虐殺と売春ビジネス

NEWS ポストセブン 2月24日(月)



 朴槿恵大統領をはじめ韓国の国家ぐるみの「反日アピール」が止まらない。

慰安婦問題では、「旧日本軍が20万人の少女を強制連行して性奴隷にした」という史実と異なる嘘の主張を続け、謝罪と賠償を求めている。



さらに特筆すべきは、韓国政府がベトナム戦争(1960~1975年)に参戦した韓国軍や現地に渡った民間韓国人の所業を歴史から消し去ろうとしていることだ。



 ベトナムでは戦時中から韓国への憎悪が燃え盛っていた。

3月12日に発売される『日本人が知っておくべき嘘つき韓国の正体』(小学館)の中で、元朝日新聞サイゴン支局長の井川一久氏は、ベトナム戦争当時の様子をこう振り返っている。



「1972年にサイゴンに赴任した直後、私の車がベトナム人青年のオートバイと接触事故を起こし、100人近い群衆に取り囲まれるハプニングがありました。

興奮した群衆は『ダイハン!(※ベトナム語で「大韓」の意)』と口々に叫びながら、憎悪に満ちた眼でこちらを睨んでいる。

私を韓国人と勘違いしたのです。

パスポートと記者証を見せて難を逃れましたが、現地でどれほど韓国人が嫌われているかを痛感する出来事でした」

 サイゴン(現ホーチミン)など旧南ベトナム地域では、韓国は友軍だったはずだ。

しかし、韓国軍による同胞の虐殺、婦女子への暴行、凌辱はベトナム国民なら誰もが知るところであり、むしろそれらの地域で反韓感情は強かったようだ。



「韓国軍のベトコン掃討作戦で破壊された村の女性たちは、運良く逃げ出しても戦争難民になるしかなかった。

そうした女性を売春ビジネスに送り込んだのが、民間の韓国人業者だったのです」(井川氏)



 ベトナム戦争では、軍属の技術者や建設、運送業者のほか、特需に肖ろうとする商人や暴力団など総計1万5000人の民間韓国人がベトナムに渡った。

そうした者たちがサイゴンやダナンなど軍事基地周辺で、韓国兵や米兵相手の売春クラブを経営していたという。



「親しくしていた在ベトナム韓国軍高官の公邸で開かれた夕食会では、アオザイ姿の美しいベトナム人少女数人が甲斐甲斐しく給仕してくれました。

少女をどこで集めたのか訊くと、高官は答えをはぐらかし、『気に入った娘がいたら持ち帰って構わない』と笑うのです。

少女たちが戦争難民なのは明らかでした。

軍民一体の管理売春が公然と行なわれていたのは間違いない。

ニンホアの白馬部隊の基地には慰安所もあった」(井川氏)



 韓国教育省は先ごろ、既に検定を通過している高校歴史教科書の一部にベトナム派兵における「民間人虐殺」の記述があることを問題視し、「民間人の被害」に書き換えるよう勧告した。

都合の悪い史実を改竄する露骨な歴史修正主義そのものである。



 韓国の有力紙記者は語る。



「一時はベトナムでの韓国軍の蛮行を断罪する機運が高まったが、退役軍人会などの圧力で尻すぼみになってしまった。

最初にこの問題をリポートした具秀ジョン(ク・スジョン)女史も、度重なる迫害を受け海外生活を余儀なくされている」



 これは単なる日本から韓国への意趣返しの材料ではない。

韓国が歴史を学び、真の先進国として世界と周辺国から尊敬を受ける国になれるかの試金石なのだ。

※『日本人が知っておくべき嘘つき韓国の正体』(小学館)より



もう既に、国家のプライドをかけた情報戦が始まっています。



嘘も100回言い続けると本当になる、ような状態にしないためにも、日本政府はその都度根気強くきちんと反論すべきです。



相手の口撃に対して、簡単な官房長官の談話で終わらせるべきではありません。



外務省は、自国の野蛮行為を棚にあげた偽善者達の化けの皮をはがすべく、様々な角度からの情報発信をしてほしいものです。



国際社会では「沈黙は金」ではなく、「沈黙は禁」ですぞ!(お後がよろしいようで・・・)





では、音楽の時間です。

彼女の歌詞には愛と命があります。

家出少女(Music Video) / 中村 中

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